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幕間 肉森厚が来る

「久我さん。一つお手合わせいただきたいのですがよろしいでしょうか?」


 とある昼下がり。日当たりの良い教室でソファで昼寝をしようと寝転んだ俺に声がかけられる。


 完全にお昼寝モードに入っていた俺はめんどくさそうにゴロッと顔を向けると、筋肉があった……。


「めっちゃ近い……」


 目の前には筋肉、それが俺の視界いっぱいに広がっている。


「失礼しました」


 そう言って離れてくれたのは、筋肉ムキムキの肉森厚(にくもりあつし)くんだ。


 確か彼は、元紅葉コミュニティB班のリーダーで、優希くん、優里亜さんに次いで強いとされている男だ。


 アメフトをやっていたそうで、たまに校庭でタックルの練習をしているのを見かけることがある。だが何でわざわざ俺のところに来て〝お手合わせ〟したいのかわからない。


「えっと……嫌だけど」


 何が悲しくてこんな天気の良い日にそんなことしないといけないのか全くわからない。俺は王居攻略戦頑張ったからもう働かなくてもいい権利を手に入れているのだ。


 お手合わせとか、勝負とか、俺の中ではもうそんな時代は終わったのだ。激減しているゾンビをたまに倒して、たまに物資を持って帰ってきて、稀に畑を耕して、ゆっくり生きていくんだ。


 あれだ、スローライフってやつだ。


「そんなこと言わずに、どうかお願いします」


 俺がゴロゴロしていると肉森くんが深く頭を下げてくる。


 う〜ん……そう言えば彼もゾンビに囲まれてた時に助けに来てくれた一人だ。


 話ぐらいは聞いても良いかもしれない。


 そう思ったら俺も大人としてゴロゴロしているわけにもいかず、とりあえず起きてソファに座る。


 ただそんな大したことはできないと思うが。


「とりあえず頭を上げて。理由を話してくれれば考えるよ」



 肉森くんの話は簡単なことだった。


 元紅葉コミュニティ。そこは実力順でリーダーが決められていた。強い人間が班のリーダーになり、そこにメンバーが配置される。


 赤城コミュニティに合流してからもそれがそのまま続いているのだが、あくまでもその〝実力順〟とはその当時の強さ。崩壊後の一カ月も経たない時点での強さなので必ずしもそれが続くわけではない。


 崩壊前のステータスがない時点では単純に身体を鍛えているかいないかで大きく差が出るが、今となっては身体を鍛えているかどうかではなく、ゾンビをどれだけ倒してレベルを上げたか、戦闘向きのスキルがあるかどうかで強さに差が出る。


 わかりやすく言えば、ステータスやスキルによっては小学生の女の子が筋肉ムキムキのプロレスラーを素手でワンパンで沈めることすらできるような理不尽な世の中になった。


 筋肉を鍛えるのが無駄だとは言わないが、鍛えすぎて膨らませると身体を重くするだけのデッドウェイトでしかなく、レベルアップのステータス上昇にはかなわない。


 ここで肉森くんが悩んでいるのがスキルだ。


 王居攻略戦で大量のゾンビと戦ったことにより何人かがスキルを獲得した。


 主に【剣術】【盾術】【槍術】の獲得があったらしい。その中でもC班リーダーの畑くんが【槍術】を覚えたことにより強さが一段階上がった。


 畑くんとはライバル的な立ち位置であったらしい肉森くんはここで焦った。スキルの獲得によりほぼ互角、若干肉森くん優勢であった強さに圧倒的に差をつけられてしまったのだ。



