第19話
赤城コミュニティ二日目だ。
俺が泊まったところは校舎一階の男性用の教室だった。ここには身内がいない男性が寝泊まりしている教室だ。
教室の使いわけは、家族が一人でもいる人は家族用の教室、他は探索班用の男女別の教室、俺が泊まった様な一般用の男女別の教室があるそうだ。
ちなみに女性の探索班は現在いない。
昨日はすぐに一般男性用の教室に案内されてそれっきり。少しここにいる人達を観察してみたが、ほとんどの人がトイレと食事以外に動くこともなく、自分のスペースに引きこもっている。
少しでも情報を集めたかったがそんな雰囲気ではなく、社会人として空気の読めてしまう俺は何もできずに自分にあてがわれたスペースでゴロゴロしていた。
そして朝一番で、俺は赤城コミュニティを統括する赤城さんに呼ばれ会議室として使われている教室に行くことになった。
何でも一カ月以上コミュニティに所属せずに生きのびている俺と七瀬さんの話を聞きたいということだ。
まあ俺は一カ月ぐらい意識不明で寝てたんですが……。
会議室に入ると教室の机が長方形になるように並べられていて、会議室然としていた。そこにいたのは正面に数名の厳しい顔をした中年たちと、七瀬さん親子だった。
俺が会議室に入っていくと、俺の姿を見た七瀬さん……娘の方が笑顔で迎えてくれる。俺も笑い返すと隣に座っていた七瀬父が頭を下げてくる。たぶん俺が助けたって話が伝わっているのだろう。俺もすぐに会釈する。
「よく来てくれた。私が赤城コミュニティ代表の赤城だ。君が久我君でいいのかな?」
シャツとジーンズにジャケットを羽織ったちょっと太めの休日のお父さんみたいな人が聞いてくる。この人が赤城さんか……パッと見はどこにでもいるお父さんぽい感じだが、自分の名前をコミュニティにつけるというのはよほど功名心が強いのだろうか?
「ええ、私が久我です。話があると伺ってきました」
挨拶をした後に適当な空いている椅子に座る。久しぶりに座ったな、この椅子。
そこからの話は、俺と七瀬さんがどうやってここまでたどり着いたのか、どうやってゾンビがいる中で生きていられたのかの話になった。俺が話した内容は、転々と拠点を変えてゾンビが少なくなったタイミングで物資を集め、たまたま七瀬さんのマンションに辿り着いた、ということにした。
スーパーで学生たちに無駄に俺達の情報を与えてしまった反省を生かしてできるだけ当たり障りのない内容を口にする。考えて話さないとぽろっと余計なことを言ってしまいそうだ。
一カ月寝てたとかスキルがどうとかは言わず、運良く生き残ることができたということで納得してくれた。赤城コミュニティでも一時的にゾンビが少なくなるタイミングがあったのは把握しているようで簡単に話が通った。
ただ、何か期待していたのか、数名の人はガッカリした表情をしていたのを俺は見逃さなかった。
「愛理さんの言っていることとほぼ同じか。そして……学生たちにも会ったのか」
事前に七瀬さんと口裏を合わせていたので、俺の情報はほぼ洩れてはいないようだった。
俺の話が終わると、学生たちのことが気になるのか赤城さんが話しだす。
「彼らとは意見が分かれてしまってね。彼らの、みんなでステータスを獲得しみんなで物資の補充をする、との案だが、ステータスを獲得しても戦えない人は多いのだよ。大地震やゾンビのトラウマ、人の心の問題は簡単には解決しない。ここに残っている人の大半も本当は学生たちに着いて行きたかった者が多いと思う。学生たちが生命線だったことはみんな知っているからね。だが外に出ることすらできない人だっているのだよ。それを理解してもらうことができなかった」
苦しそうに赤城さんが語る。確かにトラウマは簡単に克服できるものじゃないらしいから戦えない人だっているだろう。たぶんほとんどの人が心の傷を抱えているはずだ。俺だってゾンビに追いかけられた時の恐怖はいまだに残っている。
