第1話
「最近、肉森くんの頻度が高い……」
王居攻略戦から数日、俺は優里亜さんがボコボコにした屋上の塔屋って言うのかな?そこの上でマットレスを敷いて寝転んでいる。わかりやすく言うと、さぼり癖のある主人公が昼寝している階段がある建物のことだ。
ちなみに俺はサボっているわけではない。自由時間だ。
王居攻略戦が終わり紅葉コミュニティが完全に合流したことで赤城コミュニティは復興しつつある。王居攻略の影響かゾンビの数が極端に減ったのだ。探索班が増え、ゾンビが減り、コミュニティで燻ってた人達が積極的に行動するようになり、赤城コミュニティは良い方向に向かっていると思う。
そして、当初の目的としていた東京の解放もできた。後日、他県との境界線上に行ったところ綺麗に結界が消えていたそうだ。
その際少し他県は崩壊前と変わらないのでは?と希望を持っていた人達が引きこもってしまう事件もあったが、時間が解決してくれるだろう。
念のため歌舞伎町の探索はするとの事で瓦礫の多い中、ローテーションで二班が常に探索をしている。
攻略のご褒美として、攻略組の四人は探索班を免除され自由行動が許可されている。優里亜さんが交渉して勝ち取ったのだが、その恩恵に俺もあやかっている。
優希くんとはあれ以来ほとんど会っていないが、毎日のように出かけているので何か思うところがあるのだろう。現在は優里亜さんが探索班をまとめて指揮をとっている状況だ。愛理さんは楽しそうに七瀬さんの仕事を手伝っていた。
そうそう、俺は愛理さんの母親に会ったことなかったんだが最近まで体調を崩して寝ていたそうだ。愛理さんに会ったことで徐々に回復したとかで攻略後にお礼を言いに来た。めちゃくちゃ美人でちょっと戸惑ってしまったが、七瀬さんが自慢そうにしていたから夫婦仲、家族仲はいいのだろう。
後で愛理さんが回復薬を飲ませたと言って勝手に使ってごめんなさいと謝ってきたけど、謝る必要はない。愛理さんが嬉しそうにしているならそれでいい。
と言うことで、若干燃え尽き症候群気味な俺は、屋上で昼寝をしているわけだ。二日前までは日当たりの良い教室でソファを出して寝ていたんだが、何故か肉森くんが押しかけてきて毎日のように手合わせをお願いしてくる。
彼曰く
『〝黒い異形〟を倒し、群がるゾンビに無双する久我さんに漢を見た』
だそうだ。
何言ってんだか理解ができない。黒い異形のことは話したが、お前は倒すの見てないだろうと言いたい。なので初日の模擬戦で足腰立たなくなるまで付き合ってあげた。今は後悔している。
そこから毎日来るようになったので肉森くん回避の為、ボコボコになって誰も立ち寄らないない屋上の塔屋に避難する事にした。
たまにならって言ったのに毎日来られるのは流石にしんどい。でもいつの間にか【剣術】覚えてたみたいで、俺の役目は終わったと思うんだよね。
「今日もいい天気だ……」
ごろっとしながら校庭を見ると十人程度の大人が槍を持って集まっていた。最近は実戦だけじゃなく戦力強化の為に訓練もやっているそうだ。今日の教官は……畑くんだ。
畑くんは最近【槍術】のスキルを手に入れたそうで、それが原因で肉森くんが俺のところに来るようになったのだ。やはりスキルがあるとないとでは全く違うそうだ。
「俺も、何かスキル出てこないかな」
ポツリと呟きながら目を閉じる。日差しで身体がポカポカして気持ちがいい。
……いや待てよ。スキルを持っている人から教えて貰えばスキルを獲得しやすいのでは?スキル=技術だろう。
畑くんの訓練に参加すれば俺も槍使いとしてスキルを覚える事ができるかもしれない。だが俺に槍は支給されていない。
七瀬さんに言えば支給してくれそうだが、物は有限だ。できる限り赤城コミュニティの物資を使いたくない。
「何かないか……」
