第15話
一瞬ポカーンとするが、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
ーー仕方ない、自分の命が一番大事
わかってはいるが感情が納得しない。自分たちの迂闊さでゾンビを呼び込んでおいて処理できなくなったら戦ってる人間を囮に逃げるかのよっ!
学生達は戦っているのに、社会的信用のある大人が逃げる。もうルールが変わっていて大人だからと無条件である程度の信用はできない。
クソがっ!いい勉強になったよっ!
グッと短剣を握りしめる。
落ち着け俺、今はそんなこと言っている場合じゃない。俺が抜けると一気に学生達が不利になる。俺は頭を振って怒りを押し殺すとすぐに表に出て行く。
俺が一瞬姿を消していた分、バラバラに散っていたゾンビ達が学生達に集まりかかっている。残り二十体。他のゾンビが集まる前にケリをつけよう。
「七瀬さん!離れているのは任せたっ!」
「了解ですっ!」
俺が声を張り上げるとすぐに返事が返ってくる。
離れているゾンビは七瀬さんに任せるとして、俺は数の不利で押し負けている学生達のいるところに突っ込んでいく。
倒せるゾンビは倒して、無理そうなのは適当に短剣を振り回して腕を斬り、足を斬り、注意を引いていく。
俺の方に振り向いた二体のゾンビが鉄パイプで貫かれる。弱点は把握しているようでしっかり心臓に突き刺さっているが、それでもまだ多い。
七瀬さんが撃ち抜き、俺が纏っているところに突っ込み、学生達が隙をついて交互にゾンビを倒していく。
最後の一体を倒したのは数分後のことだった。
「大和さん!大丈夫でしたか?」
すぐに七瀬さんが飛び出してきて俺の身体を確認する。だけどこのスーツ結構ボロボロで今の戦闘でどこが破けたとか全然わからん。七瀬さんがペタペタと俺の身体を触ってくるが、子供の無事を確認しているみたいでちょっと恥ずかしい。
「大丈夫ですよ。七瀬さんも無事みたいでよかった。すっごく助かりました」
二人でお互いの無事を喜んでると申し訳なさそうに声がかけられる。
「あ〜申し訳ないけど、一旦中に入りません?またゾンビがくると面倒ですし」
学生のリーダーっぽい男子が声をかけてくる。短髪のちょっと目つきがキツい運動部っぽい感じの子だ。他の子達も何か言いたそうにこっちを見ている。
「ああ、ごめんね。中に入って休もうか。俺もちょっと疲れたし」
そそくさとみんなで連れ立ってにスーパーの中に入っていく。
「七瀬さん」
紅一点の女の子が七瀬さんに近づいていく。制服にジャージの下だけはいている子だ。七瀬さんは立ち止まるとその子と目を合わせる。
「久しぶり。古高さん」
「よかった。七瀬さん雰囲気変わってるから別人かと思っちゃった。それに足、治ったんだね!」
嬉しそうに話しながら後ろをついてくる。俺は他の三人と共に店内を歩いて行く。何があるかわからないし、あまり奥には行きたくないんだけどな。
さっさと逃げたおっさん達の例もある。七瀬さんは顔見知りかもしれないが俺にとっては見知らぬ高校生。警戒しておいて損はない。
とりあえずアイテムボックスから物を出したくないのでそこらに転がっているペッドボトルを二つ拾っておく。
着いた先は始めに俺たちが段ボールに入ってる商品を片っ端から回収していったところだ。
「あれ?段ボール少なくなってないか?」
そりゃ気がつくよね。俺は冷静を装いながら若干焦る。七瀬さんを見ると目が泳いでいる。そこで俺は擦りつけに入る。
「何だって!?俺達を見捨てて逃げた人達が持っていったんだろうな。ここ裏口があるし」
そう言いながら裏口の扉を指さす。
「アイツらっ!本当に最低な奴らだぜ!」
「俺らを囮にして回収してったのかよ!」
「今度会ったら一発ぶん殴ってやる」
ゾンビと戦わず逃げたのを思い出したのか口々におっさん達を罵りはじめる。なすりつけ成功。俺はウンウン頷きながら七瀬さんを見るとちょっと苦い顔をしている。
「七瀬さんもちょっと疲れているみたいだし、スペースもあるからここで一休みしよう」
これ以上の愚痴大会は七瀬さんにダメージが入るので止めておく。もちろん俺はノーダメージだ。
俺が端の方に座ると、七瀬さんも俺の隣にきて座る。さっき拾っておいたペッドボトルを開封し七瀬さんに渡して、俺ももう一本を飲みはじめる。
学生四人も俺達と向かい合うように座り、若干変な顔をしている。何か変なことがあったのだろうか?
