第17話
もう一体の異形……。
状況は七瀬さんの射撃で異形の動きを封じ、残った二人が何とか異形に攻撃をしようとしているが肥大化した右腕の圧力に押されて間合いに入れずにいた。
一瞬呆けた俺に追ってくる異形の姿が映る。
不味いっ!と思った瞬間、身体に強い衝撃を受けて俺は吹っ飛ばされた。ギリギリでガードが間に合ったものの短剣とハンドガンがどこかに飛ばされていくのがスローモーションのように見える。
すぐに地面に身体が叩きつけられ衝撃が身体を襲う。
「ぐっ……!?」
一瞬息ができなくなり気が遠くなるが、それを必死にこらえてアイテムボックスから残りのハンドガンを取りだす。衝撃で身体の調子がわからないがどこも折れたりはしていないと思いたい。
俺を吹っ飛ばした異形が迫ってくる中で、俺は何とか片膝をつくぐらいまで身体を起こすと、異形が腕を振り上げた瞬間にハンドガンを素早く構え――時間が止まったように異形が遅くなる。
異形までの距離は二メートルもない。ギリギリ異形の攻撃範囲の中に俺は入っている。
ゆっくりと異形の右腕が俺に迫ってくる。
俺はがら空きの心臓めがけてトリガーを引いた。
弾丸が異形の心臓を貫通すると同時に、世界にスピードが戻ってくる。
【レベルが上がりました】
【人類の反逆者を討伐しました】
レベルアップのアナウンスが聞こえてほっとするが、まだ終わっていない。目の前の異形が崩れ落ちるのを確認しながら俺は身体を起こす。
身体の痛みに耐えながらアイテムボックスからHP回復薬を取り出して一飲みする。じっくりと身体の感覚が戻ってきて安堵する。
見回してみるが短剣とハンドガンが近くにない。俺は倒れている異形の腹に刺さったままの短剣を引き抜くともう一体に向かって走り出す。
「ごめん、待たせたっ!」
離れたところで戦っている七瀬さんに一声かけると一気に異形の前に躍り出る。
「大和さんっ!」
安心したような七瀬さんの声が聞こえてきた時には俺は異形の間合いの中に入っている。全力で走ってきた俺は革靴を滑らせながら自分の間合いにもっていく。
よく見える。肥大化した右腕が俺を捕まえようと迫ってくるが左手の短剣を当てて力を別方向に逃がしていく。俺の間合いなら異形の力も十全に発揮されない。
ギャリギャリと嫌な音を立てながら短剣を滑らせていくと今度は左手が迫ってくる。
右手のハンドガンの接射で左腕を撃ち抜くと一瞬だけだが異形の動きが止まり。
――そのまま俺は短剣を胸に突き立てる
【レベルが上がりました】
【人類の反逆者を討伐しました】
びくりと異形が震えると、レベルアップのアナウンスが流れてくる。
二体の連続討伐で二回レベルアップとかコイツらどんだけ経験値持ってるんだよ!?それとも俺のレベルがまだ低すぎるのか?
さっと異形から離れて周りを確認するが他に異形もゾンビも見当たらない。
「七瀬さん、大丈夫だった?怪我は?」
すぐに七瀬さんが近寄ってきたので傷の確認をする。七瀬さんのジャージは破れたりしてないので大丈夫そうだ。
「大和さんこそ!吹っ飛ばされていましたけど大丈夫なんですか!?」
心配そうに身体を触ってくるが「回復薬飲んだから」と耳打ちすると安心したように離してくれた。
呆気に取られている学生たちに構ってはいられない。この二体の異形は、かなり不味い。すぐに怪我人の治療をしないと。
「七瀬さん。そっちは任せた」
「わかりました」
倒れている一人を七瀬さんに任せると俺はもう一人の方に近づいていく。畑くんだ。意識がなく左腕が折れて曲がっている上に、胸あたりがへこんでいる。かなり瀕死に見えるがまだ生きている。俺はHP回復薬を取りだすと、少しづつ畑くんの口に含ませていく。半分ほど飲んだ時点で折れていた箇所が元に戻っていくのが見て取れる。
改めて見ても驚異の回復力だな。防御力を上げたスーツじゃなければ俺もこうなっていたのかと思うと鳥肌が立ってくる。七瀬さんの方を見ると、七瀬さんもこっちを向いて頷いてくる。
「ここにいるのも良くない。倉庫に入って身を隠そう。二人が気がつくまではそこで休憩。先に二人を運んでおいてほしい」
残っていた二人の学生に指示を出し、背負って二人を運んでもらう。
その間に俺は飛ばされた短剣とハンドガンを探して店内に入っていく。
まさか二体同時に異形が現れるとは思わなかった。普通は序盤の強敵は終盤になってから雑魚として出るものじゃないのか?ちょっと出てくるのが早すぎると思うんだけど。