アイテムボックスの中を漁ってみると、ちょうどいい長さのデッキブラシを発見。舐めてるのかと怒られそうだが訓練ならこれで十分だろう。
マットレスから飛び起きると俺は校庭に向かって校舎を降りて行った。
「「はっ!はっ!」」
槍を突き出す20〜50ぐらいの年齢の方々に混じって俺もデッキブラシをリズミカルに突き出す。
初めはデッキブラシを持って校庭に来た俺に胡乱な視線を向けてくる人もいたが今は違う。全員が一つになったように同じリズム、同じ呼吸で槍を突き出す一体感。
俺の中ではみんなと一緒に何かやっている感があってとても頑張っている感があり、かなり満足している。
ただ、五分もすれば息を乱してリズムに乗れない人も出てくるわけで、すぐに一体感はなくなる。それを残念に思いながら槍を振っていると、俺を残念そうな目で見ながら近づいてくる失礼な若者がいた。
「何やってんすか……?久我さん」
俺に残念そうな目を向けてきたのは畑くん。ちょっと吊り目のC班のリーダーだ。
スーパーで会った時から何かと関わることの多い探索班の一人。
「見ての通り槍の訓練だけど」
半分以上が息を切らせて休みに入るのをチラ見しながら俺も汗を拭って休憩する。
「いや、そりゃまあ、デッキブラシはツッコむところで、槍かなってのはここにいるからわかりますけど、そうじゃなくて短剣があるでしょう?なぜ槍の訓練を?」
「スキルを獲得できないかと思って」
俺はスキル持ちに教わればスキルを獲得できるんじゃないかと考えたことを畑くんに話す。
「本当に【短剣術】持ってないんですね……。それであの強さって」
畑くんが呆れたような表情をするが、持ってないものは持っていない。俺だってちょっとおかしいんじゃないかって薄々感じてはいるが、考えたところでわからないから棚上げにしている。
「じゃあ、ちょっと俺と模擬戦でもしますか?俺も少しは強くなってるんですよ」
自信満々に畑くんが模擬戦の提案をしてくる。それは良いかも。実際戦ってみれば何かつかめるかもしれない。
「わかった。よろしくお願いするよ」
俺と畑くんは訓練している人たちから少し離れる。話を聞いていた人達が座り込んで観戦の姿勢に入っているのが見えた。
対峙すると畑くんが真剣な表情になり、軽く腰を落とし、槍を俺に突き出すように構える。玄人じゃないからよくわからないがあれが隙のない構えなんだろう。
俺も同じようにデッキブラシを構え……いや、これおかしくないか?自然な流れで始まったけど何で素人の俺がデッキブラシなんだよ。普通逆じゃないか?
大抵は達人の方が適当な道具で素人をあしらうものだろう。そして修行が足らん的な事言ってドヤ顔だと思うんだが。
「行きます」
すっと畑くんが動き出す。槍で俺の胸に突いてくる。
俺はそれをデッキブラシの柄で力を逃すように払い除ける。
そのまま先端で突こうとするが槍を円を書くように回転させ柄で払いのけられる。
そうやって使うのか。
たぶん加減してくれて力を入れていないのだろう。槍と言っても鉄パイプみたいな物の先端を尖らせただけで、今は訓練用なのか先端は尖っていない。そして突きが主体で斬ることができない。
お互いに突いては弾きを繰り返す。今までの短剣の間合いとは離れすぎてて違和感があるが俺はステータス頼りに槍を避け、攻撃する。
畑くんはスキルで自然に身体が動くようで俺の攻撃を捌いていく。
慣れてきたところでふっと息を吐き、攻勢に移る。突き出された槍の角度を若干変えるように滑らせながらデッキブラシをカウンターで繰り出す。
ブラシ部分が引っかかってもげてどこかに飛んでいくがお構いなしだ。
それをギリギリで畑くんが躱したところで、大きな声が聞こえてくる。
「ここを開けろっ、雑魚どもっ!オレたちは神奈川最強の戦闘集団〝幽有斗飛悪〟だ」