第16話
俺が赤城コミュニティに行くと宣言した直後に畑くんから待ったがかかる。
「ちょっと待ってくれ。本当に赤城コミュニティに行くんですか?」
「もちろん。七瀬さんの両親を探すのが最優先だからな」
「私も両親の無事を確認したい」
俺も七瀬さんも赤城コミュニティに行くことで一致している。畑くんたちは渋い表情を見せているが、親に会いに行くってのは誰かにどうこう言われるようなものじゃないし、そんな表情するものでもないと思うんだが。赤城コミュニティが気にいらないって感じだろう。
「七瀬さんは赤城コミュニティに行って、その後はどうするか決まっているのか?良ければ両親と一緒に紅葉コミュニティに来ないか?」
「そうだよ七瀬さん。うちにおいでよ」
畑くんの言葉に古高さんが乗っかってくる。他の二人も期待したような目で七瀬さんを見ている。七瀬さんはちょっと困ったような表情で俺を見てくるが、誘われているのは俺じゃないし何とも言えんのだけど。
七瀬さんが行くと言うのなら、移動中の両親の護衛程度はしてもいいと思っているが。
「それはちょっと待った。七瀬さんの両親の意向もあるだろうし、簡単に移動できるようなものじゃない。ここで約束は難しい話だと思う」
迷うような言いづらそうな表情で困っている七瀬さんを見かねて俺が助け舟を出す。
「両親のこともあるので今、約束はできないよ。ごめんなさい」
俺の言葉に乗っかって七瀬さんが断ると畑くん達は残念そうにしながらも納得してくれた。
そろそろいいだろう。ずっとここにいても仕方ないし。少し物資の補充だけしてここから退散しよう。
「俺達は少し物資の補充をしてからいくよ。畑くん達は?」
「俺らも同じです。できるだけ補充してから帰ることにする」
俺と七瀬さんはちょこっとだけ物資を回収する。アイテムボックスのことがわかると面倒になるので、缶詰をメインにリュックに入れていく。
「それにしても七瀬さんが使っていた銃は何なんです?スナイパーライフルってやつですよね?」
畑くんが物資を回収しながら聞いてくる。そこには触れないようにしていたがやはり聞いてきたか。だがその回答はもう決めている。
「まあね。俺達の生命線になるものだからこれ以上は言えないんだ。まあそういうものだと思ってくれれば」
嘘はついていないのでこれ以上は答えない。異世界チート物だと個人情報を聞いてくるのはマナー違反らしいからこれだけでいいだろう。
畑くんは聞きたそうにしていたが、俺がそれ以上何も言わないので諦めてくれた。
「大和さん。もうリュックが一杯なのでそろそろ行きましょう。ゾンビのせいで時間がかかってしまいましたし、日が暮れる前に」
ちょうど良いタイミングで七瀬さんが声をかけてきてくれた。念のため一週間は過ごせるように準備はしてきたが、七瀬さんはあまりクラスメイトと一緒にいたくはなさそうだ。
「了解。じゃあ俺達はもう行くよ。どこかでまた会った時はよろしくね」
俺達が握手をして、七瀬さんも古高さん達と挨拶をしていると、轟音と共にスーパーの壁の一部が崩れ穴が空く。
突然の事態に俺達は若干混乱に陥るが、すぐに全員で固まって戦闘に備える。穴の開いた壁から見えてくるのは防具を着た身体。
一瞬逃げたおっさん達が帰ってきたのかと思ったが、見えているのは防具だけじゃない。
白い肌、口だけしかない顔のパーツ、肥大化して太く長く変形した右腕。
俺はそれを見た瞬間に寒気が走り冷や汗が流れてくる。
〝異形のゾンビ〟〝人類の反逆者〟
俺が二回ほど瀕死まで追い込まれたゾンビ以上の脅威。それが壁の穴から目のない顔をこっちに向けている。俺達を見つけたことが嬉しいのか、表情のない顔と赤く目立つ口が笑ったように歪んだ。
「何、だ!?あのゾンビ……?」
畑くん達は見た事ないのか、だがそれの異常さがわかるのか声が震えている。
「すぐに外に出ろっ!足場が不安定な店内じゃ不利だ」
俺はそう叫ぶと、異形に向かって歩き始める。異形も俺を敵と認識したのか肥大化した右腕を揺らしながら歩いて向かってくる。足場が悪い!
