第33話
「ぐっ……!」
勢いのまま突きだした短剣が異形の手の平に受け止められる。固さは白い異形の腕以上だ。
ビリビリ痺れる右手の短剣をひっこめると左の短剣で斬りつける。
それをすっと躱されると、異形の身体がぶれる様に目の前から消える。
「っ……!?」
――早いっ!?
左側にぞっとするような気配を感じ、とっさに右に転がるように飛びこむ。ビリッっという音と共に若干体勢が崩れるが持ち直す。
片膝をついて前を見るが異形は……いない!?
すぐに右側から気配を感じ、短剣を向けると重い衝撃と共に俺は転がされる。
転がりながらわずかに見た光景は異形が右手を突きだしているところだった。
全くスピードについていけないっ。至近距離からの消えるような一瞬の動き。捉らえることができないっ!
何とか立ち上がると、目の前にはぼんやりと立つ〝黒い異形〟。目鼻は白い異形と同じで若干窪んではいるがハッキリとはない。口は赤黒い唇があるだけで表情を見せない。
白い異形は口を歪ませるように動くことはあったが、黒い異形は全く動かない。
全身から冷汗が出てくる。
全く動かない口を見ていると恐怖がわき上がってくる。
視界の左に黒いヒラヒラとしたものが映る。ふと目を向けると布切れが地面に落ちたところだった。
何とはなしに下を見てみると、俺のスーツが引き裂かれて破けている。
全身に鳥肌が立ち、恐怖で手足が震えてくる。
このスーツは【幻想拡張】で強化したものであり、多少くたびれたりほつれはあるが、今まで破けたことはない。それをあっさりとこの黒い異形は引き裂いてしまった。
「あっ……!?」
自分が何を言おうとしたのかわからないがぐっと堪えて唇を噛みしめる。言葉を発してしまったらもう動けなくなるような気がした。
歩いて俺に近づいてきた異形が振り上げた手を振り下ろす。身体が恐怖で固まっているのを必死で動かし転がりながらそれを避ける。
転がった衝撃で多少身体が動くようになったが恐怖は消えない。
すぐに異形に愛理さんが撃った弾丸が飛んでくるが焼け石に水、やはり手に弾かれてしまう。
「お待たせしましたっ!」
声と共に優希くんが俺の横に現れると、俺の身体から少し力が無くなるのを感じる。【戮力協心】が解除された。
優希くんは縮地を使い一瞬で異形の前にくると、俺の目に映らない程の速さで消えた。
ギギギッと耳障りな音と共に俺の目に映った光景は、右腕が斬り飛ばされて無くなっている異形と、地面に擦れた跡を残しながら異形の後ろを滑る優希くんの姿。
〝必殺技〟いや、殺してはいないが、これは主人公が使う必殺技に違いない。
これで真っ二つにしてくれてればそれで終わった筈なんだけど……。
そんな事を考えていたからか、多少恐怖が緩和されている。クルクルと空中を舞う異形の右腕が落ちてきた。
「優里亜っ!久我さん退避っ!」
バランスを崩し地面に手をつきながら優希くんが叫ぶ。
俺は反射的に上を見ると、メテオが落ちてきている。慌てて起き上がると優希くんが俺の横を縮地で通り過ぎざま手を掴んで引っ張っていく。
早いっ!腕が抜けそうにめちゃくちゃ痛いが、優希くんの縮地に引っ張られながら俺達はメテオの爆心地から少しでも離れる。
ふと後ろを見ると左手だけになった黒い異形が真上から圧し掛かってくるメテオを押し返そうと耐えている。……化け物めっ!
