第4話
本屋に飛び込んだ俺は限界がくる。足が攣り痛みを無視して外から見えない場所に屈み込む。
本屋の中も棚が崩れて散乱しているが、逆にこれがゾンビの足止めにもなるかもしれない。
「はぁ……はぁ……ぐっ……!?」
昼間だが電気のついていない薄暗い店内で必死に息を潜める。
途端に足の痛みがぶり返してくるが我慢して暗がりの中から外を伺ってみる。この店はガラス張りでほとんどのガラスが砕けているが、路地裏にあるので光は奥までは届いていない。
上手く隠れていればゾンビに見つかることはないと思いたい。
「っ!?」
じっと息を潜めて見ていると俺を追ってきた上半身裸のゾンビと、さらに合流したと思われる数体のゾンビが俺を見失ったのかゆっくりと歩いて通り過ぎていく。
◇◇◇
どれぐらい暗がりに蹲っていたのか、一分か、一時間か……時間の感覚が曖昧だ。足の痛み、呼吸が治っていたので長い時間そうしていたのだろう。
「逃げ切れた……のか?」
俺はゆっくりと立ち上がり、固まった手足を解そうとするが身体の疲労が動きたくないと邪魔をする。
無理矢理身体を動かして、狭い店内を音を立てないように、倒れている棚や本に躓かないように出入り口まで移動する。
恐怖で身体が何かをする事を拒否するが、必死に抑えながら周囲の音に聞き耳を立てる。
「何の音もしない。ゾンビは、いない……?」
緊張しながらゆっくりと店内から顔を出すと、見える範囲にゾンビがいない事を確認できてホッとする。安全だとわかって一気に体の疲れと精神的な疲労が押し寄せてきて倒れそうになるが、気力を振り絞ってそれに耐えた。
考えるよりもまずは行動しないと。いつまでもここが安全とは限らない。
店舗の上を見るとシャッターがあった。まずはこれを下して一時的だけどゾンビが入り込めないようにしたほうがいい。
周りに注意しながらシャッターを下ろすための棒を探してみる。が、薄暗いため見つけることが難しい。
そんな複雑なところにはないはずなので、慎重にレジ裏に回りこみ探してみる。
「あった……」
レジ裏に立てかけるように置いてあった棒を手に取ると、一度出入り口から辺りを見回し、ゾンビがいないことを確認してゆっくりとシャッターを閉めていく。
多少の音は仕方ないにしても、途中引っかかる部分があって音がなるたびにビクッとするが、何とかゾンビに見つからないうちにシャッターを閉めることに成功する。
ただ完全に閉めると店内は真っ暗になり何も見ることができないので、ゾンビが入り込めないように少し隙間をあけて固定しておく。
それでもほぼ暗闇に近い店舗内で慎重にレジの方に歩いて行く。レジ裏に住居に続いていると思われる扉があったからだ。
「ごめんください……誰かいらっしゃいますか?」
大きな声を出せず、しかしシンと静まり返った店内では、小声でもはっきりと周囲に響く。
住居なら隠れ潜んでいる人がいるだろうと多少の期待をして扉を開けて入っていく。
「これは……やっぱ誰もいないか……」
扉を開けた左右には無理やり動かしただろうと思われる箪笥や冷蔵庫が置いてあり、一時期ここで立てこもっていた跡がうかがえる。何かしらの理由で立てこもるのを止めて避難したのだろう。
すぐ近くに電気のスイッチがあったので押してみるが反応は無し、ここは台所を兼ねているのか蛇口があり捻ってみるが水は出てこない。
「ライフラインが使えなくなったから避難した?それでも何日か立て篭もったような跡があるのは何でだ?」
時間が合わない。今日起こった事なのに、すぐ立て篭もってすぐに避難?
