第5話
コンビニにたどり着くまでに数体のゾンビを倒した。その中で一つ失敗があったのがハンドガンによる射撃だ。調子に乗って十メートルぐらいの距離から撃ってみたが見事に外れ、ヘッドショットになってしまった。
ヘッドショットになったのだから当たりだろ、と思いたいところだがゾンビは死なず声を上げられてしまった。もうほぼコンビニの近くだったので逃げることもできず、そこでゾンビを迎撃しまくった。
とは言っても、周囲にゾンビが少ないのか数体倒したところでお開きになった。その間も何度か撃ってみたが、当然ながら距離が離れていると動きながら当てることなんてできず、ガン・カタの様な近接射撃をする事になる。
あくまでもガン・カタの様なであって、ガン・カタとは似ても似つかないパチモンの動きである。
「はっきり言わせてもらうと、拳銃を持っちゃいけない日本の法律が悪い。だから当たり前のように当たらないのは俺の腕が悪いとかセンスがないとかじゃ決してない。義務教育に銃の撃ち方を取り入れるべき」
そんな言い訳をぶつぶつ呟きながら俺はコンビニの物資を回収する。とりあえず容量には余裕があるので目につくものをどんどん入れていく。
洗剤から何に使うかよくわからない金具、猫の餌からトレーディングカードまで。
コンビニの店内から倉庫まではまるまる回収は終了。このリュックどれだけ容量があるんだよ!?これはまさにチートアイテムだな。
そして暗くなるまでは多少時間がある。
「遠回りしながらゾンビを狩ってレベル上げでもするか。それとも帰ってマンション内の物資回収をするか」
一人残している七瀬さんの事は心配だが、こればっかりは自分自身で結論を出してもらうしかない。俺とずっと一緒だと考えも纏まらないだろうし、時間も必要だろう。
マンション内の物資の回収も早めにしておいきたい。鍵かかっている家に侵入するのは気が引けるがほとんどの人がもう存在しないらしいし。使わずに放置されるよりはって考えは傲慢かな。
「よし、狩れるだけ狩っていくか、レベル上げは重要だしな」
レベル10になってからのHPの上がり方も気になるしな。
ふと、昨日戦った異形のゾンビが頭を過ぎる。あれはヤバかった。動きがスムーズ過ぎて人と戦っているようだったし二回ほど死にかけて生き残ったのは運が良かった。
あれが出てきた時点でステータスのない、レベルの低い人類は逃げられない。レベルを上げることの重要性が身に染みた。逃げるんじゃなくゾンビと戦ってレベル上げと共に戦闘に慣れておかないとそのうち詰む。
俺は異形のゾンビとの戦いを頭の中で何度も何度もリピートさせて動きを確認していく。
コンビニを出るとマンションに帰りながら、仮想敵として異形のゾンビをイメージしながらゾンビに接近する。
一体目のゾンビ。正面から接近して直前で左に躱し脇から短剣を刺しこむ。ゾンビの両腕の位置は見えている。集中しているのに今までよりも視界が広い。
すぐに二体目。同じ要領で今度は右に躱しハンドガンの射撃。流石にここまで近ければ外すことはない。
いくつかのパターンを試しながら、反撃された時、躱された時の動きをイメージしながらゾンビを倒していく。
さらに正面からゾンビと対峙し、襲いかかってくる腕をハンドガンに当てて捌いて短剣で突き刺す。次は短剣の腹で腕を捌いてハンドガンで心臓を撃ち抜く。
ゾンビの数が周辺に少ないことは把握しているので仲間を呼ばれても構わず、一体一体を確実に、動きの確認を行いながら倒していく。
色々なパターンを夢中で試しているうちに周りが暗くなっている事に気がついた。現在地もうろ覚えの場所なのでもしかしたらマンションに帰るまでに暗くなってしまうかもしれない。
「不味いな。集中し過ぎた。まだ夜戦ができるような装備はない、それどころか道がわからなくなる」