こいつは逃げても追ってくる。みんなが戦いやすい表に出るまで時間を稼ぐ。
転がっている棚や商品が俺の歩みを遅くする。
……いや、それは言い訳で、戦いたくないと、今すぐ逃げたいと俺の本能が進む事を拒否しているのがわかる。
「大和さんっ!」
七瀬さんの声を無視すると、俺は自分のステータスを確認する。レベル13。初めて異形と戦ったのがレベル9の時。その時よりも4つもレベルが上がっているが……それでも当時の痛みの記憶が残っているからか勝てるような気がしない。
足場の悪い店内じゃさらに不利になる。異形の特徴は人間と同等の身体能力と異常な肥大化した腕の力なのだ。動き辛い店内じゃ攻撃を躱すことが難しくなる。
後ろの方でガチャガチャと音がして、俺以外の全員が外に出ようと移動しているのがわかる。できることなら外に出て、異形の気を引いてくれると助かるんだが……。
すぐに異形との距離が詰まる、あと一歩どちらかが踏みだせば異形の右腕の範囲内だ。左右には何かしらが落ちている。袋、棚の破片、砕けたガラスのような物。一気に間合いの中に入って足元に注意しながら攻撃できるとは思えない。物を踏んで足を滑らせたらそこで詰む。
異形の攻撃範囲に入った瞬間、右腕が振られ周りの物を吹きとばしながら俺に迫ってくる。ギリギリで屈んで躱すと、心臓部ががら空きだ。
前とは違う!?攻撃がしっかり見えている。異形の動きが前の奴よりも遅いのか、それとも一回戦ったことで俺が慣れたのかステータスの影響か、戸惑いながらも一歩前に出る。
さらにあと一歩踏み込めれば俺の必中の間合いだ。
こんな楽に倒せていいのかと頭をよぎるが、異形の動きは完全に捉えている。俺は躊躇せず一歩踏み込んで、その瞬間に俺のバランスが崩れる。
――何か踏んだっ!?
「クソッ!?」
俺は体勢を崩したまま短剣を突きだすが心臓に届かず腹に刺さる。すぐにゾンビの左手が俺を捕獲しようと迫ってきた。
刺さった短剣を手放して異形の股下を四つん這いになって必死にくぐって振り向く。異形はすぐにこっちを振り向いて迫ってくるが、俺も後退りしながら一本の短剣でそれを捌いていく。
重い。異形の右腕の攻撃が重すぎて弾かれるように捌いていくが段々追いつかなくなってくる。異形も何かで滑ったのか一瞬攻撃が遅れたのをいい事に俺は一度間合いを離す。
……店内での異形との戦いは完全に泥仕合と化していた。動きを完全に捉えてはいるが満足に動くことができない俺。俺に攻撃を捌かれながらも周りを気にせず動いてバランスを崩す異形。
動きを止めて捌くのは今のところ何とかなっているが、お互い激しく動きながら何かしようとすると、転がっている物を踏んで大きく隙を晒す。
パワーと攻撃範囲の負けている俺はその分動かないと勝負にならないが、異形も十分に動けるわけではないから助かっている。
相変わらず何かを踏んだのかバランスを崩してしまったが右手にハンドガンを取り出して異形に向けて躊躇なくトリガーを引く。
一発、二発とトリガーを引く度に魔力の弾丸が異形にめり込んでいるが、心臓部は右腕でガードしていて弾かれる。弾が当たったところで特に動きが遅くなることはなく、ガードしながら近づこうとする。
前回戦った時にも思ったが肥大化している腕だけが異常に硬い。短剣では擦り傷程度、魔力の弾丸は弾かれる。俺はハンドガンの連射によりガードして動きが止まっている異形から少しづつ距離を取っていく。
ある程度離れたところで、俺は一気に外へ出るために足元に注意しながら駆けだした。
もう少しで出入り口に辿り着く寸前、背中になんとも言えない嫌な感覚が駆け抜け俺は咄嗟に横に飛んで棚の陰に身を隠す。
それと同時に今までいたところに人の背丈以上の棚が飛んできて音を立てて出入り口にぶつかり砕ける。
ぞっとしながら異形を見ると何かを投げた体勢で顔をこっちに向けている。すぐに俺は出入り口に向かうが異形もすぐに俺を追って走り出す。
もう少し、外に出ればみんながいる。動けるようになれば何とかなる気がする。
外にでた瞬間、一瞬目が眩むがすぐに視界が元に戻る。その俺の目に映ったのは、倒れている二人の学生と、もう一体の異形の姿だった。