第32話
「ごふっ!……げはぁ……はぁ……」
口に無理やり入れられた液体を気管に詰まらせながら飲み干すと体の力が一気に戻ってくる。左腕がムズムズするのは折れてたかヒビが入っていたのだろうか。
状況は……
優里亜さんの心配そうな顔が正面に見える。優里亜さんに膝枕されているみたいだ。すぐ横には不機嫌そうな愛理さんと、物珍しそうに覗き込む優希くん。
誰だ。誰が俺の口に瓶突っ込んだ?
「本当に効果があるんですね。久我さんの顔の傷が治った」
俺が犯人探しをしていると優希くんが感心したように呟く。はっと気がつくとすぐに飛び起きる。こんなことしてる場合じゃない。
「異形は?」
「大和さん、大丈夫です。三体とも倒しました。二体倒したのは大和さんですけど」
愛理さんが俺に短剣を渡しながら教えてくれる。愛理さんは不機嫌ながら無事。優里亜さんも大丈夫。なんとか異形の突進を逸らすことができたようでほっとする。
最後の一体は、胸に穴が空いている。これは愛理さんのライフルで撃ち抜かれたか。
「お兄さん、あの……」
ばつが悪そうに優里亜さんが話しかけてくる。何かあったのだろうか。
「ありがとうございました。助かったわ……」
ああ、異形の突進を逸らせたことか。でもその前に俺も助けてもらったからそれでチャラだな。
「いや、優里亜さんのおかげで一体倒すことができた。あれがなかったらちょっとまずい事になってたかもしれなかったよ。こっちこそご馳走様」
「えっ?ご馳走様?何を言ってるの?」
おっと、本音がダダ漏れてしまった。でもこれは男として仕方のない本音だ。
よくわかってない優里亜さんと、さっきまで不機嫌そうだった愛理さんが心配そうな表情になる。頭を打ったと思われたか。
「ああ、いや、ちょっと口が上手く回らなかっただけだよ。お互い様、って言いたかったんだ。貸し借りなしで」
何言ってんだと呆れた表情で見ていた優希くんがみんなを引き締める。
「そろそろ行こう。あの門を潜れば宮殿の敷地内だ。優里亜は【流星魔法】の準備。俺達は敵の排除。まだ〝異形〟がいるかもしれない」
そうだ。まだ終わりじゃない。俺達がいるところは東御苑。まだ本丸の宮殿にも到達していない。後は【領域結界コア】を破壊するだけだと思いたいが、ここで異形が三体も待ち構えていた事を考えると、確実にボス級の何かがいるだろうと予想ができる。
警戒しながら門に到着する。
門は開け放たれていて、そこから覗くと200m程先に宮殿が見える。ゾンビは、見えない。
優里亜さんの準備もOK。全員で頷くと優希くんを先頭に俺達は門をくぐった。
門をくぐった先は、見た目は普通だった。どう表現して良いかわからないが、宮殿があり、ゾンビはいない。
だが、全身にチリチリするような感覚を覚える。俺の頭に浮かんできたのは〝ボス部屋〟。まるでゲームのボス部屋直前のように敵も、物音も、何一つ無い、ただただ人の手で管理されているような広い箱庭。
不気味なほど静まりかえり、先程まで微かに聞こえていた東御苑の戦闘音も聞こえてこない。
——見られている
誰に、とは言えないが門をくぐった瞬間から視線を感じる。本来は門をくぐった瞬間に優里亜さんが【流星魔法】をぶち込む予定だったが、誰も何も言わず動けないでいる。
チリチリと全身に感じる嫌な感覚、気がつくと短剣を握った手のひらにじっとりと汗が滲んでくる。
このままじゃいけない。
「優里亜さんっ……!【流星魔法】をっ!」
自分でも驚くほどの切羽詰まった絞り出すような声にはっとしたように三人が動き始める。
優里亜さんを守るように優希くんは剣を構え、愛理さんはスナイパーライフルを、俺は早めに対処できるように短剣とハンドガンを構える。
「いくわっ!〝メテオッ〟」
優里亜さんの声と共に宮殿上空に黒い渦が出現する。そこからゆっくりと岩塊に似た魔力弾が顔を出すように落下してくる。
【流星魔法】メテオ
その名の通り遠くから見ると流れ星が落ちてくるように、綺麗な真っ直ぐな軌跡を描きながら宮殿に直撃する。
見えたのは宮殿の屋根を突き破ったところまでだった。
一瞬の静寂と共に轟音と爆風が俺達に襲いかかる。爆弾が落ちたかのように宮殿をめちゃくちゃに破壊し瓦礫を吹き飛ばしていく。
強い風に目を開けていられず、咄嗟に目を瞑ったが瓦礫が怖い。腕で顔を覆いながら薄らと目を開ける。
——そこには何もなかった
建物を木っ端微塵に破壊し、周囲の木々を吹き飛ばし、ここからは底が見えないがクレーターになっている。
あまりの威力に俺は呆気に取られるが……まだ、だ。そう俺の当てにならない直感が告げる。
まだチリチリする感覚がなくなっていない。不自然なほどの静寂や違和感がなくならない。
……どこだ?どこにいる?
