第20話
七瀬さん……紛らわしいので本人の意向もあることだし愛理さんに呼び方を変えようと思う。
愛理さんじゃなくて父親の方の七瀬さんに案内してもらったのは三階にある一室。そこは男性探索班用の教室だ。
探索班以外は基本的に三階には上がってこない上に、女性探索班は現在いないので二つの教室を広々と使っているそうだ。
別に探索班以外が三階に上がっちゃいけないとかそういうことではないが、何かあった時に逃げやすいように、体力を極力使わないように、ステータスを持っていない人やステータスがあっても戦えない人は下の階に集まってしまったらしい。
現在の探索班の人数はスーパーで会った死亡していると思われる四人を抜かすと五人になってしまったということだ。
一人一教室でも十分教室が余る人数だ。
七瀬さんに確認したが、赤城コミュニティにいる人数は約三百人。それを俺と愛理さんを含めた七人の探索班で養っていくとなると……無理だな。
現在は物資の調達のために探索班の五人は出かけているそうだ。帰ってきてから改めて俺と愛理さんを紹介するということになった。
「ここはその……昨日から帰ってきていない四人が使ってる教室だ。ここを久我君にも使ってもらおうと思ったんだが……」
そう言って七瀬さんが言い淀む。
教室の中には、きっかり四等分に段ボールなどで区分けされた、段ボールハウスやブルーシートなどでプライベートスペースが確保された空間があった。
ここで俺にどうしろと?余っている空間は廊下側と中央に空いた幅二メートル弱ほどの通り道だけ。
探索班だから頑張れば頑張っただけ自分の物を充実させていけるのは理解しているし、プライベートなスペースが必要なのはわかるが。
「流石にここは無理ですので、他の教室を使わせてもらいますね」
たぶんここの人達はもう帰ってこないとは思うが、ダンボールハウスなんかをそのまま使うのも気が引ける。スペースもないので別の教室を使わせてもらおう。
隣の五人が使っている教室も通り過ぎる時に見せてもらったが、個人のスペースを確保しているだけでダンボールハウスと呼べるものは建築されていなかった。
俺はその隣の、ダンボールハウス、五人部屋と続いた空いている教室を使うことになった。
「何もない場所ですまない。毛布などは支給された物を使って欲しい。他に必要なものがあれば言ってくれれば用意しよう」
七瀬さんが気を使って言ってくれるが、現状必要なものは全てアイテムボックスに入っているので必要ない。
「このままでも大丈夫です。必要な物は自分で集めてきます。今は一人で使えるだけで十分です」
俺は適当にリュックを置くとそう答える。
「こんなところだが、今日はゆっくりしていてくれ」
そう言うと七瀬さんはやることがあるのか、下階に降りて行ってしまった。
さて、これからどうするか。
「前に言ってた、訓練でもする?」
お父さんは去ってしまったが、何故か残っている愛理さんに聞いてみる。
「はい。屋上なら誰もいないですし、そこで短剣の練習しましょう、先生っ!」
ニコニコ笑って嬉しそうにしている。
「厳しい特訓になると思うけど覚悟するように!」
俺がそう言うと、二人で顔を見合わせて笑い合った。
学校自体が三階までしかないこともあり、すぐに屋上への階段を上り、鍵がかかっているかを確認するが掛かっていない。大抵の学校の屋上は鍵がかかっていると思うんだけど。
「屋上からゾンビの観察をするために開けておいているそうですよ」
愛理さんが教えてくれる。確かに高いところの方がわかりやすいか。だが、そこまで高さがあるわけでもないのでたいして周りを見渡すこともできない。放置されてるんだろうな。
屋上に出た俺達は短剣を取りだすが、普通に考えて訓練で普通の短剣使うとか危険すぎるよな……。何か良いものがないかとアイテムボックスの中身を漁る。
これで良いんじゃないだろうか。
俺はまとめて入っている細長いものを手に取り、愛理さんに見せる。
