第36話
「待ってっ!ストップ!ズルいぞお前らっ!」
俺はゾンビと戦っていた。場所は王居の宮殿前、いやもう宮殿消滅しているから元宮殿前とでも言おうか。
領域結界を破壊し一息つきクレーターから何とか出たところで人影に気がつく。
まさかの救援かと思って顔を上げると……ゾンビだった。
宮殿に優里亜さんの【流星魔法】をぶち込んだのが確認された時点で囮組は撤退している。さらに領域結界が破壊された事でエリアの概念がなくなった。
東御苑にいたゾンビがここにくる事だってあるだろう。ゲームとは違って、ボス倒したらエンカウントなしでダンジョンから出れます、なんてないのだから。
油断していた俺はゾンビに叫ばれてしまった。さらに短剣を持っていない上に右手が上手く動かせない。利き手じゃない左手にハンドガンだけで戦わないといけない。
俺の嫌いな縛りプレイだ。
「くっそっ!」
ハンドガンを持っていても離れていればピンポイントで心臓に当てることができない。結局俺の使い方は接近してからの接射でしかない。
MP回復薬はまだ残っているから何とかなるがジリ貧だ。
今は動き回る事で倒せているが、東御苑だけじゃなく、まだ遠目でわかるぐらいだが外苑や吹上御苑からもゾンビが集まってきているのが見える。
ボス倒したのに雑魚にやられるとか冗談じゃない。
何とか門まで来ることができたが、そこにゾンビが集中して前に進めない。
身体も疲労していて動きが鈍い。別の場所から逃げるか……。
「大和さんっ!何処ですかっ!?」
その時何処からか声が聞こえてくる。……愛理さんっ!
「ここだっ!愛理さんっ!」
大声で返事をすると門の方から声が上がってくる。
「久我さんがいたぞっ!何とか突破するんだっ!」
声が聞こえた瞬間に門の前にいたゾンビ達が門ごと吹き飛んでいく。これは、優里亜さんのアローか。
岩塊に抉られたゾンビを踏み越えて愛理さんが飛び出してくる。それに続いて説明会の時のムキムキを筆頭に囮組が続々と到着する。
「いたっ!大和さんっ!」
俺の姿を見た愛理さんが勢いよく飛びついてくる。飛びついてきた愛理さんを片手でキャッチするも。
「っ痛いっ……右腕っ!右腕っ!」
抱きつかれた拍子に痛めた右腕をギュッとされて激痛が走るっ!
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「……いや、それより回復薬持ってない?」
申し訳なさそうに離してくれた愛理さんに尋ねると、それを聞いていたムキムキが回復薬を渡してくれた。
「久我さん。これを使ってください」
「助かる!」
少し囮組にゾンビを抑えてもらいHP回復薬を一気に飲み干す。すぐに身体の疲労が抜けていく。
よし!右腕が動く。回復した右手の感触を確かめると愛理さんから短剣を借りる。
「まずいわ。そこら中からゾンビが集まってきてるっ!」
優里亜さんの声に周りを見ると、どんどん囲まれているのがわかる。それに……優希くんがいない?復活できなかったのか……。
「俺が道を開く。遅れないようについて来てくださいっ!」
俺はゾンビを抑えてくれている囮組の前に躍り出る。
ふっ……と息を吐きだすと集中力が増す。良し行けるっ!
