第8話
昨日一日遊んだ俺たちは朝になって探索の準備を始める。まあ鍵の掛かった家だし、どうやって家に入るかが問題になった。
幻想拡張で何でも開けられる魔法の鍵が作れないかと思ったけど作れなかった。何でもっていうのが問題で俺のイメージが定まらなかったのだ。
ドアを壊すのも時間が掛かるし、まずは一階の管理室に行ってマスターキーか予備の鍵を探す事にした。ステータスの影響か七瀬さんの足は驚くほど順調に筋力が回復している。素早さが上がる靴を履いているせいか足取りも軽い。
装備としてはお互いに短剣一つと、ハンドガン二丁だ。昨日の夜に強化しておいた。MPが余るのも何か勿体ない気がして、使える時に使っておいたのだ。
マンション内の探索なのでそこまでの装備は必要ないとは思ったが、何処かからゾンビが入り込んでいる可能性は否めない。
「じゃあ行こうか。一階は自由にゾンビが入れるから常に緊張感を持って俺が警戒、七瀬さんが探索、という型でいく」
「わかりました」
言葉少なく七瀬さんが緊張した面持ちで頷く。俺も頷き返すとゆっくりと階段を先行して降りて行く。何事もなく一階のシャッターの前にたどり着くと、シャッターに付いている扉をゆっくりと開ける。
左右を見回してゾンビがいないことを確認すると、七瀬さんに合図をして一緒に廊下を歩いていく。
このタイミングでか、もう少しで管理室の前にたどり着くと思った時に、外からロビーにゾンビが入ってきたのが見える。まだゾンビはこちらに気が付いていないのかふらふらしている。
これは丁度いいかもしれない。
「七瀬さん、ゾンビがきます。ちょっと距離があるけど、一発撃ってみませんか?」
「ハンドガンですか?でも、自信がないです……」
緊張した面持ちで腰につけているピンクのハンドガンを見る。
「外しても大丈夫。撃った瞬間に俺が飛び出して仕留めるので。練習ですよ。ゾンビは動いてますが、こっちにまだ気が付いていないので」
「……わかりました。やってみます」
そういうと七瀬さんは震える手でハンドガンを構える。
「いいですか?よく狙って、一発だけです。外れたとしても何度も撃たないように。一発撃ったらハンドガンを下に向けてください。飛び出した俺に当たっちゃいますからね」
俺は構えている七瀬さんの隣にくると、ゾンビが角から出てくるのを待つ。七瀬さんの緊張と呼吸音が聞こえてくる。
張り詰めた緊張が数秒続いたとき、ゾンビが角から姿を表した。ゾンビはゆらゆらとこっちを向くと、俺たちを発見して口を開こうとする。
その瞬間に七瀬さんがトリガーを引く。薄暗い廊下を紫色の魔力が軌跡を残してゾンビの胸に突き刺さる。その瞬間に俺は飛び出し、短剣をゾンビに向ける。
だが、ゾンビはビクリと震えて崩れていく。七瀬さんの魔力弾がしっかりと胸の心臓部に直撃していた。俺はゾンビの目前で止まると短剣を下げる。
これ、俺より射撃上手くない?ズルいんだけど。
振り向いて七瀬さんを見ると、約束通り銃を下に向けて、固まっている。昨日散々練習したからな。
「やったね!練習の成果がすぐに出るとは。射撃に適性があるんじゃないかな」
固まっている七瀬さんの手を取るとガッチガチに力んでいる指をハンドガンから外させる。こっちを向いて驚いた顔をしている七瀬さんにハンドガンを渡すと両手を上にあげる。
「ハイタッチだよ。大成功したんだから」
俺が笑ってそういうと。七瀬さんも笑顔になってパチンッと音を立てて俺たちはハイタッチした。
「大和さん。できました!そしてレベルが上がりました!」
嬉しそうに七瀬さん。そうか、確かレベル2には一体倒せれば俺も上がったな。最初の一体でステータスを獲得し、二体目でレベルアップということか。
