第3話
「ぐっ……て、てめぇ。もしかして〝タイプ持ち〟か?」
苦しそうに左腕を抑え立ち上がった遠藤が聞いてくる。その腕すぐには動かないだろうな。
「何だ?特攻服着て木刀持ってるのにおっさんに教えを乞うのか?俺は先生じゃないぞ。神奈川最強ってのはお受験最強に頑張ってます的な集団なのか?」
俺の言葉に青筋を立て地面を足で踏みつける遠藤。
「その舐め腐った態度、泣いて詫び入れさせてやるよ!死ぬまで、いや、死んでも許さねぇけどなっ!」
遠藤ががなり立ててくるが、それはこっちのセリフだ。俺は落ちている木刀を拾って投げ渡す。
「ほら、それ必要だろ?本気でこいよ、お受験最強」
くるくる回って飛んできた木刀を右手で掴んだ遠藤がブチギレる。
「死ねやゴラァ!」
頭に血が上っているのか痛む左腕を無視して突っ込んでくる。これでもその程度か。
優希くんや〝黒い異形〟と比べるとスローモーションだ。
横薙ぎに力任せに振ってくる木刀を短剣で掬い上げるように弾くと、今度はローキック。
膝あたりに食いこみ、体勢の下がったところに短剣を逆手に持ち替え死なない程度に顔面を上から下に殴り倒す。
歯が折れた感触があるが暴走族って歯がボロボロなイメージあるし、イメージアップだから別にいいよな。
地面に叩きつけられたように遠藤くんが倒れ動かなくなる。
「何だ、もう終わりか?右手が無事なんだからもう一回遊べるぞ」
倒れて動かない遠藤を見下ろしながら声をかける。死んでないとは思うが、気絶したのかな。
これ以上は無理か……多少スッキリしたから別にいいけど。
動かない遠藤の木刀、特攻服、鑑定した結果ブーツも強化済みなので無理矢理剥脱がしていく。シャツとパンツと靴下だけの通報案件まっしぐらな状態でもう一度、鑑定。
シャツとパンツと靴下は強化されてはいない。パンツも強化されてたら晒しものになってたと思うと……危なかったな遠藤くん。
俺としてもそこまでやらなくて済んだことに安堵する。アホにこんな物使わせておいたら真面目に生きてる人に迷惑がかかるからな。
「お、おい。久我くん。何もそこまでしなくても……」
俺の行動を不審に思ったのか赤城さんが声を掛けてくる。そう思うなら自分達で何とかすりゃよかったのに。
忘れているかもしれんが、俺はここのコミュニティに一時的にいるだけだ。俺も忘れてたけど。
俺が戦っているのは、知り合いが殺されそうになったから腹立ってやってるだけで誰のためとかじゃない。ただの憂さ晴らしと危険回避のためだ。
「とりあえず話は後です。まだ四人残っているので」
短剣を使うまでもないので木刀を持って四人に向き直る。
見た感じは……怯えているわけでもなし、驚いたような感心したような顔に違和感がある。
「おっさん、やるじゃねぇか。交渉だ。啓悟くんはウチのナンバー4だ。それを余裕で下せる強さならウチに来い。後悔はさせないぜ」
長髪の鉄パイプ持ちが髪をかき上げつつ言ってくるが……何を勘違いしているのだろう。
コイツらは聞いていなかったのだろうか?関わるなって言ったはずなんだけど……。
だが、隊長が叩きのめされてその不自然な余裕は何だ?まさか、この長髪〝タイプ持ち〟か?遠藤くんをボコボコにして冷静になった俺は小さく呟く。
「鑑定……」
……あれ?レベル10、一般人Bタイプ、いやまさかラノベで出てきた【偽装】スキルみたいなので隠しているのか?
念のため他の三人も……
「おっさん、黙ってるってことは迷ってるんだろ?とりあえず一回ウチに来てみろよ」
いや、他の三人も〝一般人〟だ。どう言う事だ。本当にただの勧誘……いや面倒だ、仕掛けてみるか。
最大限の警戒をしつつ集中する。偽装している前提だ。
即座に全力で今できる最速で四人のいるところに突っ込んでいき。
木刀を振り下ろす。
——何だコイツら、全く反応してない!
振り下ろした木刀で長髪は正面から、残り三人は動き出す前に首の後ろを木刀でぶん殴ったら泡を吹いて気絶した。
「……? あれ?」
本当にただの勧誘?まさか暴走族的な人達には俺の知らないルールとかあるのか?
