第23話
屋上に出た俺達は、おのおの持ってきた椅子に座り話をしだす。
俺、愛理さん、優希くん、優里亜さん、古高さんだ。ただ最初は本当に近況報告みたいなもので、高校生たちの会話に俺が混ざるような理由もなく、椅子に座ってただただ話を聞いていた。
とは言っても話すのはほとんど優希くん。そして話しかける相手はもちろん愛理さん。いやいやどんだけメンタル強いんだよと思いながらも優希くんの話す内容を聞いている。作り笑いで相手をしている愛理さんが頑張っている。
内容を簡単にすると優希くんたちは大地震の時に休みではあるが学校にいたそうだ。部活や用事があっての登校だったらしい。校舎が崩れることなく、敷地内にゾンビが入ってこれなかったことが幸いして何とか生き延びることができたのだが、やはり物資が足りなくなり立てこもり続けることができなくなった。
そこで一部の生徒が有志を募って武器を持ち物資の補充のためにゾンビと戦ったがそこで被害者が出た。
ゾンビに腕をつかまれた際のかすり傷だったらしい。
怪我をさせられた一人が数十分後にゾンビになって学生たちに襲いかかる。さっきまで人間だった知り合いを、友人を積極的に誰も倒すことができず被害が拡大。
そこで学校を捨てて生き残った人だけでゾンビを倒しながらここまで何とか避難することができたということだ。ステータスに気がついたのはゾンビを何体か倒した後。レベルアップのアナウンスだろう。
そして赤城コミュニティで生活し約十日前に拠点を初めに立てこもった学校、紅葉高校に移し自分たちで紅葉コミュニティを作ったんだそうだ。正直、惨劇の場所となった学校によく行けたなと思ったがここよりも周りにコンビニやスーパーがあり生活はしやすいそうだ。
「そして昨日、物資の調達から帰ってきたC班、古高さんの班から七瀬さん達の話を聞いて協力できないかとここに来たんだ」
話し終えて満足そうに優希くんが七瀬さんを見る。そこで初めて古高さんが口を開く。
「そうそう。久我さんと七瀬さんが加われば、優希くんのパーティー強化になるしね。今は優希くんと優里亜さんしかいないのよ」
古高さんの話によると大体4〜5人で一つのパーティーを組んでいる、ただ優希くんと優里亜さんはタイプ持ちーー〝一般人タイプ〟以外をそう呼んでいるらしいーーで、他の人が戦闘についていけないらしい。
「ちょっと待って。私も大和さんも〝一般人タイプ〟だよ。タイプ持ちの人を見たことないけど、ついて行けるかはわからないよ」
愛理さんがパーティーに入るのをやんわりと拒否する。たぶん優希くんのパーティーというのが嫌なのだろう。彼の事になるとほぼ全否定全拒否だな。
苦笑いをしつつ俺も同意する。
「俺も愛理さんと同じ意見だよ。タイプ持ちがどれだけ凄いか見たことはないけれど、他の人がついていけないなら俺も無理だと思うけど」
「もちろん失礼だとは思いますが適性は見させていただきます。七瀬さんは銃での遠距離攻撃ができるとのことなのでほぼ問題はないと思いますが、久我さんは避けタンクの役割を担ってもらうつもりです」
ちょっと申し訳なさそうに優希くんが言う。
ちょっと待て。避けタンクだと。俺でも知っている。MMORPGなどのスキルやステータスに職業ごとの差が明確にあるゲームで使われる用語だ。タンクというのは敵のヘイトを一身に受け、堅い守りで後衛への攻撃を防ぐパーティーの壁となる役割だ。
避けタンクというのはその派生形。こっちは堅い守りで攻撃を防ぐのではなく、素早い動きで敵の攻撃を躱しながら注意を引いて後衛への攻撃を防ぐ役割だ。
それを俺にやれと?
