第2話
正面入り口の方から大きい声が聞こえてくる。俺と畑くんは手を止めると顔を見合わせた。
——神奈川最強?
数日前に境界線の結界がなくなったばかりで、もうヤバそうなのがきたのか。
門番をしている気のいいおじさんが困っているのが見える。流石におじさんに任せっぱなしというわけにもいかないな。
俺と畑くんは少し厳しい顔をお互いに向けると、一緒に門の方へ駆け出した。
「何が来たんですか?」
困っているおじさんに声を掛けると、ほっとした顔をして門の外にいる若者を指す。
「彼等が門を開けろと……」
門の外にいたのは五人。先頭にいたのは黒い特攻服に髪の先端が赤くなっている短髪の若者。年齢的には畑くんと同じぐらいだろうか。
木刀を肩に担いで眉毛のほとんどない顔でこっちを睨みつけている。昔の暴走族と言った風貌だ。
それに続く四人も、特攻服こそ無いものの鉄パイプを持っていたり釘バットを持っていて穏便に話ができそうな感じじゃない。
校庭にいた一人が校舎の方に走っていったから、すぐに赤城さんが来てくれるだろう。少しだけ時間を稼ぐか……。
「こんにちは。ここにどんな用ですか?避難民、なら受け入れてくれると思うけど、あまり暴力的なのはちょっと……」
俺の話を聞いた眉なしが木刀を門に叩きつける。一撃で補強していた木材に穴が空いたのを見て、俺は顔を顰める。
これは、コミュニティの人達が現状を少しでも変えたいと必死で補強してくれた物だ。
それを、壊すか……俺の中でイライラが募る。
「あ゛ぁんっ!、おっさんがここの頭か?オレらの軍門に降れや。奴隷か駒か好きな方を選ばせてやる!」
眉なしは俺を睨みつけるとデカい声で宣言する。
イラつく。これ以上門を壊されたくない。
「いや、俺は責任者じゃない。もうすぐ来るからちょっと待ってくれ」
俺はそういうと門に近づき閂を外す。
「ちょっとっ!?久我さんっ!」
焦ったように畑くんが止めようとするがもう遅い。門を開くと眉なし達が入ってくる。コミュニティの人達は我先にと逃げていく。
「いい判断だ、おっさん。オレたちが使ってやるからありがたく思えよ。良いか、よく覚えろよ。オレたちは神奈川最強の戦闘集団【幽有斗飛悪】 そして四番隊隊長、遠藤啓悟とはオレのことだっ!」
木刀を振り回しながら遠藤くんが大声で自己紹介をする。幽有斗飛悪か。神奈川にはこんな奴らが既にいるのか。
「手始めにだ。ここで最強のステータス持ちを出せ。一回ぶっ殺しておけば逆らう奴もいなくなるだろ」
遠藤くんがどれだけ強いか知らないが、優希くんなら瞬殺してくれるだろう。ただ彼は出かけている。今、コミュニティに残っているのは5名にも満たない探索班しかいない。
だが、良い度胸だ。久しぶりにイラつかせてくれたお礼に俺が相手をするか。
赤城コミュニティでは微妙な立ち位置の俺だが、ストレス発散させてもらおう。
俺が一歩前に出ようとしたところで手で制される。
「久我さんが出るまでもないっすよ。立場的にはあっちは四番隊の隊長、ならここはC班リーダーの俺が出るべきでしょ」
横にいた畑くんが前に出ると遠藤くんを睨みつけながらそう言い放つ。できることなら俺がボッコボコにしたかったけど、ここは年長者として譲るべきか……。
でもそのセリフ、負けフラグじゃないの?
「はっ!頭を潰す前に雑魚掃除か、良いぜ。遊んでやるよ」
遠藤くんと畑くんが軽く距離をとって睨み合う。遠藤くんは比較的余裕そうな表情だ。
俺とまだ残っていた人達も邪魔にならない様に後ろに下がる。
大丈夫かな?遠藤くんが〝タイプ持ち〟だったらかなり厳しいことになりかねないんだけど……。
俺はこそっと鑑定眼鏡を取り出すと遠藤くんを……。
「鑑定」
エンドウ ケイゴ
タイプ:一般人Cタイプ
レベル:10
固有スキル:
スキル:刀剣術
レベル10の一般人Cタイプ……。スキルも【刀剣術】のみ。たぶん刀剣術は刀系のスキル。だが、これで何故あそこまで自信があるんだ?