普通に考えると地震で避難が先、外に出たらゾンビがいて立て篭もる、救助を待つってのがパターンだと思うんだけど。
俺が知らないだけで既に数日前からゾンビは発生していた?いや、いくらなんでもそれなら俺が知らないわけがない。そんな話題は必ず職場で上がるしこんな近くなら注意喚起が出てるはず。
冷蔵庫や戸棚を開けてみるが何も入っていない。割れた食器などが見当たらないのが不可解だ。
奥にある扉を開けてみるときつい臭いが漂ってくる。
吐きそうになりながら我慢して見回すと風呂とトイレがあるだけだった。
「こんなに臭うものなのか?」
我慢の限界で扉を閉めて一階の探索をやめ、すぐ近くの二階へ行く階段を上ることにした。
小さい個人経営の本屋だけあってニ階も狭いな。二部屋しかない。昭和って感じだ。
正直ここも結構臭い。何日も風呂に入らず過ごしていたんじゃないかと思うような臭いで気持ち悪くなってくる。
「本当に臭くて無理だ……窓開けたい……」
ベッドがある普段過ごしていたと思われる部屋に入るとそおっと窓を開けて、ゾンビがいないか外を確認する。
遠くの方にゾンビらしき人型は見えるが近くにはいない。
ホッと一息つくと窓を背にして座り込む。
「ここの人には申し訳ないけど、助けが来るまでここで過ごすしかないか?でも食料が何もない……」
正直ここから出るのは無理だ。ゾンビが徘徊しているところに出ていくなんてただの自殺志願者でしかない。
ただ食料が全くないんじゃ籠城もできない。みんなどこに行ったんだろうか……
途方に暮れて何となく部屋を見回す。
ベッド、机、ここで籠城していたと思われる不可解な大量の食品の空、床に置いてあるデジタル時計。
時間が知りたくて時計を見ると、頭を殴られたようなショックを受ける。日付が表示されていたんだ。
四月一日
その時に全てが繋がった気がした。
スマホの変えられない日時
立て篭もったようなこの家
誰もいない街
俺は、一ヶ月近く、気絶していた。
そんなはずはないと思う気持ちと、今の状況から頭は理解するが感情はそれを否定する。
ありえないだろう、一ヶ月も気絶してて身体に不調がないなんてそんな馬鹿な事はない。
普通に歩けた、普通に走れた、見た目は鏡を見てないからわからないが、腕が痩せ細っていることもない。
だが人を見かけることもなく、ゾンビが徘徊している現状では一ヶ月経っているなら納得もできる。
ここはもう避難が済んで救助が終わっている、もうここには助けはこない。
なんだこのとんでも展開。悲惨すぎるだろ?気絶から回復してから混乱ばかりで、混乱しているのがデフォルトになってきて逆に冷静になってくる。
だがまだ確定じゃない。誰かに会えばわかるはずだ。まだ人類が存在するなら、だけど。
「それを考えるのは後だ。今は、この絶望的な籠城から脱出する事を考えないと」
誰も助けに来ないなら自分でやるしかない。
そのためにはゾンビを倒すための武器が必要だ。鉄の棒は……持ってない……たぶん逃げる時にどこかに落とした。
「くそっ……何かないのかっ!」
俺は重い身体を動かして部屋の中を手当たり次第に漁っていく。
机の引き出しやベッドの下、テレビの後ろから箪笥の中まで。
「何でも良い!武器になるもの。バットでも鉄の棒でも包丁でも良い!」
この部屋に何もないのがわかると階段を降りて一階を探して見たが、包丁や木の棒などは何もない。
店内にも降りて薄暗い中を探してみるが、あるのは棚の破片や本のみ。
唯一武器になりそうなものは、シャッターを閉める時に使った鉄の棒だけだった。
だがこれじゃ細すぎる。これで殴りかかっても棒が曲がるだけ。普通の人間なら痛みで効果はあるだろうけど、ゾンビに対して有効だとは思えない。
「いや、違う。普通に考えるな。もう今までの常識は変わっている。武器はものではあるが、物じゃない。武器は俺の固有スキルだ」