第26話
優希くんとの勝負を終えた俺達は三階にある俺が使わせてもらっている教室に帰ってきた。
「優希くん……強かったですね。それに勝ってしまう大和さんも」
愛理さんが嬉しそうに褒めてくれるが、俺は手放しには喜べない。ただ、せっかく愛理さんが嬉しそうにしているのに水を差すわけにもいかず、俺はそのまま愛理さんの話を聞いていた。
少しすると赤城さんと七瀬さんが訪ねてきて明日の会議の話になる。
時間的に昼を回った頃だろう。四人で昼食を食べながら俺は王居の攻略を手伝うことを話し、それに愛理さんも頷いた。
そこからの話は俺が何か言うことも特になく、赤城コミュニティ代表として赤城さんと、最近俺たちの面倒を見てくれている七瀬さんが協力する為の条件を話し合っていく。
右から左に会話を流しながら聞いているとやはり物資の譲渡が条件になりそうだ。愛理さんがチラリと俺の方を見るが屋上での勝負と約束の話はしなかった。
もしも彼等が約束を破って赤城コミュニティに合流しないパターンもあるかも知れないと思ったのが理由の一つ。もう一つはユリアさんが言っていた優希くんは負けてはいけなかったと言った言葉が引っかかっている。
何となく簡単に話してはいけないような気がしたのだ。俺としてもあれだけボコボコにされて心情的に快勝だったとは思うことができない。
そんなわけで最低限の条件を決めないままぬか喜びさせるわけにもいかず、でも優希くんは約束を守ると俺は思っている。彼は俺とは違うから。
そんな事を考えているうちに条件が決まった。
・協力期間が何日になるかわからないがその期間中の俺と愛理さん二人が稼げるだろう物資の譲渡
・攻略後、一定期間の物資の援助
と言うことだ。期間や物資の量は明日の話し合いで詰めていく。トータルで二週間分ぐらいの物資が手に入れば御の字だと赤城さんが言っていた。
赤城コミュニティとしては物資は欲しいが、吹っかけ過ぎても破談になる可能性も考慮しているのだろう。
そこで解散になり赤城さんと七瀬さんは席を立ち、愛理さんは俺を気にしているようだったが一緒に戻って行った。
「疲れたな……」
俺は椅子から立ち上がると、アイテムボックスからソファーを取り出す。上着を脱ぎ横になると適当に畳んでおいた毛布を掛けて目を瞑る。
身体がソファーに沈んでいく感覚を味わいながら眠りに落ちる……はずだったんだが、寝れない。
身体は疲れ切っている。だが先程の戦いで神経を張り詰め過ぎたのか全然落ち着く様子がなく、全ての感覚が冴えわたっている。
心と身体、精神と感覚がバラバラに動いているような錯覚に陥る。すぐに落ち着くだろうと目を瞑っても脳裏に優希くんとの戦いが浮かんできてゆっくりできない。
そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか夜の帳が降りてくる。意外と時間がたっていたようだ。身体は十分に休めたがピリピリした感覚が抜けない。昨日は夕飯あたりになると七瀬さんがここに来たんだけど今日は来ない。俺が疲れているから気を使ってくれているのかな。
俺は起き上がり夜風にあたろうと屋上への階段を上がる。階段を一歩一歩登るたびにピリピリした感覚が走る。屋上にたどり着くと俺は扉を開く。
そこには先客がいた。
月明かりに照らされ輝く金色の髪の毛。扉を開ける音に気がつきこちらを振り向くブルーの瞳。高校生とは思えないプロポーション。
――伊藤優里亜
なかなかこれだけ神秘的とも言える女性は見たことないな。御伽噺の中から出てきたようだ。もっとお洒落な言葉があるんじゃないかと思いつつ、自分の言葉の稚拙さに苦笑する。
今の彼女を見たら「月が綺麗ですね」と大半の男性は口走ってしまうだろう。俺も意味もなく口走ってしまいそうになる。
昼間聞いた話では彼女は紅葉高校の制服を着ているが紅葉高校ではない。避難民で学校に予備として置いてあった紅葉高校の制服を着ているということだ。今も制服のままだ。
よくサイズがあったなと思うが、最近の女子高生は発育がいいのだろうか?
