第6話
〝設定集〟を写している途中で、最悪なことに俺は寝落ちしてしまった。
「やっちまった……愛理さんは?」
身体を起こした時に俺にかけられていた毛布がどさりと落ちる。愛理さんがかけてくれたものだろう。周りを見渡すが誰もいない。外は明るくなりかけていて、机の上には写本が丁寧に置かれていた。
彼女が終わらせてくれたらしい。本当に申し訳ないことをした。俺は背伸びをして身体を伸ばすと荷物の整理を始める。特に持っていくものはないが、原本だけはしっかりアイテムボックスに入れておく。
「挨拶したかったけど、まあ、大丈夫かな」
机の上に「ちょっと出かけてきます。数日は帰らないかも」とメモを残して教室を出る。
日が昇る前なのでちょっと肌寒い。潜伏マントをスーツの上から羽織って校門まで歩いて行く。たぶん誰かしら監視しているはずだけど、わざわざ出てきてもらうのも申し訳ないので昨日と同じように門をよじ登って外に出る。
目的地は神奈川県、目標は〝サポートタイプの確認〟もしくは〝勧誘〟ってところか。気は進まないが、放置して日本征服とかされたら困る。せっかく赤城コミュニティの居心地もよくなってきたところだ。
設定集をざっと見た限り多くの〝タイプ持ち〟が日本中にいると思うがサポートタイプの、特にアイテム強化系はヤバい。
ゾンビや異形と戦う為の戦力強化としてはこれ以上ないタイプだ。けど、それを人に向ける団体に与してる時点でアウト。ただ勿体ないので勧誘ができそうなら勧誘したい。
神奈川まで歩いていくのがちょっと面倒だが、道路がガタガタで車などが使えない。まあ車はなぜかエンジンがかからないのだけれど。
歩き始めて数時間、何処を見ても崩れている建物ばかり。特に急ぐ用事というわけでもないので散歩気分で気楽に歩き、見かけたゾンビは始末していく。
ふと、倒れている電信柱の影が一瞬揺らめいたように感じ警戒して目を凝らす。
まだ夏ほど暑くなっていないので陽炎ではないだろう。風はほとんど吹いていないのでゴミが飛んできたということもなさそうだ。
立ち止まって電信柱の陰に警戒していると、そこから現れたのは猫。黒猫だ。太陽の光を吸収するような真っ黒な猫。ヌッと姿を現し、俺の方を警戒するように見ている。
そういえば、崩壊後から動物をほとんど見ていない。
必ず犬や猫などのペットとして飼われていた動物がいるはずなのに。
ただの猫なのかゾンビ猫なのか判断がつかず、見つめ合うこと十数秒。前後左右から犬や猫などが一斉に現れる。
——囲まれた。
見た目は普通の犬や猫のように感じるが、身体の一部に傷が見える。人間のゾンビと違い、肌の色が見えないことで判断が遅れた。
どうやら俺はこの動物ゾンビ達の縄張りに入ってしまったみたいだ。
「弱点は……心臓部でいいのか?」
俺がつぶやいた言葉が合図になったのか一斉に動物たちが襲いかかってくる。犬が俺を囲み、猫が飛び上がって爪を立てようとしてくる。
「ジャァァ!」
飛びついてきたゾンビ猫の声が周囲に響く。前後左右、上から下までの立体的なコンビネーションに焦りがでる。
「これっ……人型ゾンビよりもヤバいっ!」
たぶん普通の〝一般人〟なら瞬殺されていただろう。誰も連れてこなかった事に安堵しながら短剣を身体ごと回転しながら振り回す。
突くのではなく斬る。
今まではピンポイントで心臓部に突き刺して抜く、の二動作だったが素早く小さい集団に囲まれるとそれがしにくい。
なので襲いかかってくる動物ゾンビ達を、短剣の切れ味に任せて両断する。できる限り心臓部を狙っているが何処かしらの四肢を切断出来れば次の動きは鈍る。
三方向から飛びついてくる猫を一回転で全て両断、さらに足に噛み付いてこようとする犬は鼻先から首周りなどを斬りつけて牽制。
ただゾンビなので心臓部以外は大した効果がないので動きを一瞬止める程度になる。
「見えてるだけで数十匹はいるのか、厄介なっ!」
