第35話
俺は深呼吸し、優希君にお願いする。
「優希くん……愛理さんを頼むよ。助けるって約束したからさ」
俺の言葉に震えながらぐっと唇を噛み締める。
「わ、わかりました。時間を少し稼いだら久我さんも逃げてください。みんなと合流して、助けに来ます」
マジか……。本当に行っちゃうんだ……。愛理さんの名前を出せば奮起するかとほんのちょっとでも思ったんだが。
「……やるだけ、やってみるよ」
俺は一歩前に出る。優希くんはゆっくり下がっていく。
「ひっ……!?」
異形がピクリと動くたびに優希くんの引き攣った声が聞こえてくる。
〝黒い異形〟は何故か動かない。目のない顔はずっと俺を見ているようだ。……わかっているのか?優希くんが戦意喪失して、戦えるのが俺しかいない事を。
門に寄り掛かるように倒れている二人を優希くんが抱え上げ、ゆっくりと門をくぐった時。
ふと身体が軽くなるような感覚になる。
——ここでスキルが発動したか……
これが俺にとっては最後の希望とも言えるスキル。イメージしろ。〝黒い異形〟の動きは速いだけ、瞬間転移などじゃない。いつもの動きを早送りしているだけだ。
身体中の汗が引く。今まで感じなかった周りの温度を敏感に感じ取る。
震える腕を無理矢理抑えつけると逃げ出したくなる感情を振り払うように叫ぶ。
「もう少しだけ付き合え。彼女が逃げるまでだっ!それ以上は俺だってやってられないっ!」
短剣の一撃が異形を掠める。軽い手応えと共に異形の肌が軽く裂ける感覚が伝わってくる。何とか当たった。
避けきれなかった異形はすぐにブレるように姿を消し……消えていない?
俺の目はギリギリだが異形の動きを捉らえている!
右に回り込み抜き手で突くように迫ってくる腕を紙一重で躱し、時間が止まるような感覚と共に俺の動きが加速する。
そのままガラ空きの心臓部に短剣を突き立てようとするが異形の動きも早い。
バックステップで俺から距離を取ると、すぐに飛び込んでくる。
「くそっ!いけたと思ったのにっ!」
異形の攻撃は指の先に生えている〝爪〟だ。爪を突き立てるか引っ掻くかして俺のスーツを容易く引きちぎる。
左右から十字を描くように振われる爪を短剣で打ち払い、懐に飛び込もうとするが腹部に衝撃を受ける。
異形の足が俺の腹部にめり込むと、その衝撃で俺は飛ばされる。
「かはっ……」
転がりながら迫り上がってくる吐き気を必死に堪え涙目で前を見るが……いない!?
ふと俺の近くに影ができる。
——上かっ!
確認せず転がり身体を起こすと、俺が今までいた場所に異形の腕が突き刺さっている。
あっさりと地面から腕を引き抜くと異形が迫ってくる。
短剣一本じゃキツい。だが、今まで見えなかった動きが見える様になっている。もしかしてこの異形、見た目じゃわからないが弱っているのか?それともスキルの影響か?
下から上、上から下に振るわれる異形の爪を俺は何とか避けていく。瞬間的に動きが早くなる攻撃を繰り出してくるが今ならギリギリだが対応できている。
「くっ……!」
左腕に薄っすらと傷ができる。
――不味いっ!攻撃を食らってしまった。早く解毒薬を……
俺が焦っていることがわかったのか、異形の攻撃が激しくなる。俺に解毒薬を飲ませる時間は与える気はないようだ。焦っている俺は攻撃の捌きが甘くなる。
もう一筋、もう二筋と異形の攻撃が俺の身体に掠めていく。
焦る中でおかしなことに気がつく。俺の身体は不調を訴えていない。数分でゾンビ化すると言われていたが、その兆候を感じない。
確かに爪が掠ったところは血が出て熱くなっているのがわかるが……それだけだ。〝異形〟の攻撃ではゾンビ化しない?それとも何か理由が?まぁそんなことはどうでもいい。ゾンビ化しないならそこまでビビることはない。
焦りがなくなった俺の身体のキレが戻ってくる。
異形の腕が俺の顔をめがけて突き出される。
ギリギリで避けようとするが、頬に掠って鮮血が舞う。
だがカウンターで短剣が異形の右腕の付け根に浅く刺さる。
すぐに左腕が横から薙ぎ払うように飛んでくるがそれをしゃがんで掻い潜り、振り上げられた脚を躱すと深く膝に短剣を突き立てる。
バランスを崩した異形がぐらりと揺れる。
――ここだっ!
素早く短剣を引き戻し、立ち上がると俺は異形を攻めたてる。瞬間的に俺の身体が加速する。
だが人間とは身体の構造自体が別物の異形は刺された右腕や膝に何もないように俺の攻撃を躱し、弾き、受け止めてくる。
……遅い。自分の動きが遅すぎる。
瞬間的に加速する動きを継続しろっ!
イメージは優希くんの縮地、そして最後に見せた俺の目にとらえきれなかったあの必殺技。
――早くっ!
――一歩でも早くっ!
異形の腕を斬りつける。すっと右横に回ると下から斬り上げる。
さらに背後に回ると心臓部に突き立てようとするが上手く狙ったところに刺さらない。
自分の身体がいつもみたいにコントロールできない!