「お恥ずかしながら現在、俺は畑や他のスキル持ちに勝てなくなってしまいました。このままではB班リーダーを辞退することになります」


「いや、辞退しなくても良くない?強さと指揮能力は別だと思うけど……」


 強いからと言って指揮が出来るとは限らない。聞いた話では肉森くんが全体指揮を取り攻略戦を戦ったはずだ。


「それはそうですが〝強い〟それだけで周りの信頼を得られる事もまた事実なのです」


 まあそう言われるとそうだけど。


「そうか。で、それで俺と手合わせして何か掴もうってことかな?」


「はい。久我さんが後半とはいえ黒い異形を単独で撃破し、さらに大量のゾンビに臆さず闘う姿、そこに(おとこ)を見ましたっ!何卒、この肉森厚にその強さ、ご教授ください!」


 ソファに座る俺の前で肉森くんが床に頭をつけて土下座する。


「わかったっ、わかったから土下座はやめよう?誰かに見られたら凄く俺が悪いやつに見えるからっ!」


 革じゃないけど黒いソファに座る俺、その前で土下座する肉森くん。どう見ても絵面が良くない。


「ありがとうございますっ!」


 肉森くんが嬉しそうに頭を上げる。おでこが赤くなっているじゃないか。そんな必死にならなくても普通に頼んでくれれば良いのに。


 俺はほっと一息つくと何をすれば良いのか考える。肉森くんの目的はスキルを得ることだ。


 だが、俺自身に戦闘向きのスキルはない。何をしたら良いのかわからないのは俺の方なんだけど。


「じゃあ模擬戦すれば良いのかな?」


「はいっ!本気でお願いします」


 本気でやるのか……俺のレベル19なんだけど本気で殴ったら人体がバラバラになるとか、ないよな?


 やるならやるでぱぱっと終わらせよう。そう考えて俺は日が当たっていい感じになっているソファから立ち上がった。



 俺と肉森くんは屋上に上がってきた。


 こっちの屋上は、ボコボコになっていない方の屋上だ。前に優里亜さんがボコボコにした方は現在使われていない、危ないからね。


 屋上は日当たりが良く立っているだけで気持ちがいい。風もほとんどなく、今日なら外で昼寝もありなんじゃないかと思うほど。


 俺は肉森くんと離れて対峙すると、ちょっと迷ったが訓練用の孫の手を二本取り出す。


 肉森くんが持っているのは両手剣だ。最近、鉄を伸ばして作られた新しい武器。槍が破損した場合に予備として探索班に配られているようで切れ味は良いとは言えない。

 だがステータス持ちが頑張ればゾンビの腕ぐらいなら切断できるらしい。


 一部の探索班では積極的に使う人も多くなってきた人気武器の一つだ。


 肉森くんが持つと、両手剣が小さく見えるな。


「では久我さん。よろしくお願いします」


「よろしく」


 丁寧に肉森くんが頭を下げてくる。俺も軽く頭を下げると、孫の手を構える。


 肉森くんは身長も180以上ある上にムキムキで体積がデカい。対峙するだけで威圧感はあるが……全く怖くないのはなぜなんだろう。


 てか、何でみんな普通に相手に対して致命傷を負わせることができる武器を構えることができるのか。そこが不思議で仕方ない。


 せめて布巻くとか、そういう配慮があってもいいのではないかと思う。当たったら痛いじゃすまないのだけど……。

 達人がよくやる寸止めとかみんなできるのかな?俺できないんだけど。


 そんな事を考えているうちに肉森くんがジリジリと近づいてくる。一息で斬り伏せられるところまで来たんだろう、肉森くんの身体が迫ってくるように素早く近づいて上段から両手剣がうなりを上げて振り降ろされる。