「管理室に着いて中の安全を確認したらステータスを見てみよう」
管理室の前についてちらりと七瀬さんを見るが初めてゾンビを倒した時ほどの嫌悪感はないみたいだな。ある程度自分の中で消化できたんだろう。遠距離で倒せるというのも嫌悪感を軽減させる要素の一つだと思う。
管理室は初めてここに来た時と同様に鍵がかかったままだ。どうやって壊そうかと悩んでいると、七瀬さんがハンドガンを取りだして聞いてくる。
「映画とかだと、銃で撃ちぬいて鍵を開けるのを見たことありますが、やってみていいですか?」
確かに見たことあるが、鍵の閂とも言える部分を抜かないと引っかかって扉は開かないんだよな。とりあえずやってみるか。
「お願いしていいかな。俺は少し離れておくよ」
七瀬さんは一メートルほど、俺はさらにその後ろに陣どると、七瀬さんが狙いを定めてトリガーを引く。鉄をぶっ叩くような音が聞こえ、ドアノブの上の方に穴が空いている。とりあえずドアノブを捻ってみるが開かない。
「もう数発撃ってみるか?MPが俺の方に余裕があるから俺が今度やってみるよ」
七瀬さんと場所を交代してどこに撃ちこむか考える。ドアノブの交換をしたことがあるのでおおよその構造はわかるけど、ドアノブを壊して中をいじくったほうが早いかもしれないな。
俺はハンドガンを取りだすとドアノブを破壊する。中の構造が見えたところで、短剣をぶっ刺してこれだと思う金具をガチャガチャいじる。たぶんこれで開くはずだ。ただドアノブが吹っ飛んでいるので持つところはないが。
「私達って力技ですね……」
「異世界のチート主人公と違うところは、そこだね!」
二人で笑い合いながら強引に扉を開ける。
中に入って扉を閉め、いないとは思うが、ゾンビが入り込んでいる可能性を否定せずまずは安全確認から始める。管理室の中はそこそこ広く、奥には休憩するための小さい部屋などもあった。安全確認が終わると、鍵のかかったどう見ても鍵が入っていますと言いたげな壁についている箱を見つける。まずはそれの鍵を見つけるために机の中を漁っていく。
七瀬さんは奥の休憩室の方に行って何かしているが、何か役立つものはあるのだろうか?
机の引き出しからいくつかの鍵を見つけると、壁にかかっている箱に鍵を差し込む。二つ目で開けることができた。開くとそこには、各階ごとに分けられてプレートに部屋番号、その下に鍵がかけられているのを見つけた。
「よし、これで探索ができる」
「見つかりましたか?私はこれを見つけました」
後ろから声を掛けられて振り向くと、七瀬さんは灰色のバッグを持っている。
「鍵は見つけたよ。それは何?」
「これは災害時の緊急避難用のバッグです。何かの役に立つと思って」
確かに管理室にあっても不思議じゃないか。たぶん乾パンや水、便利グッズが入ってるのだろう。
「それも貰っていこうか。あればあるだけ役に立つし」
頷くと七瀬さんはバックごと自分のリュックに入れる。
それ以外だと目ぼしいものはなく、鍵は箱ごと持っていく事にした。鍵自体に番号がついているわけではないので、鍵だけ持っていくと部屋と鍵が一致しなくて面倒だからだ。
管理室を出た俺たちはまずは二階から探索する。端から順番て事で201を開けてみる。この部屋は地震前から帰っていないのか玄関開けた時点で物が腐った臭いがし、部屋に家具が倒れて散乱している。
「お邪魔します」
人はいないとは思うが念のため言っておく。臭いで入れないのか七瀬さんは玄関先で顔を顰めている。
「窓を開けてくるよ」
俺は靴のまま中に入り、カーテンの隙間から外を覗きゾンビがいないことを確認して窓を全開にする。