それに気になるのがおっさんたちが着ていた防具と同じ物を異形が着ていた点だ。
〝人類の反逆者〟というアナウンスと合わせると、誰でも思ってしまうだろう。逃げたおっさんたちの誰かが異形になっているのでは?ということだ。俺の予想ではステータス持ちがゾンビになると異形になるのではないかという懸念がでてきた。
戦力としてはステータス持ちが多く欲しいが、ゾンビになってしまうと逆にピンチになるのはいただけない。そして逃げたおっさん達の残りの二人がどうなったかわからない以上、目立つ外は危険だ。
一体目が壁を破壊して店内に入ってきたのには驚かされたが、外でも店内でも変わらないなら気絶している二人を隠せる倉庫しかない。
俺が倉庫に着いた時には、怪我をした二人は段ボールで作ったベッドに寝かされ、残り二人は疲れた表情で座り込んでいた。
怪我をしたのは畑くんと古高さんだった。怪我は完全に治ったと思うが意識は戻っていない。このまま放って帰るわけにもいかず、俺達はここで一夜を明かすことにした。
倉庫に繋がる出入り口に鍵をかけ、かけられない場所は棚を置いて封鎖する。通常のゾンビならこれで問題ないはずだ。
そこから俺も段ボールを集めてベッドを作る。とは言ってもごろっと寝っ転がれればいいって程度だ。
ただ日が落ちてくるとちょっと寒い。何か暖房器具の代わりになるものはないかと倉庫から出て店内を探す。タオル程度のものはあるが、布団や毛布類はない。何とか見つけることができた蝋燭をもって倉庫に戻る。
俺が倉庫に戻ると、気を失ってた二人が目を覚まして五人で話していた。ちらっと見て大丈夫そうなので安心する。
「久我さん。ありがとうございました。また助けてもらったみたいで」
「助かりました。ありがとうございます」
申し訳なさそうに二人が言ってくる。流石にあの状況で見捨てられない、何より異形から逃げられるかどうかすらわからないからな。
「ああ、意識が戻って良かったよ。体におかしなところはない?」
「大丈夫です。逆に調子が良いぐらいで」
とりあえず俺は五人の輪の中に入ると異形について話し出す。
「さっきのゾンビについては情報を共有しておきたい」
俺は一度戦ったこと。動きは人と変わらず、だが肥大化した肉体部分が非常に硬く、力が強いこと、逃げられるかどうか不明なことを話す。
そして何より異形が着ていた防具、ステータス持ちが変異したのではないかと予想を交える。
「俺も防具は気になっていました。まさか……」
畑くん含め全員の顔が青ざめていく。
「俺が初めて遭遇した時は、どれだけ逃げても逃げ切れなかった。アレに会ったら戦うしかないと思う」
全員が口を閉じる中、俺は話を変えるように気になっていたことを何となく聞いてみる。
「そう言えば、俺は〝一般人〟なんだけど、他のタイプの人って紅葉コミュニティにいるの?」
「えっ?」
七瀬さん以外の人が驚いたように俺を凝視する。何だろう?何か変なこと言ったか?
「久我さんほど強くて一般人?……嘘、ですよね?」
古高さんが疑わしそうな目を向けてくるが、本当だし。
「俺は一般人Aタイプだよ」
「本当ですか!?近接か万能だと思ってました」
畑くんが言うにはここにいる人は全員〝一般人〟だと言うことだ。紅葉コミュニティには二人だけ〝万能〟と〝遠距離〟がいるらしいが、あくまで自己申告ということだ。
ただその二人は初めから万能タイプには〝剣〟が、遠距離タイプには〝杖〟が、いつの間にか持っていたらしい。
そういえば〝設定集〟に確かに初期装備が載ってたな。という事は一般人以外のタイプには武器が貰えるのか。それはちょっと羨ましい。
「久我さんは近接か万能で短剣、七瀬さんは遠距離でスナイパーライフルを初めから持っているのかと思ってました。だが違うなら話は変わります。その武器は、どうやって手に入れたんですか?」
そういうことか。これは不味いこと言ってしまった。今まではタイプ別に貰える武器だと思っていたから深くは聞いてこなかったのか。ただ一般人のステータス持ちには武器はもらえないのを彼らは知っている。俺は一般人タイプ以外が武器をもらえることを知らなかった。
真剣な顔で畑くんが聞いてくる。他の三人も真剣な目で見てくるが、話さなきゃいけない必要性を俺は全く感じない。聞けば教えてくれるなんて学校だけだ。
「前に話したように俺達の生命線になることだから言えない。これに関しては詳しく話す事はないよ」