第30話
「始まったか」
ぽそりと俺は呟く。優里亜さんの合図と共に囮組が東御苑に雪崩れ込んでいくのが見える。
俺たち四人がいるのは東御苑の北東にある入り口のすぐ手前にある崩れていないマンションの屋上だ。
優希くんは囮組を少し心配そうに、優里亜さんはすぐに目を瞑って集中を、愛理さんはスコープで戦況を見ている。
結構な数だ。何とか囮組がゾンビを引きつけてはいるが、まだ足りない。俺達が侵入予定の通路にはゾンビが移動せず立ち止まって動かない。
すぐにゾンビが食いついてくるかと思ったが、これはダメなやつか?
チラリと優希くんをみるが動こうとしない。囮組を信頼しているのか。それとも何か考えがあるのか。
「あっ!動きました」
数十分後、ずっと見ていた愛理さんがゾンビの移動を確認する。それと同時に優希くんが立ち上がる。
「行こう。俺たちの動きにみんなの命がかかっている。バフをかけます。戮力協心」
優希くんの言葉で優希くんを含めた俺達四人の身体が一瞬仄かに光る。多少体が軽くなった。
ユニークスキル【戮力協心】。実際に見るのは初めてだが全体バフらしい。これは軍団指揮に向いたスキルだ。仲間に対してのみ有効なステータスの全体微上昇。優希くんを中心とした半径100mに適用される。
このスキルがある優希くんが囮組になる案もあったが、全員から反対された。バフの効果がそれほど高くないこともあるが、異形などの特殊個体が複数出てきた場合に優希くんじゃないと対応できないと判断された。それだけ信頼されているのだろう。
ただ効果は他にもありそうだ。俺や優里亜さんのユニークスキルと比較するとそれだけじゃ少々物足りない感じがする。
「すごい!体が軽くなった」
愛理さんが褒めると優希くんはちょっと誇らしそうな顔をする。すっと優里亜さんが近づいて最後の確認をする。
「私達の目標は【領域結界コア】の破壊。作戦は領域結界侵入直後に私の【流星魔法】メテオで跡形もなく吹き飛ばす。ただ、エリアがあると考えると東御苑からじゃそれができない可能性が高い」
そこに俺が続ける。
「東御苑からが無理なら宮殿の敷地内に入ってから。そこまでは優里亜さんのMPはなるべく温存。前衛は俺と優希くん、愛理さんは優里亜さんの護衛。念のためMP回復薬は多めに用意しているが」
俺は優里亜さんを見る。彼女は俺を信用していないからな。
「今だけは少しだけ信用するわ。優希が決めたことだもの。ただ、お兄さんが裏切りそうになった瞬間に撃ち抜くわ。背後に気をつけることね」
そう言うと顔を逸らしてしまう。
背後に気をつけろとか本気で怖いんだが。
「大丈夫ですよ。大和さんは私が守ります」
【短剣術】のスキルを覚えたからかレベルが上がったからか自信満々に愛理さんが守ってくれる発言をする。優希くんも苦笑いをしている。
「その時は任せるよ。……じゃあ、行こうか」
教えてもらったことだが、魔法はいつでも多種多様なものを使えるわけではないらしい。
魔法を使うには、例えば優里亜さんなら【流星魔法】か【土属性魔法】を〝セット〟しておく必要がある。セットしている魔法は使えるが、セットしていない魔法は一度セットし直す必要があり、魔法の種類を切り替える場合に少しのタイムラグがあるとのことだ。
なんだろう。みんなそれぞれ役に立つスキルを持っている。幻想拡張が役立たずだとは言わないが、魔法やら全体バフ、これはある程度しょうがないとは思う。二人は〝タイプ持ち〟であるからだ。
だが、何故か愛理さんまで最近【短剣術】を獲得して遠近どちらでも戦えるようになった。ところが俺は、いまだに何一つ自力でスキルを覚えていない。
これは本当に才能の差とか年齢のせいなのか?そう言えば畑くんたちには聞いたことなかったが、何かスキルを持っているのだろうか?いやでも俺のスキルを公表していない以上教えてもらうわけにもいくまい……。
赤城コミュニティに残ってた探索班の人達に一度それとなく聞いてみようかな。