俺たちのいる場所は門を出てすぐの所。破壊した宮殿以外の建物もあるにはあるが、宮殿跡地とでも言おうかクレーターがある場所に意識を持っていかれる。
「はぁ……はぁ……」
【流星魔法】を使った優里亜さんが疲労しているのか息が荒い。
まだ敵がいるのなら、コアが破壊できなかったとしたら、流星魔法をぶち込んだ今がチャンスなのではないか。
「優里亜さん。回復薬を。俺は……クレーターを見てくる」
「久我さん危険です。行くなら俺も」
優希くんがそう言ってくれるが、優里亜さんと愛理さんを二人だけで残すわけにはいかない。
少し迷った時には、遅かった。いや早いも遅いもなかった。
ぞくりと、俺の身体に寒気が走る。目線の先、クレーターの中から黒い何かが這い出てきたのだ。ここからだとはっきりとは見えないが、ゆっくりと起き上がるように人の形になる。
——黒い〝異形〟
俺がそう認識した瞬間に薄い緑色の軌跡が異形に直進する。心臓部に当たるかと思った時に、蠅でも追い払うように手を振るう。
魔力の弾丸が異形の手の平に弾かれてあっさりと消滅する。
「うそっ……」
後ろを振り向くとスナイパーライフルを構えた愛理さんが呆然と呟いていた。
本当に〝うそ〟だろ、と思いたい。
スナイパーライフルの威力はハンドガンよりも高い。直撃するとゾンビが軽く吹っ飛ぶほどだ。それを、簡単に弾くだけじゃなく、一歩どころか身体を仰け反らす事もなく平然としている。
「久我さん。接敵したら10秒ほど時間を稼ぐことはできますか?戮力協心なしで」
優希くんが焦ったように言ってくる。何か策があるのだろう。10秒か……できるかどうかわからないがやってみるしかないだろう。
「できる!とは言えないけど、やるしかなさそうだ」
黒い異形はゆっくりと俺達に近づいてくる。時折、愛理さんの弾丸が異形を襲うが簡単に弾かれてしまう。射程に入ったのか優里亜さんのアローも飛んでいくがこちらも弾かれる。ただ、若干足を止めるのに多少の効果はある?
それに、弾くときは必ず手を使う。白い異形みたいに肥大化している様子はないが……
愛理さんの弾丸は単純な魔力の弾丸。優里亜さんのアローは魔力を岩塊に変えて撃ちだすもの。この違いか?なら物理攻撃ができる俺や優希くんなら斬ることができるかもしれない。
あと50m程のところで〝黒い異形〟が歩くスピードを上げてくる。
チラリと優希くんを見ると真剣な顔をして頷く。
……やるしかないか。
俺も覚悟を決めて異形に向かっていく。走りだした異形に弾丸が、アローが向かっていくがそれを弾き、避け、多少勢いを落とした異形と俺が激突する。