かすり傷がついたら即死だと思われるこのゾンビが徘徊する現実で?それを実感してきたのは彼らだと言うのに。
優希くんは愛理さんに嫌われてはいるが、さっきまでは普通の十代だと思っていた。こいつ、すでに壊れてないか?
愛理さんはよくわかっていなさそうにしている。たぶん意味を知ったら怒りだしていただろう。他の二人は……俺と微妙に目を合わそうとしない。意味を知っていて黙っているのか、それともすでに話し合いでその提案をすることに同意しているのか。
「パーティーとしてのバランスはいいと思うんですよ。本当は普通のタンクが欲しいところですがゾンビの力は人間のリミッター振りきれていますから、タンク向きのタイプかスキルがないと無理そうなんですよね」
ニコニコと全く悪意の欠片を見せずにそう聞いてくる。いや、悪意なんかないのかもしれない。そんな危険な提案に誰がのると思うんだろう。
「避けタンクって何ですか?」
空気が変わったのを感じたのだろう。愛理さんが聞いてくる。俺は淡々とタンクという役割について説明していく。
説明している途中から愛理さんの表情が変わっていく。ちらりと見ると他二人も気まずそうな表情をしている。平然としているのは優希くんただ一人。
「優希くん、あなたは自分が何言っているのかわかっているんですか?」
愛理さんの声が冷たく屋上に響く。天気が良いはずなのに俺でも薄っすらと寒気が……。当の優希くんは何で愛理さんが怒っているのかわからないようでちょっと焦っている。
「な、何って、それが一番効率よくゾンビと戦う方法だと思うよ。七瀬さんにはわからないかもしれないけどパーティー戦てのはそういうものなんだよ。役割分担をすることで安定して戦えるんだ」
本気でわからないのか優希くんが説明しだすが、愛理さんはもう聞く気がなさそうだ。顔を背けて全く反応しない。
「二人も同じ意見なの?」
「……」
「……」
返事が返ってこないことにため息をついた愛理さんは椅子から立ち上がると俺の服を引っ張って立たせる。
「行きましょう、大和さん。もう話は終わりましたし」
愛理さんに引っ張られて俺も立ち上がると、二人で屋上の出入り口に向かう。愛理さん怖い……。
だが今ので何となく紅葉コミュニティの現状はわかった。たぶん優希くんの君主制みたいなものなんだろう。一人が支配している状況。現状を考えると、それを許すほど彼の強さが際立っているのかもしれない。
元々リーダーシップがあるということだったし、短期間で東京が結界に覆われていることの調査ができたことを考えるとかなり優秀なのかもしれない。
「ま、待ってっ!七瀬さんっ!」
優希くんの焦った声と共に一瞬で目の前に優希くんが現れる。
「……っ!?」
何だ?何をした!?その時に聞こえてくる椅子の倒れる音。俺の優希くんへの警戒心が爆上がりする。
「優希っ!スキルは普段は使わないって約束だったはずでしょ!」
優里亜さんの焦った声が大きく響く。スキル。これが万能タイプが持っているスキルか?優希くんの動きは速かった。一瞬で俺と愛理さんの目の前に現れたように見えたが、よく思いだしてみると優希くんが俺達の横を通って前に来たのは捉えている。
瞬間移動というよりは、早送りをしたような動きだった。
「ご、ごめん、優里亜。わざとじゃなくて無意識に使っちゃった。七瀬さんもごめん。驚いたよね。〝縮地〟ってスキルなんだ」
驚いている愛理さんに頭を下げて謝る優希くんを見ながら考える。〝縮地〟か……。ゲームとかだと一瞬で相手の前などに移動するスキル。ただ見えないわけじゃないってことは高速移動と考えてよさそうだ。
確かにこんなスキルを持っているなら他の一般タイプがついてこれないってのもよくわかる。だがこんなスキルを持っているなら彼が避けタンクをしたほうがいいんじゃないか?それともできない理由があるのか……。
「久我さん。ここで俺と勝負しませんか?」