そんなことを考えているうちに、橋を渡り東御苑に入るための門に到着した。結構古い木の門だけど、大地震で崩れ落ちずに残っているのは領域結界の影響だろうか。
門に到着した俺達は、慎重に門を潜る。潜った瞬間……
【領域結界に侵入しました】
脳内に流れるアナウンス。周囲を確認するがゾンビはいない。遠くの方から囮組の戦っている声が聞こえてくる。
みんなで優里亜さんを見るが……首を振られてしまった。
「ダメ。東御苑内なら座標指定ができるけど、宮殿をターゲットにしようとしても、上手くいかない」
「やはりエリア毎にわかれているって事か……。よし、このまま最短距離で宮殿まで突っ切っていこう」
優希くんの言葉に全員で頷く。幸いゾンビは作戦通り囮組が引きつけているおかげでどこにもいない。御苑内は普通の公園、という感じだった。領域結界の中だといっても何が変わるわけでもなくとても綺麗だった。
そこがすでにおかしいのだが。大地震があって一ヶ月以上が経過してここまで綺麗に人の手で整地されているような芝生や生け垣があるわけない。地面が捲れたり木が倒れることもなく建築物も無事、まるでここだけ外界から切り離された安全地帯にいる錯覚に陥る。
俺達は歩道を横切り立ち入り禁止と書いてある看板を無視して芝生を踏み荒らしつつ進んでいった。ちょっとした罪悪感に駆られるが今は気にしてられない。
もうすぐ東御苑を横断し終わるってところで宮殿に繋がる橋に人影が見えてくる。走るスピードを落とさず進むとだんだんはっきりとその人影が見えてきた。
そこにいたのは三体の〝異形〟。俺達が宮殿敷地内に入るのを邪魔をするように立ち塞がっていた。向こうからも俺達は見えているだろう。いや、目は無いから感じている、が正しいか。
「あれが〝異形〟?久我さん、何か注意することはありますか?」
優希くんが走りながら聞いてくる。
「普通のゾンビより動きが人間に近い。優希くんなら大丈夫だと思うけど、力が強いから肥大化した腕で殴られると致命傷を負いかねない。気をつけて」
俺はそれだけ言うと〝異形〟を注視する。今までと変わらない。白い肌、目鼻は若干の窪みがあるだけで存在せず、血を塗った様に赤が強調される口。
左右の二体は防具を着けている。これは赤城コミュニティの行方不明の二人の可能性が……。
そして〝異形〟の特徴とも言える肥大化した腕。今回の三体も右腕が……。
いや、ちょっと待て。左右の二体は右腕が肥大化している、これはいつも通り。だが真ん中にいる〝異形〟は……肥大化した部分が、ない?
「全員気をつけて!真ん中の個体は見たことがない。何をしてくるかわからないから慎重に!」
俺が警告を出した時にちょうど橋の上で〝異形〟と対峙する。いつも通りの威圧感、三回目の戦闘になるが慣れないな。
「わかりました。俺が真ん中をやります。俺の縮地なら何かあった時に対処しやすい。久我さんは左のヤツを。七瀬さんと優里亜で右を少しの間抑えて」
「了解」
「わかりました」
「わかったわ」
優希くんは指示を出すと真ん中の〝異形〟に接近する。それと同時に左右の異形が真ん中のヤツを守るように動こうとする。
……こんな連携するような動きができるのか?
すぐに愛理さんの弾丸が右の異形に叩きこまれ行動を妨害する。俺も短剣を取りだすと邪魔をさせまいと左の異形に斬りかかる。俺の接近を感じた異形が俺の方に向き直り右手を振るう。
それは見えている。いつもより振りが遅く感じるほどに俺の調子がいいのか、それともバフが効いているのか。
素早く右手を躱した俺はがら空きになった異形の胸部に短剣を刺しこもうと接近する。完全に俺の間合いだ。
まず一体目だ、次は愛理さん達の方に加勢に行こう。まだ愛理さんのレベルは低いし、接近戦に持ち込まれたらキツいかもしれない。
優里亜さんにもここでポイントを稼いでおかないといつ背後からアローを撃ち込まれるか気が気じゃない。
そんなことを考えつつ短剣の行く先を見ていると、俺の短剣は嫌な音を立てつつ弾かれ、心臓部を外して異形に突き刺さった。