第5話
鉄の棒を持って俺は考える。何に変化させれば良いんだろうか?
「ステータス」
俺の前にステータスが表示される。見たのは二回目だけどじっくり見るとやはり意味不明な物だと感じるが今はこれが生きる術だ。
固有スキルの【幻想拡張】に指先で触れ詳細を表示させる。
【幻想拡張】思うままにものを拡張、強化できる。使い手自身のイメージが重要になる
この〝思うまま〟と〝イメージ〟ってのがポイントになると思う。
前に使った時は、内線電話をスマホに変えた。俺のイメージとしては〝電話〟のイメージが強く、だから現在使われている最も手軽な電話、スマホに変化できた。
たぶん俺の知らないものには変化できないとは思うが、どの程度の知識が必要なのかは不明だ。
だがスマホの構造を知らなくても変化できるということは、スマホの構造の知識が必要なのではなく、使い方がイメージできれば良いんじゃないかと思う。
そして今回は鉄の棒だ。俺のイメージでは鉄の棒は鉄の棒。これを武器にする。
本当なら全く別の物にも変化できるかを実験してみたいところだけど、今はそんなことしている場合じゃない。
現状でわかっているのは
・水も食べ物もないこと
・助けがくることは期待できない
・人間がまともに動ける時間が不明なこと
聞きかじった知識でしかないが、人が飲まず食わずで生きていられるのは三日程度だと思う。それも生きていられるだけでまともに動けるかは正直不明。
さらに今の俺は身体の疲労と、すでにのどが渇いていることから、すぐに動けなくなることはわかっている。のどが渇くってことはすでに水が足りないサインだって言うしね。
話を元に戻すと、一度変化させたものを元に戻したり、さらに別のものにできるかも現在は不明だ。一度別のもので試してみようかと思ったが、ここまで強力なスキルだと、回数制限がある可能性も捨てきれない。
回数制限が数時間や一日で回復するならいいが、回復までに数日、もしくはレベルが上がるなどしないと回復しないとなったら、もう悔やんでも悔やみきれない。その時点で詰みに近いからだ。
現在でも一度使っているわけで、正直なところもう何かに祈るような気持ちである。
「ふぅ……イメージは刃物、何でも斬れて耐久力がある大きめの刃物」
少し刃が厚めの、RPGでいう鋼の剣的なものをイメージする。鋼の剣ならゲームでも中盤ぐらいでお世話になるちょっと良い武器の一つだからだ。
気持ちの準備はOK、集中して、ちょっと緊張気味に祈るようにスキルを口にする。
「幻想拡張」
両手に掲げるように持った鉄の棒に魔力的なものが集まっていく、これはいける!
魔力が集まりグニャグニャと形を変えていく中で必死に鋼の剣をイメージする。
期待と不安で目を離さずに魔力の塊を見ていると、数秒でイメージしていた鋼の剣(仮)が完成する。
「よし!よしよしよし!これで生き残れる可能性が出てきた」
あまり大きな声を出せないけど、ガッツポーズをして感動に浸っていると、ふとそこで天才的な閃きが起こる。
武器だけではなく防具も作ればいいんじゃないと。
そこからは早かった。
防具に使えそうなものを集める、と言っても防具っぽいものは何もなくーー俺の思いつくものが無かったのも原因だがーー
とりあえずは倒れている棚や、自分の服などに【幻想拡張】を使ってみた。
結果、ほとんどのものが防具にならず、途中で【幻想拡張】が使えなくなり焦ることになった。
だけどわかったことも幾つかあり、【幻想拡張】には二つの効果があることが判明した。
一つ、物を変化させて別のものに変える。ただし使用者のイメージする関連性があるもののみ。
例えば、本棚を鋼の鎧や伝説の剣にはできない。
二つ、物を変化させず特殊能力を持たせる。
例えば服の防御力を上げるなど。
そして一度変化させた物はもう一度変化させることはできず、上記の効果の一つを任意で選んで使う。
【幻想拡張】は一度に2のMPを消費する。
MPはいつの間にか少し回復しているので時間経過で回復すると思われる。