俺は一瞬のうちに三体のゾンビを倒すと、さらに前にいる数体に向かっていく。体勢を低くしてゾンビの腕をかいくぐり、短剣を突きさしつつ左右のゾンビの腕を避ける。
ゾンビに囲まれているのだが、全てが見えるような感覚に自分自身驚く。動きも止まっているように遅い。
俺は調子に乗って集中力が続くまま、身体が動くままにゾンビを倒していく。後ろから何か聞こえてきたが今はどうでもいい。ちらりと視線を送るとみんなちゃんと付いてきている。
俺が直線上にいるゾンビを倒し、少し離れたところは優里亜さんと愛理さんが打ち倒していく。
すぐに門を越えて、橋を渡りきったところでゾンビが少ない場所を選んで駆け抜けていく。
俺たち全員が王居の敷地内を抜けたところで優里亜さんが纏めてメテオで吹き飛ばした。
何とか囮組の一時拠点として使っている雑居ビルに逃げ込むことができ、そこで休憩する。
「はぁ……はぁ……」
全員が疲労困憊の中、俺は優希くんを探してみるが、部屋の中にはいない。
「大和さんっ!無事でよかったっ!」
涙目で抱きついてくる愛理さんを役得だと思いつつ抱きしめながら、俺がキョロキョロしているとムキムキ——肉森くんが話しかけてくる。
「久我さんが無事でよかった」
「ああ、みんなのおかげで助かった。本当にありがとう」
俺が愛理さんを離して囮組のみんなに頭を下げると、みんな嬉しそうに、誇らしそうに頷いている。その中にはスーパーであった畑くん達もいて、顔見知りが無事だった事に安堵する。
「それで、……優希くんは?」
俺が肉森くんに聞くと、微妙な顔をする。
「それが、ちょっと変なんです。疲れているんだと思いますが……その、優希に何があったんです?」
不味いな。このコミュニティにとって優希くんは旗頭だ。戦意喪失したなんて言ってもいいものか……。
「かなりの激戦だったからちょっと疲れているだけだと思うけど、今、何処にいるの?」
俺が聞くと、ここに残っていた子達が屋上だと教えてくれた。
屋上に出ると、優希くんが外を見ながらぼーっとしている。俺の姿を見るとビクリと怯えたように震える。
「大丈夫?少し落ち着いた?」
俺が声をかけると泣きそうな表情で俯く。……これ大丈夫か?
「……久我さん。ごめんなさい。俺は……逃げた。怖くて怖くて耐えられなかった。久我さんを見捨てて逃げた。助けに戻ることすらできなかった……」
「いいよ。結果的にはそれが正解だった。俺も何とかなったしね」
高校生の慰め方なんて、俺にはわからないよ。
「なんで、そんな風に言えるんですか?俺は見捨てて逃げたんですよ……」
座り込んでしまった優希くんの自虐的な声が響く。
「俺だってビビって怖くてしょうがないからね。俺が戦えたのは、他が全員年下だったからってだけのほんのちょっとした大人としてのプライドだけだよ。誰もいなければ俺も逃げてた」
俺も優希くんの隣に座ると、ゴシゴシ頭をなでる。
「でも俺は〝タイプ持ち〟で、みんなを引っ張っていかないといけないのに……」
「そうかもしれないけど、大人がいるときは大人に頼ってもいいんじゃないか?まぁ頼りないと思ってしまうのもわかるけど。今は少し休んで、また考えればいいよ」
それっきり優希くんは黙り込んでしまう。いい大人ならもっといい慰め方があるんだろうか?
死ぬかもしれない場合の慰め方なんて知っている人が果たしているのだろうか?
軍人さんなら知っているか?でも戦争映画はあまり見てないから参考になるような慰め方はわからない。
「今は全員生き残れたことを喜ぼう。みんな心配してるよ」
俺はそう言うと優希くんを残して屋上を立ち去る。早く復活してくれればいいけど。まあそれも成長には必要なのかも。
俺が階段を降りていくとそこには優里亜さんと愛理さんがいた。
「優希の調子はどう?何があったのか、教えてお兄さん」
俺を真剣に見つめる優里亜さんは……逃がしてくれなそうだ。優里亜さんには話しておいたほうがいいのかな。
俺は他の人がいないことを確認すると、愛理さんと優里亜さんに二人が気絶していたときの状況を話した。
そうして、俺達の〝王居攻略作戦〟は幕を閉じた。