第6話
――どうする、ここで戦うか?
ここまでの道のりではほとんどゾンビは見ていない。
周辺を見回してみるがゾンビは見当たらない。ゾンビがどうやって集まってくるかは不明ではあるが、見つからないうちに本屋に逃げ込んだときに俺を見失ったのは偶然じゃないと思いたい。
ゾンビに見つかった時には俺が不用意に漏らした声、音に反応するのは間違いない、それが声以外に反応するかどうかまではわからないが。
そして、声に反応してこっちを向き、あの白く濁った目を向けていた。
ゾンビが反応するのは人間の声と姿。これは確定している。
今なら後ろから不意を突くことができるかもしれない。
攻撃は持っている剣。
突くのか、斬るのか。
弱点はあるのか。
ゾンビの弱点は大抵は頭。できるなら首を狙って……できるとは思えない。
胸を狙おう。胸を狙って刺してから、刺したまま思いっきり斬り上げる。何度も何度もイメージする。
緊張で強く握りすぎたのか剣を握っている手が白くなっている。ゆっくりと手の力を抜いて血流を戻して覚悟を決める。
ここで足踏みするわけにはいかない。時間は有限で、足踏みしていて状況はよくなるとはない。悪くなる可能性の方が高い。
「ふぅ~」
俺はゆっくり足を進めると、フェンスに向かって動かないゾンビに近づいていく、周囲にゾンビの陰はない。
距離三メートル……ゾンビは動かない。
距離二メートル……微妙にゾンビが揺れているのがわかる。
距離一メートル……鉄の剣の間合いに入った!
俺は鉄の剣を両手に握り、全力で後ろからゾンビの背中に突き入れる。場所は心臓。
両手に肉を貫く嫌な感触がきて手を離しそうになるが、ビクリと動くゾンビの背中をみて、剣が刺さったまま上に振り上げる為に力を入れる。
【レベルが上がりました】
「……!?」
何か聞こえてきたようだが今は関係ない。
力任せに剣を振り上げると、ゾンビの肉が切れて骨を絶つ嫌な感触と共に剣がゾンビから抜けて、俺の手からも抜けて吹っ飛んでいく。
ーー不味いーー
剣が切れすぎてゾンビを引き裂いた勢いで剣を離してしまった。音を立てて地面に落ちる!
剣がカラカラと音を立てて地面に転がり、焦ってゾンビをみる。
ゾンビは死んだのかそのままドサリと崩れ落ちると動かない。
焦燥に駆られながら落ちている剣を拾い、すぐに物陰に隠れ耳をすます。
10秒……20秒……荒くなる息を殺しながら、ゾンビが集まってこない事を祈る。
「何とか倒せた……ゾンビも集まってこない?」
大きく鼓動する心臓の音を感じながら顔を出して周囲を伺う。
大丈夫だったみたいだ。周辺にゾンビはいないのかもしれない。
刺したゾンビはそのまま起き上がってはこない。
胸から肩にかけてザックリと裂けていてそこから体液が流れている。
倒すことができたようで安心するが、同時に自分がやったという罪悪感から気持ちが悪くなり吐き気が迫り上がってくる。
刺した瞬間の手応えが蘇り体が震える。何度か深呼吸を繰り返すとやっと落ち着いてきた。
このままここにいるわけにはいかない。すぐそこに目的のコンビニがあるのだから。
意を決して倒したゾンビからできるだけ遠くに避けて、コンビニに向かって行く。
砕けたガラスを避けながらコンビニを覗くと、ある程度商品が残っている。
棚は倒れたりしているが何とか回収できそうだ。
とそこで、何も持っていないことに気がつく。
「俺、バッグとか持ってないや」
まぁ、レジ袋に入れればいいかとコンビニに入り、まずは安全確保のために従業員用の出入り口に音を極力立てずに入って行く。
ゾンビもののパターンとしてはバックヤード、トイレ、休憩スペースにゾンビがいて気を抜いて噛まれて死亡なんて珍しくない。
ロッカーもなく、冷蔵庫内にもゾンビなし。
隅々までチェックしてゾンビがいない事を確認、一旦店内に戻りレジのところも隠れていないのを確認して、バックヤードの倒れている棚をバリケードとして休憩スペースと倉庫の安全を確保する。
「何とかなった」
俺はそこら辺に転がっていたコーラを、開封状態を確認してから開けて一気に飲み干す。
身体に水分が満たされていく感覚にホッと一息つく。
倉庫をざっとみた感じだとお菓子類、飲み物はかなり残っていて十分ここでやっていける。ただ籠城するには一階ですぐ壁の向こうは外というのが怖い。
外を見ることができないから何かの拍子にコンビニが囲まれたら逃げ場を失う。ゾンビの力がどれぐらいかわからないがバリケードを突破されたらアウトだ。
ここで生活するにしても床はコンクリートで敷くものもないので睡眠も取りづらい。
今はドリンク補充の扉が全て開いているから光が多少入ってくるが、夜になれば真っ暗だ。
この空間に長時間居続けるのは精神が持たないだろうな。
気は進まないが、避難民が集まる場所に行くしかないだろう。
「一旦店内に出て地図を探すか、まあ先に食事だな」
俺はそこら辺にあるポテチなどのお菓子類を食い漁る。一ヶ月気絶していたと思われるわりにはそこまで腹が減ってはいないし、不調になることもない。
「これもステータスのおかげとかかな?1だけど……そういえばレベル!」
今、思い出したがゾンビを倒した時に声が聞こえたはずだ。
〝レベルが上がった〟と。
口に入っているポテチを急いで飲み込むとステータスを確認する。
「ステータス……!?」
クガ ヤマト
タイプ:一般人タイプA
レベル:2
HP:10
MP:1
筋力:B+
耐久:B+
俊敏:B+
魔力:B+
精神:B+
固有スキル:幻想拡張
スキル:ソロアタッカー ステータス+
やっぱり!レベルの部分が2になっている。ゾンビを倒したことで俺のレベルが上がった。
という事はだ、ゾンビを倒していけばレベルが上がりステータスが強化されるはず。
まさにゲームのような仕様か。
HPが上がってないのは現時点のHPなのかHPは変わらないのかMPは〝幻想拡張〟で使い切ってたからゆっくり回復してるということか。
ならHPも現在のHPって事だろう。最大HPがわからないのが不便ではあるな。
レベル=ステータスのはずだから筋力値などは2のはず。単純に考えるとレベル1から二倍のステータスになっているって事だ。
B +の補正値がどれぐらいだかは不明だけど、全て±0じゃないよな?+もついてるし。
これなら俺の気持ち次第でどうにか生き延びられるんじゃないだろうか?
少し希望が見えてきた。安心したら身体が急に重くなって眠くなってきた。さっき一月の眠りから起きたばかりだろうと苦笑する。
そこら辺に散らばっている段ボールを潰して床に敷くと、ゴロンと寝転がる。
快適とはいえないが、大量の段ボールを敷けば簡易なベッドがわりにはなるな。
動くと段ボールがズレてめんどくさいけど。
長くここにいるならガムテで固定して、何かシートがあればそれを敷ければいいんだけど。
少し休んだらこれからやる事と、レベル上げのことを考えてみよう。
【幻想拡張】がある俺なら何とかできるはずだ。
そんなことを考えながら俺は目を閉じた。