そして出来上がったのがこの三つ。
鉄の棒→鋼の剣(仮)改め鉄の剣
俺が着ているスーツ→防御力がアップ
俺が履いている革靴→疲労軽減効果
結局のところ自分が着ている服を強化しただけで終わってしまった。
ただスーツの防御力アップはかなり強力で、鉄の剣では斬ることが出来ないぐらいに強化された。
逆に鉄の剣が斬れなさ過ぎるのではと不安になったが、そこら辺に落ちている雑誌を楽々と斬ることができたので不安は解消されることになった。
スーツの着心地は今までと変わらず、ゲームの防御力の高い服などはこんな感じなのかと無理矢理納得させた。
「MPはもうない、時間はもうすぐ二時。できるだけ早くここを移動したいけど、どこに行けばいいのか……」
ゾンビに対抗できそうな装備は整ったが、だからといって俺自身が戦えるかというと話は別だ。日本で剣振り回して戦うようなことなんてありえないからだ。
戦うとしても自衛隊や、立てこもり事件で機動隊とかその辺がやることで、全く現実味がない話である。
「当初の目的通り、学校や公民館に向かうべきだとは思うけど、ゾンビを倒しながらは体力が続かないし……コンビニかスーパーに行くか?」
一ヶ月の時間が経っているとして、ここら辺一帯が既に放置されているなら、何か食べ物や飲み物が残っているかもしれない。
「問題は、ここが何処だかわからないんだよなぁ」
ゾンビから逃げるために必死で走って路地に入ったとはいえ、元の職場からそんなに離れていないとは思う。
ただ普段は通勤で大通りを歩くだけで、路地になんか入ったことはない。
二階に上がって窓から見渡してみるが、見覚えのある建物がない、というよりもほぼ他の建物があって見渡せない。
「ゾンビに追い立てられた通りまで行くしかないか」
まずは二階の窓から周辺にゾンビがいないのを確認、すぐに一階に戻り店のシャッターを大きな音がしない程度、しゃがんで人が通れるぐらいまであけて左右の確認。
「左右にゾンビはいないのを確認」
かなりビビりながら店内に戻りたくなる気持ちを抑えて店の外に一歩踏み出す。外に出ただけで不安とどこからゾンビが出てこないかと焦りが生まれてくる。
引きこもって外に出れなくなる人の気持ちってこんなんなんだろうな……などと、引きこもりの気持ちになりつつ、音を立てずに周囲を警戒しながら路地の出口まで到着する。
そっと大通りを覗くと――ゾンビがいた。
距離としては数十メートルは離れているが、俺が行こうとしている方向だ。確かゾンビのいる方向からこの路地に入った記憶がある。
目的地はコンビニかスーパーだ。とりあえずスーパーは広いからゾンビが入り込んでいる可能性が高く発見が遅れるのが怖いので、コンビニを目的地とする。
ここは都心ではないが田舎でもない、少し歩けばコンビニぐらいあるだろう。職場から駅まで徒歩十分ぐらいだったが、コンビニが一軒あった。
ゾンビが逆方向によろよろ歩き出すのを見届けて俺は路地から出て反対方向に進んでいく。
アスファルトが歪んでいて歩きにくいが、強化した革靴のおかげか無理に走らなければ足の疲労はほとんどないように感じる。
なるべく目立たないように端を歩き、瓦礫や物陰に身を隠し、周囲を確認しながら進んでいく。
ここら辺にはゾンビが少ない?
ここまで進んできて見つけたゾンビは二体いたが、そのどちらのゾンビも一体でふらふらと歩いているだけだった。
そろそろ隠れながら歩くという作業に疲れて物陰で休もうとしたところにそいつはいた。
フェンスに向かってじっとして動かないゾンビだ。後ろから見るとフェンスに向かって立ちションしているような感じで動かない。
その向こう側にコンビニの看板があることを発見するもそのゾンビがいて行くことができない。
「何でそんな余計なところにゾンビがいるんだよ……」
まだ日は明るいが、ずっとここで伺っているわけにはいかない。ゾンビはゆっくりとだが歩きまわっているのだから。いつここの周辺にくるかもしれない状態でこのままは不味い。