「お兄さん……奇遇ですね」
涼やかな落ち着いた声が暗い屋上に響く。彼女の周りだけスポットライトが当たったかのように輝いて見える。俺は立ち止まっていた足を進めると屋上に出た。
「奇遇ですね。優里亜さんはどうしたんですか?学校の中といっても夜に出歩くのは危ないかもしれませんよ」
「心配してくれてありがとう。でも、私も優希ほどではないけど、強いんですよ。……お兄さんが優希に勝っちゃったから、みんなにどうやって説明しようか考えているんです。お兄さんは?」
……優希くんに勝った。その言葉に胸がざわつく。俺はすぐに答える事ができず自分の中でモヤモヤした気持ちをゆっくりと吐き出す。
「気持ちの整理をつけに。優希くんに勝った。でも俺の中では完敗にしか思えない。自分でも結構強くなったと思っていたけど天狗の鼻をへし折られた気分だよ。これじゃ……」
——守れない
言葉にして見るとよくわかる。悔しい気持ちが込み上げてくる。こんな気持ちになったのは何年ぶりだろうか。これが寝られなかった理由か……。
「完敗って……。あの縮地は私たちの中ではチートスキルよ。それと剣術の組み合わせ。アレがあるから誰も優希とは並び立てなかった。それを破っておいて」
呆れたように優里亜さんが眉を顰める。それでも俺を納得させる理由にはならなかった。
「それで、お兄さんは何者なの?ただの〝一般人タイプ〟ができる動きじゃない。冗談で言っているわけじゃないなら言わせてもらうけど、お兄さんの瞬間的な動き、優希の縮地と剣術のコンボに匹敵してた。どんなスキルを持ってるの?」
俺の動きが縮地と剣術のコンボに匹敵する?まさか、んなことあるわけない。
「ステータス」
ステータスを確認するが何のスキルも増えていない。【幻想拡張】【ステータス+】【ソロアタッカー】それだけだ。
「俺には縮地も剣術もない。増えてるかと思って見たけど増えてない。戦闘スキルみたいなのは持ってないな。ちょっとステータスが上がってるだけで、それだとも思えない」
俺が首を振りながら答えるが優里亜さんは納得いかなそうだ。俺だって納得していない。そうすると優里亜さんは声を落として話し出す。
「初めてお兄さんを見た時、私がお兄さんをずっと見ていたのに気がついていたでしょ?なぜか、わかる?」
おっとここで愛の告白か!?一目惚れしました的な。ついに来たモテ期。人生で三回あると言われる一回目がやっと来たかっ!
……いや、そうじゃない。残念だけどそんな雰囲気じゃない。俺がアホな妄想をしているのを知ってか知らずか優里亜さんは真面目な表情をする。
先程まで消えていたピリピリした感覚が戻ってくる。
「見てたのはわかったけど、理由はわからないな」
俺は誤魔化す様に首を振って答える。まあ知り合いだったとかではないのはわかってる。お兄さんとか言われたことないし。
優里亜さんはゆっくりと月を見上げながら俺の周りを歩きつつ話を続ける。
「たぶん魔法が使えるからだと思うけど、私は魔力みたいなのが人より見えるの。優希や七瀬さんや他のステータス持ちは普段は魔力が見えない。お兄さんだけ、常に薄らと魔力が身体から見えるのよ。よく見ないとわからないけど」
俺の身体から魔力が出てる?それを優里亜さんが見ていたのか。ステータス鑑定をこっそりした時に見たとき【魔力操作】があったからその影響か?
考えてみるが、思い当たる節はない。とは言え一ヶ月寝てたり、ステータスが出たり、スキルがあったり、ゾンビが出たり、とファンタジーな事ばかりで思い当たる節があり過ぎる感じだろうか。
「ファンタジー過ぎて思い当たる節がありすぎる。俺にはわからないよ」
俺が答えると優里亜さんは歩いていた足を止め、ゆっくりと振り向きながらワンドを回す。
「それも誤魔化すんだね。でも、この距離なら私が有利、だよ」
◇◇◇
クガ ヤマト
タイプ:一般人Aタイプ
レベル:15
HP:162
MP:162
筋力:B+
耐久:B+
俊敏:B+
魔力:B+
精神:B+
固有スキル:幻想拡張
スキル:ソロアタッカー ステータス+