 両手剣が振り降ろされた瞬間に俺も無造作に一歩前に進んで右半身を前にして両手剣を躱す。


「くっ……」


 間合いの内側に入りこまれた肉森くんが慌てて下がった両手剣を横に振ろうとするのを左の孫の手で抑えると、孫の手を握ったままの右拳で脇腹を少し強めにぶん殴る。



「オゲェ……」



 声を上げるというか完全に虹色のキラキラした何かを口からたれ流した音を響かせながら蹲るように倒れ込む肉森くん。


 ……やりすぎた。キラキラしたものが俺に付着しないように全力で身体を加速させて離れる俺。


 ここで全力を出させられるとは思わなかった。


「ごめん。やりすぎた。回復薬、飲む?」


 蹲って立ち上がれない肉森くんから3メートルほど離れて怪しい茶色の瓶を取りだす。


「だ、びっ……うぇ、す……」


 何を言っているかわからないが本当に苦しそうにピクピクしながらキラキラしたものを垂れ流している。


 どうしても元の感覚が残っているのか、見た目で筋肉ムキムキだと強いんだろう、固いんだろうと判断してしまう。


 昔、筋肉を鍛えることが趣味の人に腹パンして欲しいと言われて、腹筋を殴ってあげたことがあったんだが、逆に俺の右手首を痛めたことがあったからその感覚が残っていた。


 肉森くんには申し訳ないことをした。たぶん内臓までは痛めてないはずだけど、そこら辺の知識は皆無なので落ち着いたら回復薬を無理にでも飲んでもらおう。


 だいたい五分ほどで肉森くんが復活し、回復薬を飲んでもらった。


「久我さん。もう一度お願いしますっ!」


「何度でも良いよ」


 今度は殴らないようにしようと心に決めて改めて構え直す。


 肉森くんは先ほどとは違い安易に接近せず慎重に間合いを測っている。だが来ないなら俺から行く。


 俺が歩いて間合いに入ると両手剣を横薙ぎに振るって俺が避けられないようにするが、今度は避けるのではなく軽く孫の手を使って両手剣を跳ね上げ軌道を変えてあげる。


「ぐうぅ!」


 跳ね上げられた両手剣は軽く体勢を低くした俺の頭上を通りすぎ、肉森くんは空振りしたバッターのように振りきった状態で一瞬動きが止まる。


 力技で両手剣を制御しようとしているのか両腕の筋肉が盛り上がっているが、動きが止まったらアウトだ。軽く孫の手を肉森くんのムキムキの胸部に当てて俺の勝ち。



「もう一本お願いしますっ!」


 それからは同じことをやっても訓練にならないと思い、両手剣を振り回してくる肉森くんの攻撃を下がりながら避けて、捌いてあしらっていく。


 こうやって人と戦うと思うが、自分がかなり強くなってると自覚する。普通、横薙ぎに振るわれた剣とか避けたり捌いたりできないだろう。


 ある程度、肉森くんに攻撃させてから今度は間合いを詰めて肉森くんがガードできる早さぐらいで孫の手を振っていく。


 そうやって攻撃と防御を何度も何度も繰り返し、肉森くんの限界まで追い込んでいく。




「ぜぇ……ありがとう、ぜぇ……ございました……」


 動き続ける事一時間、俺の目の前には仰向けに倒れて辛そうに息を吐いている肉森くんがいた。


 両手剣を振り回しすぎて体力を消耗しすぎたのか立つ事もできないようだ。


「じゃあ今日の訓練はここで終わりね」


「また……お願いしても良いでしょうか?」


 毎日はしんどいけど……たまには身体を動かしたほうが俺の健康にもいいからやろうかな。


「気が向いたらって事でいいなら、良いよ」


 俺はそう言うと倒れている肉森くんを放置して屋上を後にした。汗をかいたワイシャツをパタパタしながら日当たりの良い教室に戻っていく。


 汗かいて昼寝どころじゃなくなった……。身体を拭くために水を貰いに下階に降りると、みんな忙しそうに働いている。


 ちょっと申し訳なく思いながら、俺の赤城コミュニティの一日は過ぎていく。



 次の日から毎日のように肉森くんの訓練に付き合わされながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] つけ麺でワラタ。由来が酷い
[一言] 対人戦と対ゾンビ戦では勝手が違うと思うんやけどねW 何かを掴みたいんやろW 優紀君と違い好感が持てるねW
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