「大和さん……これって……」
もの凄く微妙そうな顔をする愛理さん。だが、ぱっと見つけられたのがこれしかなかった。
「そう、背中を掻く道具。〝孫の手〟だ」
俺が愛理さんに渡したのは木でできている孫の手と言われている道具。先っちょがくにゅっと曲がっていて、背中がかゆいときに無理せず掻くことができる便利道具。俺も久々に見た。
「幻想拡張」
若干、短剣よりも短いので幻想拡張で補強する。ちょっと硬く、短剣と同じ長さ、同じ重さ。これを愛理さんと俺の分、計四本を作る。用途が変わるわけでもなく、ほとんど同じものなので簡単に作り変えることができた。
「さあ、これでかかってきなさい」
強化し終わった二本の〝孫の手〟を微妙な顔をしたままの愛理さんに渡すと、俺は短剣を構える。まるで子供とヒーローごっこをしているようだと思いながら。
俺が教えるのは短剣術とか剣術とかそんな高尚なものじゃない。いかにして短剣を心臓に突きさせるかの一点だけだ。俺自身誰かに教わったことはないので、愛理さんにもただただ突いてくるように指示を出す。
愛理さんの孫の手が心臓に向かって繰り出されるのを俺は右手の手の孫の手で払いのける。俺が二本使うとさすがに無理だろうからまずは一本で。
何度も繰り返しているうちにこのままだと一生当たらないと思ったのか愛理さんの動きが変わってくる。一本で突いて、打ち払われるともう一本の孫の手で突いてくる。
それを連続で繰り返し、何とか一本取ろうと連続で攻撃してくる。たぶんゾンビが相手なら何とかなるんじゃないだろうか。ただ近寄ること自体が恐怖ではあるけれど。
俺も身体を左右に動かして避ける。
休憩を入れつつ一時間ほどそんなことを繰り返していると、とうとう愛理さんの体力が限界に来たためそこでお開きにした。普通に動けているから忘れていたけど、愛理さんは足の筋肉がまだ十分ではなかった。ステータスのおかげで普段は気にならないが、本来はもっと筋肉を取り戻さなければ長時間は動けない。
「無理せずここで終わりにしよう。明日からは探索も行わないといけないから筋肉痛で動けない、なんてことは避けたいし」
「わかりました。それにしても、当たらないものですね……」
まあお互いプロじゃないから当たらないのは仕方ないよね。〝孫の手〟とはいえ、人に対して物をぶつけるなんて何かのスポーツじゃなきゃやらないことだし。
ある程度休んでから、俺達は屋上でスナイパーライフルでの射撃対決を行うことにした。あまり見通しは良くないが、ここからゾンビを撃って少しでも経験値にしたかったのだ。
俺が学校の裏手の方、愛理さんが東の方に向いてスタートである。
「射撃対決なら負けませんからね」
自信満々に愛理さんが言うが、確かに射撃では俺の方がちょっと、ほんのちょっとだけ不利かもしれないがゾンビがどれだけ射程範囲に入るかが問題なので運要素が強い。
現に周りを見渡してみてもゾンビがいるのかいないのか、視界に入ることがほとんどないのだ。倒壊した建物群で隠れているってのもあるが、そもそもまた一時的なものなのか最近のゾンビは少なくなっている。
少しの間、屋上からゾンビを狙って愛理さんと当たった外れたとやっているうちにお腹が空いてくる。そう言えば朝ご飯を食べていない。まぁここのコミュニティでは朝ご飯は出ないのでアイテムボックスから缶詰を出して二人で食べる。
そんなことをしていると、正門の方から話し声が聞こえてきた。
なんとなく正門の方を見るとそこには三人の学生らしき人達と、俺達を中にいれてくれた人のよさそうな門番さんが話しているのが見える。
避難者かと一瞬思ったが、門番さんと話している男性が腰に剣を挿しているのがここからでもわかる。
スナイパーライフルのスコープを覗いてみると、三人のうち一人はスーパーで会った紅葉コミュニティの女性、確か古高さんだったはず。
「何かあったんだろうな……」
出ていった学生が戻ってくるなんて、厄介ごとの予感がして俺はため息をついた。