第18話
「そうはいきません。〝一般人タイプ〟が使える武器なら俺達だって使えるかもしれない」
畑くんからは聞き出そうという気が漂ってくる。これは良くないな。迂闊なことを言ってしまったのは俺のミスだ。
俺と畑くんの間に思い沈黙と緊張が走る。
——これは逃走案件か?
俺が逃走しようと腰を上げかけた時、隣から冷たい声が響いてきた。
「大和さん。出ていきましょう。恩を仇で返すような人たちと一緒にはいられません」
七瀬さんが沈黙を壊すようにキッパリと言い放ち立ち上がる。聞いたことのない冷たい声に俺もちょっとビビりつつ七瀬さんをみる。
ものすっごく冷たい表情でクラスメイトを見下ろしている。ちらりと彼らを見ると、完全に固まっていた。これは怖い……。
俺は無言でそっと立ち上がると、こそこそとリュックを背負い七瀬さんの側に行く。七瀬さんと目が合いニコッと微笑んでくれるが、俺はまだビビってます。
正直今から倉庫を出るのはキツい。ほとんど暗くなっているからあと一時間もしないうちに真っ暗になるだろう。
どれだけ安全を確保して帰れるか……気合を入れつつ歩きだした時に声がかかる。
「ちょっと待ってくださいっ!」
出ていこうとした俺達を止めたのは紅一点の古高さんだった。
「久我さんも七瀬さんもごめんなさい。助けてもらったのに言いたくない事を無理やり聞こうとして。もう聞かないから、出ていくのは待ってもらえませんか?」
必死な表情で訴えてくる古高さん。
「いやでも、手に入るなら俺達だって手に入れたいだろ!命が懸ってるんだぞ!」
畑くんと言い合いになる。
「だからと言って恩人を追いだすような真似をするのは人としてどうかと思う」
「俺は出ていけなんて言ってねぇよ」
「同じことでしょ。居づらくなるようにするなんて」
これどうしようか?畑くんと古高さんでなおも言い合っている。出ていくなら早めに出ていかないと俺達の命にかかわるんだけどな。七瀬さんを見ると興味がないのかとっとと出ていきたそうにしている。
「じゃあ、俺達も今から出ていくと正直命に関わる可能性がある。なので俺達はちょっと離れたところにいるよ。お互い関わらないようにしませんか?俺としてはそのことについては話す気は全くないので聞かれても迷惑なんです」
畑くんは納得してなさそうだが、古高さんはまた謝ってきてくれた。俺達が少し離れて行くと「なんで敵を作るようなこと言うのよっ!」と古高さんの怒る声が聞こえてくる。
「七瀬さん。これでいいかな?」
もう一人納得していなさそうな七瀬さんに聞いてみる。
「私はいいですが、大和さんはいいんですか?」
「うん。とりあえずはね。夜は本当に危険なんだ。だから仕方ないけど一晩だけ我慢しよう。ありがとうね」
ちょっと口をとがらせて七瀬さんは頷く。そういう表情をされるとちょっと可愛いと思ってしまうな。
俺は段ボールを敷き直すと、拠点から持ってきた毛布を七瀬さんに渡す。暗くなってきたので蝋燭に火をともして少し気を抜く。
「七瀬さん。赤城コミュニティだけど、すぐにでも行く?」
場所はすでに学生達から聞いている。何のことはない、俺が初めに行こうとしてた学校と公民館があるところだ。学校がコミュニティになっているらしい。
「赤城コミュニティの人が異形のゾンビになった可能性が高いんですよね?もしかしたら他の二人も異形になって、コミュニティを襲う可能性もありますよね?」
不安そうに七瀬さんが聞いてくる。確定ではないが、その可能性も大いにある。
「そうだね。なら、明日になったらすぐにでも行ってみようか?」
七瀬さんが頷く。明日の方針は決まった。赤城コミュニティどんなところなんだろう。
◇◇◇
日が出てくると俺はすぐに七瀬さんを起こす。初めに俺が仮眠を取らせてもらい、後半は七瀬さんが仮眠をとった。
かなり時間は曖昧だが小さい蝋燭の消える本数で測っているので程々の時間は睡眠が取れただろう。
俺たちが起きた時には学生達はまだ寝ていたが、起こすのも悪いし、何か言われるのも面倒なのでそのまま出てきた。ちょっと今のうちに鑑定眼鏡を使ってみようかと思ったが、七瀬さんがさっさと出ていくので慌てて俺も出ていった。
スーパーから出ると周囲にゾンビの陰なし。前もそうだったが異形が出てくると周囲のゾンビが一時的にいなくなるのだろう。その前に俺達がゾンビ狩りまくっているのでその影響もあるか?