それはさておき、一息ついたところで早速情報交換といこう。
「俺から名乗らせてもらうよ。俺は久我大和。こちらは知っている人もいるみたいだけど七瀬愛理さん。今は二人で行動してる」
俺が名前を名乗ると古高さんだったかな「二人で……?」みたいな声がボソッと聞こえてくる。おっさんが女子高生と一緒にいたら犯罪ですかそうですか。
後ろめたいことはないのに何故かちょっとドキドキしてしまう。何だろうこれは。
「加勢してくれてありがとうございます。俺らは紅葉コミュニティの畑陽平」
「古高みずきです」
「戸田隆史です」
「香村順です」
全員が紅葉高校の生徒だそうだ。七瀬さんも同じ高校。畑くんと古高さんは七瀬さんのクラスメイトだそうだ。
「と言っても最近作ったばっかりですけど。初めは逃げたおっさん達と同じコミュニティにいたんだけど……」
彼がいうには逃げたおっさん達のいるコミュニティ〝赤城コミュニティ〟というらしいが、そこにいたそうだ。
だがステータス持ちは物資補充、その他の人間は何もせず震えているだけ。ある程度は仕方ないとは思っていたがゾンビを倒せばステータスが獲得できるとわかっても一部の大人は動かず。
それに対して抗議をしたが、元の世界で何処かしらの上の地位にいたおっさん達は学生達、ステータス持ちの意見を聞き入れず、溝が深まり、ほとんどのステータス持ちが赤城コミュニティから離反。
今は自分達が通っていた紅葉高校を拠点に紅葉コミュニティを作り生活をし始めた。それがおよそ一週間前ということだ。
「物資の補充も今のメンバーだけじゃ限界に来ていたんだ。それなのにあいつらときたら、戦えない人間もいる、の一点張りで何もしようとしやしねぇ。回収してくる物資が少なければ文句を言うだけ、何様だと思ってるんだっ!」
畑くんが吐き捨てるように言い放つ。他の三人も悔しそうに頷く。
ステータスを獲得するのも命がけだから、いきなり戦えと言われてもほとんどの人が無理だろう。
俺だって必要に駆られて戦うしかなかった口だ。彼らの言い分はわかるが、俺もそのコミュニティにいたら戦いたくない方を選んだだろう。
さらに畑くんが言うには、無線が使えず、車のエンジンもかからず、電気系や燃料系は大型の物は軒並み動かないらしい。使えるのはライターなどの小型なものだけ。
政府の助けは絶望的だそうだ。確かに飛行機やヘリコプターを見た覚えがない。
「そうか……。それは大変だったね」
畑くんの話である程度コミュニティの現状を知ることができた。とても良い状況、とは言えないが最悪な状況とは言い難いので多少は安心する。
「久我さんと七瀬さんはコミュニティには所属していないんですか?」
さきほどの〝二人で行動している〟に引っかかったのか畑くんが聞いてくる。まぁこの状況でコミュニティに所属せずに生きのびている人は多くはいないだろう。
「俺は今まで一人でゾンビから逃げ回ってたんだよ。そして数日前に七瀬さんに会って、そこから一緒に行動している。赤城コミュニティか紅葉コミュニティのどちらかで七瀬さんの両親を見かけたとかないかな?」
七瀬さんの両親の情報も欲しいので聞いてみる。すると今まで黙っていた古高さんが情報をくれた。
「赤城コミュニティにいたときに、七瀬さんの両親だと思う人が私のところに来ました。七瀬さんの名前を言ってたのでそうだと思います」
当時は避難民が集まって多くの人が肉親を探していたのでうろ覚えだそうだが、まず間違えないと教えてくれた。
「よかった……」
七瀬さんがほっとしたような嬉しそうな表情を見せるが、すぐにその表情を引き締める。両親がなくなっている人もいることを思ってのことだろう。
「なら俺達の行き先は〝赤城コミュニティ〟だな」