第12話
管理室に鍵を返し五階の七瀬家に戻ってくると、七瀬さんが悩んでいた。
「大和さん、帰れなくなった場合って何処か泊まれそうな場所はあるんですか?」
ほぼないんだけど、崩壊後にほとんど外に出てない七瀬さんには実感がないか。
「ホテルに泊まるとかって意味ならほぼないと思った方がいいね。安全な建物内に入れないと思って準備をしておいた方がいい」
「わかりました」
七瀬さんは腰のポーチにどんどん食料を入れていく。まあ多くて困ることはないけど、何泊するつもりなんだって思う量だ。
さらには毛布や着替えなども入れていく。着替えは必要かもしれないが、ジャージしか強化していないので着替える余地はないと思う。主に安全面で。
俺も七瀬さんも腰のアイテムボックスには武器や生活必需品を約一週間程度はすごせるように入れておく。背負うリュック型のアイテムボックスには回収した物資を入れるために何も入れない。俺も七瀬さんにHP回復薬、解毒薬、MP回復薬を渡して緊急時に備えておく。
「念のためだけど、他の物資を回収している人達とトラブルになった時は逃げることが最優先ね。相手のレベルがわからないけど、一カ月ほど先行していると考えると俺よりも高レベルの可能性が高いしどんなスキルを持っているのか不明だから」
俺はそう言うと、リュックから遮光カーテンを取りだす。
「カーテン、ですか?何に使うんです?」
「できるかどうかわからないけど、こうする。幻想拡張」
魔力でカーテンを包み込む。イメージは〝迷彩〟このカーテンをフード付きのマントに変える、さらにフードを被っているときに他者からの認識を阻害する。わかりやすく言うと見つかりにくくする。遮光カーテンという光を通しにくいものを使うことで光を反射させず視覚を確保している人間の目に入りづらくするイメージだ。
魔力を通すものだからちょっと時間がかかる。これだけだと若干足りないか……追加で条件をつける。フードを被った時に効果が出るように。条件をつけたことで安定したのか魔力が収束していく。完成だ。
「ちょっと七瀬さん俺を見ててくれるかな。実験したい」
「見てるだけでいいんですか?」
俺は頷くとマントを羽織る。スーツにマントとか昔のマジシャンかと思うような格好だがしょうがない。フードを被ると七瀬さんの驚くような顔が見えてくる。
「何ですかそれ?大和さんが消えました」
「これは人の視覚に映らないようにする、迷彩マントってところかな。遮光カーテンを利用して光を吸収して目に映らなくさせる。これがあれば隠密行動もできるんじゃないかと思ってね」
俺はそのままちょっと動いてみる。俺からはマントも身体も見えるから七瀬さんが見えないと言っているのが不思議だ。これも魔力的なものなんだろう。
「あっ、でも動くとわかります。普段よりは見つかりにくくなる程度?」
「えっ、そうなの?動かない時限定で見えなくなる感じ?」
頷く七瀬さん。これはちょっと予想外。じっとしていれば消えるってことは〝潜伏〟マントってところかな。まあそれでも逃走用としてはかなり良いんじゃないだろうか。あとはゾンビに効果があるかだがそれは期待していない。
七瀬さんにも羽織ってもらい効果を確かめる。確かに動かなければ視界から消える。光学迷彩的な感じだ。ただ動きだすと途端に見えるようになる。
急遽作ったものなのでこれでいいか。七瀬さん用にもう一つ作成する。
「さて、今度はこれだ。幻想拡張」
眼鏡を取りだしてスキルを使う。これのイメージは〝鑑定〟眼鏡。眼鏡の全体像は変化させず、レンズ部分にレンズ越しに何かを見ると物や人の詳細が出てくるように。
そしてこれにも条件をつける。常に目に映るものの詳細が出ていると視界が阻害されるのでキーワードとして〝鑑定〟と言葉を発した時に〝指定〟したものの詳細が表示されるようにする。
これもキーワードを設定したことで安定し魔力が収束。一つしかないが鑑定メガネが完成した。適当に持ってきたものなのでお洒落感はないが今は機能のほうが重要だ。
眼鏡をかけると度はなくなっていて、ただの度無しの眼鏡である。試しに潜伏マントを手に取りキーワードを発する。
「鑑定」
【潜伏マント】フードを被った時、動かない時、二つの条件下で効果を発揮し人の視界に映らなくなる
成功だ。ちゃんと詳細が表示されている。
潜伏マントの人の視界に映らなくなるってのが人限定っぽいけど、今の俺達には十分だ。そのうちゾンビに感知されないようなものも作りたい。
「七瀬さん、七瀬さんも鑑定してもいいかな?」
「ちょっと待ってもらっていいですか!?どこまで表示されるかにもよります」
鑑定の表示が気になるのだろう。まあ女性だからな。ということで先に七瀬さんに渡して俺を鑑定してもらう。興味津々に七瀬さんが眼鏡をかける。
「かけただけでは何も表示されないんですね。普通の眼鏡です」
俺がキーワードと指定が必要だと教えて七瀬さんが俺を鑑定する。
「大和さんの詳細が表示されました。名前、タイプ、レベル、スキルですね」
ちょっとほっとしたように七瀬さんが教えてくれる。あれ、ステータス補正は表示されない?
「ステータス補正は?スキルの内容は見ることはできる?」
「ステータス補正は表示されないです。スキルの詳細は……ちょっと待ってくださいね」
七瀬さんが鑑定メガネで何やかんややっている間、俺もじっと待つ。
「ダメですね。これ以上は表示されません」
諦めて七瀬さんが鑑定眼鏡を返してくる。補正とスキルの詳細が見れないのは微妙に使えないな。まあレベルとスキルがわかれば大凡の強さと戦い方が予想できるのでそれで良しとするか。
「じゃあ鑑定させてもらうね。鑑定」
ナナセ アイリ
タイプ:一般人タイプA
レベル:3
固有スキル:
スキル:射撃
これだけか……眼鏡を通して見ているのでタップして更に詳細表示にすることはできない。あまり考えたくはないが人と戦うことも俺は視野に入れている。平和な時だって犯罪者は常にどこかにいたんだ。既に終末世界に適応した犯罪者集団がいても不思議じゃない。
「な、何かおかしなものが表示されてますか?」
俺が鑑定を見て考え込んだのを見て七瀬さんが不安そうに聞いてくる。これは良くなかった。七瀬さんが変に思うのも当然だ。
「ごめんごめん。鑑定結果は七瀬さんが見たのと同じだよ。黙ってしまったのは鑑定眼鏡の性能にちょっと不満があったからなんだ」
「これだけ表示されていれば十分だと思いますが……」
「七瀬さんも気がついているとは思うけど、人同士で争いになることを想定してるんだ。これだけでも十分有利にはなるけど、俺の幻想拡張みたいな文字だけじゃ効果の判断ができないスキルが怖いんだよね」
〝人同士〟の部分で七瀬さんが若干反応するが、考えないようにしていただけで薄々は理解しているのか大きな反応はない。
「大和さんは……人同士で争うことになったら、どうしますか?」
七瀬さんが遠慮がちに、申し訳なさそうに聞いてくる。
「俺は基本的には逃げるよ。ただ、逃げられない場合は……殺し合いになるだろうね。そうなったら俺は躊躇しない。まだ死にたくない」
はっきりとキッパリと俺は七瀬さんに言い放つ。ちゃんと覚悟は決めておかないといざという時にビビって動けなくなる。たぶんいざとなっても人は殺せないかもしれないが、その時はその時だ。