そもそも電気が使えない場所は良くて月明かりに依存する。月の形によってはほぼ何も見えないと思って良いだろう。夜に行動することを前提としてないので夜目が効くようになる装備もない。
どこかに避難して朝を待つか?だが周りには崩れている建物か崩れかかっている建物しかない。俺は急いで場所を移動する。
できるだけマンションへの帰り道へ、できるだけ迅速に。ゾンビを倒しながら進んでやっと記憶にある道に辿り着いた時には日が隠れていた。
崩れているビルが暗く巨大なオブジェクトになりゾンビの存在を隠す。見えない捲れ上がったアスファルトがバランスを崩させる。
俺は物音一つしない暗い街を記憶を頼りにマンションに向かって歩く。日中とはまるで違う街の変化に本当に道が正しいのかすらわからなくなる。
今まで以上に物音、足元に注意を払い慎重に進んでいく。時折瓦礫からパラパラと崩れる音で緊張に汗が吹き出し、疲労が溜まり、精神を削っていく。
暗い、ただそれだけで余裕で歩いていた街を一変させた。
「ここまでとは思わなかった。視界が悪すぎて一時的に避難できる場所があるかすらわかんねぇ」
ふと、汗を拭った時だった。
視界の隅に何か映ったような気がして、ゾンビの襲撃に備えそちらを注視して耳を澄ます。目に入ってきたのは、薄らと黒く光る樹木だった。
「あれは……アスファルトを突き破って生えてきた木!?」
主に大通りに生えているためほとんど目にする事はなかったが、アスファルトを突き破ったように生えている木を複数確認している。道路の真ん中に生えているものもあって不自然ではあるが、ファンタジーだからで気にしていなかった。
光を発しているというよりは纏っていると言った方が正しいか?日中じゃわからない程度に。不思議なのは周りを照らしていない。あれは魔力を纏っているのか?
何となくだが樹木が魔力を纏っていると感じていた。俺が幻想拡張を使った時の物を包むような魔力に似ていたからだ。
「行ってみるか?行って良いことがあるとは思えないが、夜のこの世界を俺は知らなさすぎる」
確認は必要だと思ったが、自分の考えに首を振る。いつかは確認しなきゃいけないが、それは今じゃない。夜に動ける装備を作ってからで十分だ。
俺の作戦は〝命大事に〟だ。緊急でない限りはリスクがありそうな行動は控えた方がいい。今の状態が既にリスクしかないのだから。
少し開けているスペースに出ると、元駐車場だったんだろうか?出入り口に一畳ほどの大きさの人が入れる管理室を見つけることができた。
窓は一方向しかなく、外を確認することも、出ようと思えばそこから這い出ることもできるのでちょうどいい。
ゾンビを警戒しながら管理室の中に入る。若干傾いているが、夜の間ぐらいは崩れずに持ってくれるだろう。
真横をゾンビに通られると中が丸見えになってしまうので安心はできないが、外でウロウロするよりは時間を稼げる。運が良ければ見つからずに過ごせるだろう。
俺は汗を拭いながらリュックからペットボトルを取り出して口にする。できるだけ端に窓から死角になるように移動して、座り込む。
「暗くても見えるようにするには暗視スコープか。でもあれって赤外線飛ばしてどうこうって感じで無駄に遠くまで赤外線飛ばしてゾンビを集める可能性もあり。それとも魔法的な何かで夜目がきく眼鏡とか作った方がいいか」
眼鏡ね……眼鏡は一つで多くの機能がつけられれば良いんだけど。候補としては〝鑑定〟〝追跡〟〝夜目〟〝探知〟ってところだな。機能を使うたびにメガネを掛け替えるとかダルいし。
これは早急に七瀬さんに相談だな。俺がラノベ読み切るよりも聞いた方が早い。ため息を吐きながら今後のことを考えてみる。夜はまだまだ長い。