第31話
ミスった!?
そう判断した瞬間に短剣を引き抜き、着地を考えず弾け飛ぶように後ろに下がる。
異形が俺を掴もうと伸ばした左手が俺を掠めるように伸びてくる。
それを何とか躱した俺は多少バランスを崩したが異形から目を離さずに着地する。
——ちょっと侮りすぎたか
俺の短剣を弾いたのは肥大化した右腕。振った直後に引き戻したらしい。今までならあのタイミングで完璧に入っていたんだが、余計なことを考えていた俺の油断?それとも偶々?
俺は異形の攻撃範囲まで後一歩のところで対峙するが……動かない。
チラリと優希くんの方を見ると、縮地を使っているが異形に攻撃を避けられている。スピードタイプの〝異形〟か。
愛理さんと優里亜さんの方は、前で愛理さんが短剣で攻撃を捌き、後ろから優里亜さんがアローで攻撃している。ちょっと愛理さんが苦しそうだ。
俺が早めにコイツを倒さないと。
だが、おかしい。異形は肥大化した右腕で心臓部を守りながら、動こうとしない。いつもならそのまま向かってくるはずだけど、ガードを固めて動かない。
もう一度……。
俺は一歩踏み込んで異形の間合いに入る。右腕の攻撃を警戒するが、攻撃が、来ない?すぐに短剣の間合いに入るが異形は動かない。
「っ!?」
俺は短剣を振ることをせず、すぐに異形から離れた。
——攻撃する隙がない
今までの異形は攻撃してきた。そこを掻い潜り隙を突いて短剣やハンドガンで倒すのが俺の戦い方だった。
だが、コイツは攻撃せずガードを固めているから隙をつくことができない。……そんな事あるのか?
知能がある?まるで逆に俺を足止めしているような……。
まさかアイツか?優希くんと戦っている〝異形〟。三体並んで俺達を待ち構える様にしていたのに違和感はあった。真ん中の〝異形〟を守るように動いたのも違和感があった。
まさかアイツが指示を出している?俺達が愛理さんと優里亜さんに抑えてもらってその間に俺か優希くんが一体を倒す事を考えているように。
異形達は、俺と優希くんを抑えているうちに一体が愛理さんと優里亜さんを倒す。そこまで考えられるのか?
異形達に体力はほぼ無い。こっちは愛理さんが崩れた瞬間に優里亜さん一人じゃ厳しくなる。増援が来る可能性だってある。
時間を掛ければ掛けるほど、俺達が不利になる。
そう考えたときに焦りで手に汗がにじんでくる。優希くんの方は手間取っている。異形が積極的に攻撃せず逃げに徹しているからだ。俺の方も簡単には倒すことができない。
「くそっ!」
俺は異形に突っ込んでいく。心臓部を一刺しできないなら、できるように刻んでいくしかない。
右手の短剣をハンドガンに交換し、間合いの一歩前から頭部に照準を合わせて射撃する。
右腕で防がれる。すぐにまた短剣に持ち替えると左腕を狙っていく。
だが右腕が伸ばされて俺の短剣を易々と弾いてくる。多少、右腕に傷はできているが、心臓部以外を撃ちぬいても動きが鈍ることはないのでノーダメージと考えていいだろう。
俺はそのまま素早く脇を通りすぎ後ろに回るが、すぐに異形が振り向き隙をさらしてくれない。
それでも俺は攻撃をし続ける。端から見ると俺が押しているように見えるかもしれない。が、早く倒さなくては不味い、という気持ちがあるために俺の方が精神的に追い詰められている。
短剣を振るう度に異形は一歩二歩と後ろに下がりながら長く肥大化した右腕で攻撃を弾いていく。
何度か手足を短剣が掠めることができたが、異形の動きは変わらない。
優希くんと変わるか?と考えが浮かんでくる。
ただそうすると一瞬の動きではついていけるかもしれないが縮地のように俺の動きは離れたところから間合いを一気に詰められるようなものじゃない。たぶん逃げられて優里亜さんが狙われるだろう。
愛理さん優里亜さんペアは一人が崩れた瞬間に終わる。何とか凌いでいるもののそう長くは持たない。
それに対峙している異形は俺を逃そうとはしない。俺が少し離れるとその分だけ前に出てくる。近づくとガードを固めて亀になる。
やり難い。そう思って俺が少し異形から離れ異形が一歩踏み出した時。
後ろから何かが飛んでくる!