囲まれたままだと一度のミスでやられる可能性が高い。
犬ゾンビを蹴り飛ばし、少し空いた場所に突っ込んでいく。怒涛の連続攻撃を切り払い、避けながら何とか囲みから脱出するとアイテムボックスからショットガンを取り出す。
少し前に強化しておいたショットガン。取り回しは悪く単発火力が低く射程も短いが、広範囲に飛び散るように拡張したので足止めにはちょうどいい。
後ろを振り向きトリガーを引くと飛び込んできた猫、犬ゾンビを纏めて地面に叩き落とす。仕留めきれていない個体もいるが四肢欠損、頭部の一部を破壊することができたのでこれで十分だ。
「王居の反省から作っておいてよかった」
今まではゾンビは多くても二、三体、ほぼ一体で行動してきたので使う必要が無かったがここにきて役に立った。
それに広範囲にバラ撒けるので俺の射撃の腕でも何処かしらには当たる。
走りながらショットガンをぶっ放し、それを掻い潜ってきた個体は短剣で始末する。
……それにしても数が多い。東京中のペットが全て集まっているんじゃないかと思うほどそこら中から顔を出してくる。
この動物ゾンビの中を【幽有斗飛悪】の五人が潜り抜けてきたとは思えない。もっと南西に行ったほうがいいか。
だがそれはこの動物ゾンビの縄張りから抜けた後で考えよう。できる限り西に進路をとる。細かい道に入ると建物の上などから飛びかかられるので脇道には入らず大通りを進んでいく。
MPが尽きそうになり、MP回復薬を飲もうかと思った時にやっと縄張りから出ることができたのか動物が襲ってくることはなくなった。
「神奈川方面探索した探索班はこれに遭遇しなかったのか?」
動物の習性などはわからないが、最近出来た群れとかではないだろうと思う。まぁゾンビなので専門家ですらわからないと思うが。
走り回っていたので少し休憩したいが、見渡す限り無事な建物は存在しない。ため息をつきつつも動物達の縄張りから離れるように歩いて行く。
少し歩くと南の方へと続く通りがあったのでそこから南へ。落ちている交差点の標識と地図を見比べて自分の現在地を確認。
「このまま通りを進めば神奈川に入れるか」
まさか動物ゾンビに襲われるとは思わなかった。神奈川に入るまでは楽だと思ってたんだが……やはり集団に襲われるのは怖いな。
ショットガンもいいけど、自分を中心とした一定範囲に攻撃できる魔法とか欲しい。
今度は慎重に周囲を確認しながら進んでいく。ゾンビを倒しすぐに隠れる。それを繰り返す事数回、やっと神奈川との境目に到着した。
神奈川に入ったところで辺りが暗くなってきた。一旦近くにあった三階建ての一階がコンビニになっているアパートに入り込む。
一階のコンビニに物は殆どなく、ここの物資は回収された後だ。特に欲しい物も無かったので一度出て裏に周りアパートの階段を登る。
いくつかの部屋を見てみたが、鍵がこじ開けられ必需品と思われる食料、布団類、刃物などはなくなっていた。
「ここが回収済みなら回収された場所を辿っていけば何処かのコミュニティに辿り着けるか?」
俺は比較的綺麗な部屋を選んでドアにチェーンをかけ、今日の宿にする。毛布類はないが、ベッドはあるのでそこにゴロっとしつつ地図を広げる。
ここから近いところだと、商店街、大型スーパーなどがあるが赤城コミュニティに来た五人が軽装だった事、動物ゾンビゾーンに入ってないことを考えると、やはりここから南西に向かっていくのが正しい選択だと思う。
「となると、この商店街に行ってみるか」
ここからは地道に歩いて探さなければいけない。ただ夜に全く明かりがないのを考えると、日が出ているうちに行き来出来る場所にコミュニティや仮の拠点があると予想する。
神奈川のゾンビ事情がどうなっているか不明だが、領域結界を壊す前の東京レベルのゾンビはいるんじゃないかと想定しておく。
神奈川も〝タイプ持ち〟が領域結界を破壊してくれていればいいんだけど。