そこに愛理さんのスナイパーライフルの弾丸が一発、二発と左腕の伸ばした肘に直撃する。
手の平ではないから多少の効果があったのか、腕が削られて異形が耐えることができなくなる。メテオが異形に直撃した瞬間、爆風で俺と優希くんが吹っ飛ばされた。
自分の身体がどうなっているのかわからないほどめちゃくちゃに吹っ飛ばされた俺は、気がついた時には地面に倒れていた。
一瞬だが気絶していたみたいだ。所々痛む身体を押さえながら起き上がり、目の前を見ると、二つ目のクレーターが出来上がっていた。
威力高すぎるだろ……。
「っ!?みんなはっ!?」
急いで周りを見渡すと近くに優希くんが転がっている。近づいてみるが、胸が上下しているので生きていることは確認できた。優里亜さんと愛理さんは……。
二人は爆風で門に叩きつけられたのか、門に身体を預けるように倒れている。
まずは優希くんにHP回復薬を飲ませていく。優希くんを背負って門に身体を預けるように座らせる。次に優里亜さんと愛理さんにもHP回復薬を飲ませる。
これで手持ちの回復薬は後一つ。
だが無茶なことをする。俺が比較的無事でいられたのはこのスーツのおかげだろう。愛理さんも強化されたジャージを着ているが、門に叩きつけられたか。優里亜さんは少し離れてはいたがメテオの疲労で耐えられなかったのだろう。
優里亜さんのメテオも異常な威力だが、優希くんの消える動きも凄かった。やっぱ主人公は俺とは違う。数日前の勝負の時に使われたら負けてたな。
全然ダメだったな。黒い異形が強過ぎた。誰もいなけりゃ俺は逃げてただろう。逃げられないとわかってても。みっともなく恐怖で叫ばなかったのは学生達がいたから何とか我慢できたが。
「久我さん……」
そんなことを考えて若干落ち込んでいると優希くんが起きてくる。
「おはよう。回復薬は飲ませたけど、身体の調子は?」
優希くんは自分の身体の調子を確かめながら頷く。
「問題ないです。俺はどれぐらい気を失ってたんですか?」
「俺も気絶してたから詳しくはわからないけど、俺が起きてから一分程度だと思う」
そう言いながら二つ目のクレーターをみる。一度目のメテオは建物でどうだったかわからないけど、二度目は直撃だ。さすがにこれだけの破壊力で倒せないなんてことはないだろう。
散々に破壊された周囲を見ていると
そこでふと気がつく。
——何も変わっていない事に。
周りの景色は酷いことになっている。だが、空気感というのだろうか。静かで、何の音もしない。
初めて門をくぐった時と同じ感覚。それが今も続いている。
冗談だろ……。
——ただ領域結界のコアを破壊していないからまだ同じなだけだ
——それさえ壊せば〝王居〟の攻略は終わるはず
——あれだけの攻撃を受けて〝異形〟が生きてるはずはない
俺は祈るようにそう自分に言い聞かせる。
俺はクレーターから目を離せない。離した瞬間に何かが起こりそうで。
だが……俺の希望はすぐに打ち砕かれた。
優希くんも気がついたのかクレーターの縁を震える指で指していた。
「久我さん……あれ……」
クレーターの中からゆっくりと黒い異形が姿を現す。身体はボロボロにみえるが、斬り飛ばされたはずの右腕がついている。
〝黒い異形〟は俺達を見つけたのが嬉しいのか、初めて表情の無い口元を歪める。
まるで狩の続きを楽しむように。
呆然とする俺の横で、チャキっと剣を構える音がした。刀身が光に反射して薄らと緑色に見える万能タイプの武器〝マテリアルブレード〟。
優希くんを見ると厳しい顔で異形を見つめている。
「久我さん……まだ、行けますか?」
「気分的には無理だけど、残念ながら身体はいけそうだ。……優希くんさっきの必殺技は?」
じっとりと汗をかきながら異形を見ながら優希くんが答える。
「連発はできませんが、最低でも10秒の準備と、一瞬の溜めがあれば。戮力協心」
すぐにユニークスキルを発動させ、一瞬俺達は光に包まれる。
10秒また稼がないといけないのか……正直、無理なんだがやるしかない。今ならこれカウントされてるはずだよな。