背後から飛んできた岩塊は異形に直撃して異形の動きを止める。ここだ。
異形の動きが止まった瞬間に俺は動き始める。真っ直ぐ異形に飛び込むと砕け散る岩塊を浴びながら真横を通り過ぎ、ガラ空きになった異形の背中から短剣を差し込む。
スピードが出過ぎて若干刺しこむ位置が上の方に狂ってしまったがこのチャンスは逃せない。
無理矢理刺さった短剣を下に押し込んで心臓部の硬い感触を破壊する。
【レベルが上がりました】
異形が身を捻ったために俺は転がされたが、手に伝わる硬い感触とアナウンスで異形を倒したことを確信する。
「ナイスッ!優里亜さんっ!」
俺は転がされたまま近くまで来ていてアローを撃ってくれた優里亜さんに声を掛ける。彼女はチラリと目線だけでこっちを見たが、いっぱいいっぱいみたいで反応が薄い。
砕けたアローの破片に突っ込んだ割には俺の体に痛むところはない。流石強化スーツだ。
俺と対峙していた異形が倒されたのがわかったのか、他二体の動きが変わる。
優希くんと対峙していた異形が優希くんから離れると、狙いを優里亜さんに変える。愛理さんと対峙していた異形がガードを固めながら愛理さんを押し潰そうと突っ込んでくる。
優希くんは間に合わない。優里亜さんは気がついたみたいだが、俺の方に一発アローを撃ったせいで対処できない!
「愛理さん避けろっ!」
「っ!?」
俺の言葉に反応した愛理さんが異形の突進を避ける。だがこれで二体の異形が優里亜さんに向かって行くことになる。
俺はすでに全力で走り出していた。スピードタイプの異形と優里亜さんとの中間地点でこのままならぶつかる。
俺の集中力が高まり、いつもの周りが遅くなるような感覚に入る。それでもスピードタイプの異形は、早い。
異形が俺と交差する少し手前で左手の短剣を異形に向かって投げつける。反応した異形が腕を使って短剣を弾こうとするがちょっと反応が遅い。
俺が短剣を投げるとは思っていなかったのだろう。
異形の腕をギリギリでくぐり抜けると短剣は心臓部に突き刺さる。
【レベルが上がりました】
バランスを崩し俺の後ろを異形の勢いが止まらずに地面を滑っていく音が聞こえる。
そのまま足を止めずに優里亜さんに突っ込んでいる異形に向かうが、俺が異形の右側にいるせいで短剣が刺せない。
あわよく刺せたとしても勢いが止まらずにそのまま優里亜さんに突っ込むだろう。
迷う時間はない。俺はそのまま優里亜さんに後一歩の所まで迫っている異形にタックルを仕掛ける。一瞬驚いた顔の優里亜さんが見えるが、強い衝撃が俺の体を襲う。
少しでも異形を逸らすことができれば優里亜さんが致命傷を負わなくて済む。俺が右側にいるんだから肥大化した右腕の攻撃を妨げる事はできるだろう。後は優希くんや愛理さんに任せればどうとでもしてくれる。
全力疾走でタックルをかました俺の視界がぐるっと回り何が何だかわからないうちに地面に叩きつけられる。
「がっ……!?」
あまりの衝撃に呼吸ができず、周りが見えないし起き上がれない。誰かが何か言っている声が聞こえてくるがよくわからない。
優里亜さんはどうなった?異形は!?
動かない体を無理矢理起こそうとしてもがいている俺の身体が少し持ち上がる。誰かに頭を支えられているようだ。
「何をやっているのよ、お兄さんは……」
お兄さん?一瞬訳がわからなくなるが……ああ、優里亜さんか。
これなら無事そうだ。
だんだん体の感覚が戻ってくると頭の後ろに柔らかい感覚がある。これは……
——伝説の膝枕というやつでは?
その昔、聞いたことがある。
女子高生が膝枕して耳掻きをしてくれるサービスがあると。
これは、お店に行ったら幾らなんだろうと考えていると、口に怪しい茶色の瓶を突っ込まれた。