タイマンの結果でトレードするとか……。殴り合ったら友達とか……。
「鑑定」
四人の強化は……武器だけか。木刀、鉄パイプ、鉄パイプ、釘バット、これはもらっておけば赤城コミュニティの戦力アップに繋がるだろう。
気絶している一人一人から武器を貰いながら考える。
彼らをどうするか。縛って空き教室に放り込んでおいても邪魔なだけだし、貴重な物資をコイツらに使いたくない。
このまま放り出しても良いが、全員ステータス持ちだ。ゾンビに噛まれて〝異形〟にでもなられたら目も当てられない。
それに神奈川の状況や〝タイプ持ち〟の情報が欲しい。
俺が悩んでいると足音が近づいてくる。俺が顔を向けるとここ数日毎日顔を合わせていた肉森くんが走ってきた。
「久我さん。今の状況は?」
凄い汗をかいているってことは訓練中だったのだろう。失礼な事だとわかっているが、ちょっと暑苦しい。
「ここに転がってるのが神奈川最強らしい【幽有斗飛悪】って戦闘集団。通報ものの格好してるのがその四番隊の隊長で、他はたぶん部下だと思う。隊長に畑くんがやられたよ。特殊な武器を使ってたから要注意ってところかな」
さらっと説明すると、パンツ姿の隊長に畑くんがやられたのが納得行かなそうだ。
「流石久我さん!さす久我です。特殊な武器とは何です?」
さすくがって何さ?肉森くんは満足げに頷いている。とりあえずスルーでいいのだろうか?
「えっと、これを見てくれ」
俺は持っている木刀に短剣を突き刺そうとしたり、削ろうとするが多少の傷だけで全く削れない。
「これは!?まさか彼らは〝タイプ持ち〟でその武器ですか?」
驚いたように肉森くんが倒れているアホ達を見て聞いてくるが、確かにこの武器を見るとそんな考えにもなるか。
「いや、違う。〝タイプ持ち〟五人もいたら俺一人じゃ勝てない。優希くんや優里亜さんはこんなに弱くはないだろ?彼らは〝一般人〟だ。これは俺の予想だが、武器防具を強化できる〝タイプ持ち〟がいるんだろう。ただ、何故か叩きのめされる直前まで余裕を持っていたのが気になる」
俺の言葉に肉森くんは危機感を募らせる。〝一般人タイプ〟でも武器防具次第で戦力が爆上がりするのが今回の事で理解されてしまった。
てか、愛理さんが肉森くんや畑くんより強いのは昔俺が靴に素早さアップの強化したからかも。完全に忘れてた。
「久我さん。後は任せてもらっても良いですか?できる限り情報を搾り取ろうと思います」
俺が頷くと、コミュニティに残っていた探索班のメンバーが遠藤くん達を縛り上げて引きずっていった。
序でに奪った武器も肉森くん達にあげた。特攻服はいらなそうだったけど、コミュニティの備品として扱う事にしたようだ。
詳細はメガネでは見れないが、特攻服に防御力アップ、ブーツに素早さアップ辺りが付与されていると思われる。
俺と同じように武器防具の強化ができるスキルは厄介だな。ただサポートタイプはそこまでステータス補正が高いわけじゃなかったと思う。
万能と一般人の間ぐらいだった気がするが……。
ここに優希くんと優里亜さんがいるように、神奈川にももう一人ぐらい〝タイプ持ち〟がいると考えておいた方が良いだろう。
「今まで忘れていたが、あの〝設定集〟取ってきた方が良いよな。今の俺ならゾンビ程度どうとでもなるし」
思い出したのは、この幻想世界になる直前に見た職場の地下にあった設定集。今後、ほぼ確定だが人の集団と争う時に〝タイプ持ち〟の情報があるかないかで全く違う。
「あれどうしたっけか。ベンチに置いてそのままだった気がするが、倉庫から出た時にはもうなかったような」
あの時は混乱したり焦ってたりしたからよく覚えていない。それに一ヶ月寝ていたようなものだから既に誰かが持って行った可能性もある。
「行くだけ、行ってみるか……」
念のため愛理さんには一言伝えておこう。俺が校舎に戻ろうとすると赤城さんが話しかけてくる。
「久我くん。今後、どうなると思う?」
「全面戦争になると思います」
さらっと答えた俺の一言に赤城さんは声を詰まらせる。こっちが何もしなくても【幽有斗飛悪】は攻めてくるだろう。
「聞いていたと思いますが、駒や奴隷として生きるか、それが嫌なら徹底抗戦てところだと思います」
「勝ち目は……あるのか?」
心配そうに縋るように聞いてくるが……やり方次第かな。相手にサポートタイプと近接タイプがいたとして、近接タイプにゴリッゴリに強化した装備をさせれば優希くんと俺の二人掛かりで……勝てるのか?
優里亜さんみたいな遠距離タイプがいたら校舎ごと潰される事もあるし。奴隷と戦力が欲しいみたいだからすぐにはそうならないと思うけど、追い詰められたらやるよな。
俺らがリスクを減らすために王居をメテオ一撃で潰そうとしたように。だから逆に優里亜さんに奴等の拠点を一撃で潰して貰えば問題解決すると思う。
「やり方次第だと思います。優希くんが帰ってきたら対策会議ですね」