「学校は私がわかるので、先導しますね」
七瀬さんがそう言うと学校の方向に向かって歩き出す。
まだ日が昇り始めてすぐなので肌寒い。俺はマントの前を閉めながら七瀬さんに続く。ゾンビの出てこない街は静かで、朝の散歩をしているようだ。崩れた建物がなければだが。
「そう言えば、七瀬さんはレベル上がった?俺は15になったよ」
何となく七瀬さんに聞いてみる。
「私は6になりました。結構ゾンビ倒しましたからね」
ちょっとうれしそうに言う七瀬さん。レベル6なら弾も最高60発は撃てるからちょっとぐらいのゾンビの大群ぐらいなら余裕で撃破できそうだな。
「それで……大和さんにお願いがあるのですけど」
言いづらそうに七瀬さん。
「できることならいいよ」
「じゃあ、赤城コミュニティに着いてからでいいんですが、短剣の使い方を教えてもらえませんか?」
ちょっと恥ずかしそうに七瀬さん。恥ずかしがる気持ちが全くわからないんだけど……それよりも短剣か。俺に教えられるのかな?かなり適当に使っているだけなんだけど。
「それは構わないけど、俺も教えられるほど使い方なんてわからないよ。実は短剣の達人でしたってわけじゃないし、ただがむしゃらに使ってきた素人ですけどそれでいいのなら」
七瀬さんは頷くと前を向いて道を進む。うーん、どうしよう。武術なんてやってないから教え方なんてわからない。まあ実戦形式でやっていけばいいか。
そんな適当な話をしながら進んでいく。本当にゾンビでないな。まさかこれも異形が出る前兆なんてことは……!?
緩んでいた気持ちを引き締め直しながら七瀬さんの後をついていく。異形が出てくることもなく、ゾンビが出てきてもポツポツと、そのゾンビ達も七瀬さんの一撃で倒れ伏す。
全く仕事することもなく、俺達は赤城コミュニティに辿り着くことができた。
赤城コミュニティは小学校だ。近年の変質者対策か敷地内を覆うコンクリートの壁は高く二メートル以上あり、その上にフェンスが張ってある。
敷地への出入り口は正面、東口、教職員用の三方向。教職員用の出入り口は塞がれていて金具と鍵で開かないように固定されている。
正面と東口のみ両開きの扉があり閉まっているが、誰もいない。たぶんゾンビに見つからないように何処からか監視はしているのだろう。
「とりあえず正面に行ってみるか」
俺達はてくてく正面入り口に行って開くか門を押していると慌てて中から人が出てきた。
「避難民か!?ちょっと待ってくれ。すぐに開ける」
誰何される事もなく、門を固定している閂を外すと、気のよさそうなおじさんが開けてくれる。
「ありがとうございます。俺達はここにコミュニティがあると聞いてきました」
俺たちが敷地内に入るとすぐに門を閉めたおじさん。
「話は中に入ってからだ。ゾンビに見つかると不味いからね」
俺達が端の一番近い校舎から中に入ろうとすると、さらに年配のシャツを着た男性が出てくる。門番は中年の仕事なのかな?
「お父さんっ!」
そう叫ぶと七瀬さんが男性の元に走っていく。ああ、あれがお父さんか……。何処からか見ていたのだろう。
「やっぱりっ!愛理、愛理なのか!?」
校舎の入り口付近で抱き合う親子。ちょっと驚きながらも感動の再会に涙を流す門番のおじさんと、これで役目を果たしたとほっと一息つく俺。
「足はどうしたんだ!?いや、今はいい、お母さんも無事だ。中に入って元気な顔を見せてやりなさい」
七瀬さんは俺の方に顔を向けてきたが、頷いてあげるとお父さんと一緒に校舎に入っていく。七瀬親子が校舎に入っていくのを見届けていると門番さんが聞いてくる。
「君は一緒に行かなくていいのかい?」
「俺はここまで彼女を連れてきただけで、保護者代理みたいなものですので」
そう言うと門番さんと一緒に校舎に入っていった。
校舎の中は一階からあまり良い状態ではなかった。ほとんどの避難民が疲れた顔をして各部屋に蹲っている。頬は痩せこけ、暗い表情をしている。
ただ、身体は拭いているのか臭いはそこまで酷くない。
ある程度予想はしていたが、一カ月も経つとこうなるのか……。
「ここで名簿を作っているんだ。名前を書いてくれ」
門番だったおじさんが掲示板の前に置いてある机にあったノートを渡してくる。掲示板には多くの貼り紙がしてあり、探し人の名前が書いてある。
これを見ると、俺たちがいた世界が崩壊しかかっているのを強く実感して震えがくる。
ここで暮らそうと思っているわけじゃないからちょっと迷ったけど、多少は協力しないとここは不味いかもしれない。
迷いつつも俺は名簿に名前を書くことにした。