畑くんは一般人Aタイプ。そしてレベルは11で【槍術】もち。
今のところ一般人タイプはステータス補正に違いがない事は確認している。俺以外は全員ALL〝C〟だ。これはレベルが高い畑くん有利か。
だけど対人戦てどうなんだろうか?ゾンビとはまた違うと思うけど。
「いくぜ、雑魚。身の程を教えてやる」
言った瞬間に遠藤くんが飛び出す。片手に木刀を持つと力任せに横薙ぎに振る。
反射的に突き出した槍が木刀に弾かれる。その勢いを利用して柄で反撃しようとするが、既に木刀の間合いに入っている。
薙ぎ払った勢いそのままに回転する様に柄を躱すとさらに木刀を叩きつけてくる。
あれ?結構早くね?想定していたよりもかなり早い。愛理さんぐらい早いんだけど。
「ぐっ……」
何とか畑くんが槍で受け流すが、俺が思っている以上に畑くんにとっては早かったのだろう。完全に間合いの内側に入り込まれて畑くんは防戦一方だ。
畑くんはなんとか下がって間合いを離そうとするがスキル持ち同士、上手く間合いを詰められてしまう。
「おらっ!さっきまでの威勢はどうしたよ。ここの隊長格はこんな雑魚しかいねぇのか?」
遠藤くんが痛ぶるように木刀の打撃を繰り出してくる。
これは不味い。木刀の攻撃を受けるたびに畑くんの対応が少しずつ遅れていく。
二発、三発と防ぐうちに槍の方が限界にくる。
鉄パイプを加工した槍が木刀の横薙ぎの強い一撃でぐにゃりと曲がる。曲がった槍ごと脇腹を打ち込まれて畑くんが苦しそうに膝をつく。
「かはっ……!?」
ここで勝負ありか……。槍で受けてはいるから大丈夫だと思うけど……。
「死ね……」
そう呟くと遠藤くんは容赦なく膝をついている畑くんの頭に木刀を振り下ろす。
は?あいつ何やってんの!?
俺は瞬間的に動いていた。短剣を抜き放ち畑くんの前に飛び出すと木刀の一撃を短剣で受け止める。
体勢が不十分だったからちょっとキツいがギリギリ受け止めることができた。
あ、危ねぇ。準備してなきゃ間に合わなかった。
「ちっ!何だ?ここはタイマン邪魔するシャバい野郎がいんのかよ」
遠藤くんは後ろに飛び退ると鬱陶しそうに木刀を肩に担ぐ。
「今度はおっさんか?良いぜ、かかってこいよ。動きはかなり良かったぜ。善戦できたら舎弟にしてやるよ」
余裕の表情で木刀を構え直す遠藤。
コイツ、頭おかしいのか?いや、もうぶっ壊れてるんだろう。
「お前、何しようとした?もう勝負はついてただろ」
正直、イライラが募って本気でぶん殴りたくなってくる。ステータス持ちが木刀で頭を思いっきり殴ったら死ぬだろうが。
「言っただろうが!一回ぶっ殺すってなっ!」
ああ、コイツはダメだ。わかっていたがお話ができないタイプの人間だ。
だったら……遠慮しなくてもいいな。
ちらりと振り返るといつの間にかギャラリーが数人いて赤城さんもいる。お前もとっとと出てきて止めるなりしろよ。せめてフリだけでも。
畑くんが苦しそうにしながら運ばれていくのを確認する。後で回復薬渡しに行こう。
俺は遠藤くん——もう遠藤でいいな——に向き直り溜息を吐く。
「あのさ、こっちは結構真面目に生きてきたんだよ。めんどくせぇから関わってくるなよ」
俺はそういうと短剣を持ったまま遠藤に歩いて近づいていく。
「あ゛ぁ?舐めた口きいてっとボコボコにしちまうぞ、おっさんっ!」
遠藤が上段から斬りかかってくるが、……遅い。軽く短剣を合わせて木刀を削ってみようとしたが、削れない。
やはり……この木刀おかしい。この短剣で木が削れないなんてありえない。
そのまま力を軽く横に逃すようにして木刀を逸らすとそのまま上から押さえつける。
地面に木刀の切先がついたと同時に遠藤の左腕に蹴りを入れる。
「がぁっ……!?」
「啓悟くんっ!」
残りの四人が驚いたように顔を変えて転がっていく遠藤を見て声を上げる。そういえば後四人いたな。早めに終わらせるか。
遠藤が吹っ飛んでいくのを尻目に、蹴った右足の感触を確認する。
「かなり強めに蹴ったんだが、骨を砕いた感じはしなかったな。あの特攻服も特注品か」
転がってる木刀をつけたままのメガネで鑑定する。
木刀+1
やっぱりそうか。たぶんサポートタイプの【アイテム強化】みたいなので強化されている。これは情報吐ける程度にしておくか。
転がったせいで全身に土や埃がついた遠藤がノロノロと起き上がってくる。とりあえずまだ気がおさまらないので俺はさらに煽る。
「悪い。俺がおっさんだから手加減してくれたんだろ?空気読めなくてすまんな。若者のノリにはついて行けないんだ。そろそろ本気出していいぞ。遠藤くん」