第11話
「七瀬さんっ!」
俺は家に飛び込むとリビングの扉を勢いよく開ける。
「どうしたんですか?そんな慌てて」
リビングに七瀬さんはいなかったが、キッチンの方から声がする。キッチンに行くと夕食の準備をしている七瀬さんを発見。
「人を見つけたかもしれない」
俺が真面目な顔でそう口にすると、一瞬何を言われたのかわからなかったのだろう。徐々に驚きの表情になってくる。
「本当、ですか?」
「はっきりとは言えない。説明するよ」
俺は屋上でスナイパーライフルで遊んでいたこと、スコープで学校方面を見ていたこと。そこで崩れていないアパートのカーテンの陰にゾンビとは違う動く
ものを見た話をする。ただ遠くてはっきりと人だとは断言できない。
「学校がある方向だ。もしかしたらコミュニティができていて他の場所もゾンビが少なくなっているのかもしれない。そして物資の回収をしている可能性がある」
見た限りではゾンビではないように感じた。動きが早かったというのが理由だが。そして籠城しているとも思えない。七瀬さんは俺と会うまで一ヶ月以上ここで一人で籠城していた。家族三人分という多めの食料がある環境で水が使えて。それでも限界に来ていたのだ。
大量の物資を普段から備蓄していなければここ以上に籠城できる住居はないように感じる。スーパーなどの物資が大量にあるところは別だが。たぶんそういう所は小さいコミュニティができているんじゃないだろうか。
ただ七瀬さんの話では大量のゾンビが初日から徘徊していたそうだから出入り口の多いスーパーなどは、初日で阿鼻叫喚の騒ぎだっただろう。
そう考えると、俺は今のゾンビが少なくなっているうちに大量の物資を獲得した方がよかったのだ。たぶんみんなゾンビが少ないことには気がついているはずだ。俺は何日無駄にした?三日か四日か?
通常時ならまだしもゾンビが発生して一ヶ月以上だ。人が多く集まる所ならすぐにでも食料調達の必要があるだろう。このゾンビが少なくなった今は一斉に動き出すと予想しておかないといけなかった。
考えているうちに自分の失態に歯噛みする。アイテムボックスを作ったせいで余裕を持ってしまった。近くに誰もいないと思ってしまった。このままゾンビが少ないままなら食料が食い尽くされ奪い合いになるかもしれない。
スタート時点で俺は一ヶ月遅いハンデを背負っていた。そのおかげで何とか生きられたことは否めないが生き残っている人たちの状況を考えてなかった。どれだけ生き残って、何人のステータス持ちがいるのかを探らないといけない。
ここにずっといるなら尚のこと物資の回収は最優先で行わなければいけなかった。現状でも一年は生きていられるだけの食料はあるが、足りなさすぎる。
「七瀬さんは、今後はどうしたいですか?レベルアップで足の筋肉も通常時ぐらいに行動はできるようになっていると思いますが」
俺の言葉に考え込む七瀬さん。即答で人の集まるコミュニティに行きたいと言うかと思っていたんだけど、そうでもないのか?
「私は、まずは両親の安否を確認したいです。なのでコミュニティがあるなら行ってみたい。ただそれからどうするかは……大和さんはどうするんですか?」
「俺は、あまりコミュニティには行きたくないんだ。幻想拡張が便利すぎて、知られてしまったらいいように使われるだけだろうし、隠してて後からバレたら責められもするよね。集団に所属するのはギリギリまで遠慮したい」
コミュニティに行くならこのゾンビの少ないタイミングしかない。それなら何とか逃げながら食い繋いだと言い訳もできる。最低限、ステータス持ちだということはバレてもいい。
「幻想拡張……確かに便利ですよね。バレたら引っ張りだこですね。強制的に強化を延々とする仕事をさせられる。集団の怖さは私もわかっているつもりです」
七瀬さんも幻想拡張の危うさはわかってくれたみたいだ。俺だって絶対使いたくないというわけじゃない。
「怪我をした人やゾンビ毒に掛かった人がいるなら助けられるなら助けたいとは思う。けど、それで俺の自由が縛られるのは嫌なんだ。バレた時点で、そのコミュニティの所持品みたいな扱いになるだろうね」
それを回避するには俺がそこで権力を持つしかないが、それも大して変わらない。他人に使われるか、自分で使うかの違いしかない。どっちにしても自由はなくなる。
そこで俺と七瀬さんは黙り込んでしまう。七瀬さんが何を考えているかはわからない。
「七瀬さんがコミュニティに行きたいというのはもちろん尊重する。あくまでも俺自身の問題だからコミュニティに行くのは協力するから安心して欲しい」
すると七瀬さんがちょっと怒ったような初めて見る表情をする。
「それは心配していません。私は大和さんを信頼しています」
初めて会った時は散々だったけど、まあ信頼関係が築けているならちょっと安心する。七瀬さんが俺のスキルを無闇に吹聴することはないだろう。
「ありがとう。じゃあ明日からの行動だけど、ちょっと方向性を変えたいと思う。今は七瀬さんのリハビリとレベル上げを中心としていたけど、物資調達を最優先にしようと思う」
「物資ですか、コミュニティとの合流ではなく?」
不思議そうな顔をする七瀬さん。
「ああ。七瀬さんがすぐに合流したいというなら止めないよ。ただ、俺達は二人とはいえ小さなコミュニティみたいなものだ。何かあった時のためにも自分が生きられるだけの食料は確保しておきたい。第二にコミュニティの調査。合流するコミュニティがまともである保証はない」
ゾンビが徘徊して食料も何もかもが足りない状況だ。危機的状況になったときに人間がどんな行動を取りだすかなんてわかったものじゃない。秩序を守って行動できるのか?俺自身、こんな状況になって多少の余裕はできてきているが他人のための自己犠牲なんてできないし、自分のことが優先だ。いざとなった時、逃げる体力を確保しておくにはしっかりと食事をしておくのは重要だし、逃げた後にも食事は必要だ。それに受け入れてもらえるのかもわからない。
「わかりました。明日から周囲のスーパーやデパートを周りましょう。私も多少は戦えるようになったので足を引っ張ることはないように頑張ります」
そこから俺達は俺が持っている地図に七瀬さんが知っているコンビニ、スーパー、ショッピングモールなどの位置をチェックしていく。基本二人一緒に行動し、離れ離れになった場合は七瀬さんは動かず俺が探す。
物資調達の人とかち合ってしまった場合は、今は接触せず相手の拠点が何処かを探るとして纏った。意図せず接触した場合は、その場の判断で。
「七瀬さんは明日の準備を。下手すると帰ってこれないこともあるので食料などは多めに持っていきましょう。俺も少し準備します」
俺は部屋から出ると一階の管理室に向かう。今日はゾンビが入ってきていることもなく問題なく管理室に入ることができた。
管理室に置いていた鍵が入っている箱を持つと二階から部屋を探索する。前に入った臭い部屋を避けその隣の部屋へ。
鍵を開けると若干臭いはするが耐えられないほどじゃないな。まずは寝室に行くと、思った通りカーテンが完全に光を遮っていて暗い。俺が欲しかった遮光カーテンだろう。
「目的の物ゲット」
カーテンを外してリュックに入れておく。さらにタンスやクローゼット、机の引き出しなどを漁って行く。
運がいいことに眼鏡も発見できた。これで鑑定眼鏡も作れるかもしれない。キッチンには包丁はなかったが果物ナイフがあったので貰っていく。
今はこれで十分だろう。