異形が振り向くように腕を振るうが、一歩下がって避けると一歩進んでがら空きになった心臓を狙う。
すぐに異形の手が飛んできて弾かれ、異形が飛びのくように後ろに下がるが——逃がさないっ!
異形が飛びこんでくる前に距離を詰めると短剣を横に振るう。
中途半端に突きだした異形の左腕の肘から先が鮮血をまき散らせながら宙を舞う。
右腕が振られるが、これも邪魔だっ。
掻い潜るように避けると下から思いっきり短剣を振り上げる。
無理やり振り上げたために刃筋が悪かったのかギギギッと嫌な音を立てながら切断、右腕も宙を舞う。
――邪魔するものは何もない
イメージはスキル【縮地】と瞬間的な加速の融合。
すでに加速した状態の中で優希くんの縮地のイメージを重ね合わせる。
異形の動きが一瞬止まったような気がした。
動きに俺の身体が耐えられないのか剣先がブレる。
無理やり揺れる短剣を押さえつけると俺はそのまま〝黒い異形〟の胸に短剣を
――突き、立てるっ!
何か固いものを破壊する感覚と共に、短剣の刃が砕け、一瞬遅れて異形の胸に大きな穴が空く。
【レベルが上がりました】
頭の中に流れるアナウンス。
胸に穴を開けた〝黒い異形〟がゆっくりと後方に倒れて行く。
緊張が取れず、倒れた異形を少しの間見続けるが、起き上がってくることはない。
「はぁ……はぁ、やった……、やってやったっ!」
爆発的な喜びの感情と共に右腕に痛みが走る。
「っ痛い……」
最後に短剣を突きだした右腕が上がらない。
無理な動きをしたせいでどこか痛めたのか右腕に痛みが走る。
だが、それ以外はスーツがボロボロになってところどころ傷があるだけで身体は動く。
「喜ぶのは……まだだ、〝黒い異形〟は倒したけど〝領域結界〟はまだ解除されていない」
俺は身体を引きずるように一つ目のメテオでできたクレーターに向かって歩く。
クレーターの淵から中を覗くと中心部から少し離れたところに黒い球体が浮いている。
見つけたっ!
滑り落ちないようにゆっくりとクレーターを降りていく。黒い球体は前に職場の地下で見たものと同じくバスケットボール大で、球体を周りこんで見てみたがデジタルのカウントダウンは表示されていない。
前は、地面に叩きつけただけで破壊できたはずなのに、今回はメテオで破壊できないってのは何でだ?カウントダウンが終わる前だったから破壊できたのか、それとも何かしらの要因があるのか、わからないことだらけだ。
短剣がなくなった俺は、最後に残っているハンドガンを取りだすと少し離れてトリガーを引く。
【領域結界を破壊しました】
アナウンスと同時に球体がバラバラになりガラスの割れるような音が周囲に響き渡ったと同時に王居を覆っていた結界が消滅する。
同時に身体からごっそりと力がなくなっていく感覚を覚え、倒れそうになる。
「な、何だこれ……」
倒れそうになる身体を両足を踏ん張りながら何とか立て直すとクレーターの底で座りこむ。力が入らない。
身体は極度に疲労しているが、そこから何かが起こるわけでもない。息を整えながら数分じっとしているとだんだん体に力が戻ってくる。
何もないならそれでいい、それよりもステータスを確認したい。
あれだけ頑張ったし、最後の方は確実に今までと何かが違う動きができていた。これは、俺も新しいスキルが獲得できたんじゃないかと思う。
予想として、瞬間加速的なスキルだと思う。今までも集中力が上がった時にできていたが、意識的にできるようになっている。
たぶん今までのはそのスキルの振りだろう。
「ステータス」
クガ ヤマト
タイプ:一般人Aタイプ
レベル:19
HP:67
MP:159
筋力:B+
耐久:B+
俊敏:B+
魔力:B+
精神:B+
固有スキル:幻想拡張
スキル:ソロアタッカー ステータス+
「は?……」
おかしいな。目の錯覚かな。身体は疲れてるけど目は大丈夫なはず。
レベルは上がっている、うん。それは間違いない。
最後、俺の中では縮地並みの動きができていたような気がするんだ。
縮地並みの動きで時間が止まったような感覚の中、縦横無尽に動いて完全に異形を翻弄しつつ倒した。
ん?それが錯覚?
いやいや、冗談は良くないですよ。あれで何も覚えてないとかありえないでしょ。まさか隠しステータスとかスキルとかあるんじゃないのか?
納得いかずステータス表示をいじっているとたぶん発動してたんだと思うスキルに目がいく。
「本当に、これだけなのか?」
【ソロアタッカー】パーティーを組んでいない時限定で領域結界内でのステータスが上がる
みんなが門をくぐってエリア移動した後に何か身体が軽くなったような気がしていた。そして領域結界を破壊したことでスキルが解除。身体に力が入らなくなった理由。
元々持っていたスキルが条件を満たして発動した。詳しい条件はわからないが、今回はエリアの中に一人になった?パーティーメンバーの撤退?ということで発動かな。
でも本当にこれだけなのか?これだけで〝黒い異形〟を上回る力が出るものなのか?
「あれでスキル覚えないとか……どんだけ才能ないんだよ……」
俺は若干いじけながらゴロッと横になりボロボロになったスーツの穴から空を見る。
「ギリギリだったけど、何とか約束守れたよ……愛理さん」