「そして、戦える人のほとんどが彼らと共に行ってしまった。正直なところ、このコミュニティもギリギリのところで成り立っている。さらに久我君達がスーパーで見たという防具を着けた四人、学生たちの証言があるならここの探索班だろう。そして、帰ってきていない……」
予想はしていたが、やはりあの逃げたおっさんたちは帰ってきていないのか。スーパーに来なかった二名も人類の反逆者になっている可能性が高い。何処にいるのかわからないのが厄介すぎる。
俺が苦虫を噛み潰したような表情をしていたのがわかったのか、赤城さんも不安げな表情になる。
「学生たちと口論していた人達が着ていたと思われる、防具を着けた異形二体が来たのは七瀬さんも確認しています。となるとたぶんもう二人も、異形になっている可能性が高いでしょうね」
ステータスを得ることができれば戦いが楽にはなる。だがそれと同時にステータスを持っている人がゾンビになると〝異形〟になる可能性がある……。
「そこでだ。久我君も探索班のメンバーに入ってほしい。ある程度戦えるということは愛理さんからきいて把握しているが、これは命令などではなく、お願いだ。先ほども言った通りこのコミュニティの存続自体がギリギリなんだ。探索班の四人を失った可能性がある今、君と……愛理さんにもお願いするしかない」
赤城さんの話を聞いた瞬間に七瀬父の表情が苦しそうに歪む。ただ必死に堪えているのがよくわかる。大事な一人娘をゾンビのいる外に行かせるなんてとんでもない。だが何も言わないのを見ると話はすでについているのだろう。
赤城さんが頭を下げる中、俺は周りを見渡す。赤城さんや七瀬父以外にも数人の人がいるが、何も言わず黙っている。俺が来る前から話の流れは決まっていたということだろうか。
「わかりました。一時的にでよければ探索班に入ります。ただ、ずっとここにいるかはわかりませんのでそれだけ了承してください」
俺は軽くため息をつきつつそう答える。正直な話、仕方ないことかもしれないがここにずっといると息が詰まる。特に一般男性用の教室は絶望と諦めが混在した空間となっている。まだ探索班用の教室の方がマシだろう。
「それでも助かる。ここにいる限りは探索班と同じ待遇になるので少し優遇されると思っていい」
赤城さんはほっとしたような顔をして、周りの数人と頷き合う。
そこで話は終わり実際の物資補充は明日からということ、今日付で探索班用の教室に移動することになった。
「赤城さん。彼は娘の恩人だ。私が案内しよう」
話が終わった直後に、七瀬父がそう言いながら俺の方に七瀬さんと一緒に歩いてくる。
「挨拶が遅れてすまない。私が愛理の父親だ。娘を救ってくれて感謝してもし足りない。本当にありがとう」
そう言いながら深く頭を下げてくる。七瀬さんも一緒に頭を下げてくる。
「いえ、俺があのマンションに行ったのはたまたまですから。それに俺も七瀬さん……愛理さんが協力してくれて助かりました。なのでお互い様と言うことで」
実際には、生き残りに声をかけるか見捨てるか迷った挙句に声を掛けた手前、あまりお礼を言われると半端なく居心地が悪い。
「ここのコミュニティではある程度私にも発言権がある。何か困ったことがあったら言ってくれ。力になろう」
七瀬父は真剣な目で俺を見るとそう約束してくれた。
居心地が悪くなったらとっとと出ていくつもりだったからたぶんお願いすることはほぼないと思うけど、それでこの話が終わるならと考えてありがたく「その時はお願いします」と言って話を打ち切った。
「お父さんもいるので七瀬だと紛らわしいですから、今度からは愛理と呼んでくださいね」
七瀬さんがどさくさに紛れて呼び名の変更を強要してきたが、俺は苦笑いしつつ頷くしかなかった。