第3話
「ステータスですか?」
キョトンとして首を傾げる七瀬さん。あれ?表示されてないのかな?
「何か出てこない?ゲームのステータス画面みたいなの」
「出てこないです」
そうか、何かきっかけが必要か?〝一般人〟のタイプがあるんだから出てくると思ったんだけど……。あの球体か?いや、ゾンビでもいけるか?
「大和さんにはステータスがあるんですか?」
「あるんだよね。ステータスって言うと出てくるんだ。今出したんだけど見える?」
じっと空中を七瀬さんは見つめるが、しばらくして首を振る。
「見えないです。他人には見えない仕様ってよくある設定ですからね。……私にもステータスがあれば……」
悔しそうな表情で下を向く七瀬さん。これは……やる気があるのか?
「じゃあ、ゾンビ倒してみない?」
俺は七瀬さんに怪しい球体を破壊してからステータスが見れたことを説明する。あの球体が今の世界と無関係とは思えない。
なら、ゾンビでもいけるのではないかと。
七瀬さんが迷っているのがわかる。そりゃゾンビとはいえ生物っぽいから忌避感はあるだろう。ゾンビに人が殺されていくのを部屋の窓からとはいえ見ていたなら恐怖もあるだろう。だが、自分の身を守るには自分で戦うことも必要になってくる。
無理強いはしない。戦えなくてもできることはある。
そのうち、人が集まっているコミュニティを見つけることができたら、そこでできる仕事を見つけて暮らせばいいのだから。それぐらいまでなら俺が連れていくことができると思う。
「無理強いはしないよ。やってみてできなさそうならそれでも良い。ゾンビを倒してもステータスが表示されるかもわからないしね」
「やります。一度は諦めた命です。ゾンビぐらい一人で倒せないと生きていけませんから」
そう言って、俺を真剣な、覚悟を決めた目で見つめてきた。
◇◇◇
とは言え、ゾンビ見つけて、はい、ゾンビ倒してね!ってのは流石に難易度が高い。なのでパワーレベリングを真似ることにした。
まあ簡単に説明すると、俺が両手、頭を切断したゾンビの胸に七瀬さんが短剣を突き立てるだけ。手と頭がなければ爪を立てられることもないし、噛みつかれることもない。
最悪足も切っておけば、外すこともないだろう。手足、頭のないゾンビに七瀬さんが短剣を突き立てる。
サスペンスだな。
保険として七瀬さんには幻想拡張で防御力を強化したジャージ、Tシャツ。俊敏性を上げる靴を用意した。女子高生の使用済みジャージやTシャツを集中して持っているおっさんとか犯罪に近いな。
説明せずにジャージを貸してと言った俺に対して、七瀬さんも微妙に顔が引き攣ってたと思う。ちゃんと説明したからわかってくれたけど。
安全のためには仕方ないとはいえ、そのうち服も調達して、未使用の物を強化してあげよう。
なんて思いながら玄関の外で俺は七瀬さんが着替えて出てくるのを待っている。俺の準備は万全。
短剣が二本、ハンドガンが一丁、ポケットには解毒薬が二本、ペットボトルのHP回復薬が一本。HP回復薬は全部飲まないとダメなのか、それともある程度飲めば回復するかの検証用だ。栄養
ドリンクがなかった事も理由の一つだが。
「お待たせしました」
緊張した面持ちで七瀬さんが出てくる。学校指定の赤いジャージ、動きやすい運動靴だ。肩まである髪も結んで一つに纏めている。
「改めて作戦を。まず俺が先行してゾンビの頭、両腕を切断……」
「そしたら私がゾンビの胸に短剣を突き立てる」
「倒せた倒せてないに関わらず、七瀬さんは直ぐにゾンビから離れる」
七瀬さんが頷き、俺は短剣の一本を渡す。
「かなり切れる短剣だから扱いには気をつけてね」
俺達は一緒に階段を降りていく。七瀬さんは大丈夫かなとチラチラ見ると「大丈夫です」と答える。
まあ今回はステータスが獲得できるかの実験だけだから何とかなるでしょう。
マンションを出た俺たちは、七瀬さんのペースでゆっくりとマンションの周囲を探索する。
すると一つ目の角を曲がろうとした時に、ゾンビがいた。
こちらに向かって歩いてきているが、まだ見つかっていない。ちょっと遠いか。
「ゾンビを見つけた。もうちょい引きつけてから作戦開始ね」
七瀬さんは緊張した面持ちで頷く。短剣をギュッと握りしめていて手が白くなって少し震えている。
俺はそっと震えている手を握って「大丈夫」と声を出さずに伝える。
ビックリしていたが、震えは止まり多少は力みがなくなったみたいだ。
さて、ここからはまず俺の仕事だ。頭と腕の切断とか俺だってやりたくない。嬲って喜ぶ趣味は俺にはないのだ。
「いくよ」
一声かけると七瀬さんを見ずにゾンビに急速に接近する。俺を感知したゾンビが声を上げようとするが、間に合っていない。
声を出す前に短剣で首を一閃する。
微妙に届いていなかったのか首の皮一枚で繋がっていて、後ろに首が倒れてポトリと千切れ落ちる。
顔を顰めつつ、抱きつくようにのしかかって来るゾンビの横を体勢を低くしてすり抜け、同時に左腕を斬り落とす。
ゾンビの後ろに回り込んだ俺は、振り下ろすように右肩に短剣を入れ強引に右腕を引きちぎる。
こっちを振り向こうとしているゾンビにさらに足払いをかけて転ばせて終了だ。
「七瀬さん!」
道路の角で呆然と立ち止まっている彼女に声をかける。ビクリ、と彼女が俺の声に反応するが動かない、いや、動けないのだろう。
俺は周囲を警戒しながらゾンビが起き上がらないようにゾンビの腹に足を乗せて固定する。七瀬さんは動かない。
とりあえず一旦とどめ刺してから話し合うか、そう思った時に七瀬さんが動き出した。ゆっくりと短剣を握ったまま歩いてくる。
ゾンビの近くまで来ると、チラリと転がっている首と、俺の顔を見る。
俺が頷くと、七瀬さんは短剣を逆手に持ち、ゾンビの胸にしっかりと短剣を突き刺した。
ビクリとゾンビが震えた途端に、慌てて七瀬さんはゾンビから離れる。ちゃんと約束は覚えていたみたいだ。崩れるように座り込むと腰が抜けたように動けなくなっている。
顔が真っ青になっているのを見ていると、俺も初めてゾンビを倒した時はそうだったのかな?なんて考える。確か俺も動けなくなってたはずだ。
俺はゾンビに刺さっている短剣を抜くと腰のベルトに固定して、呆然としている七瀬さんを抱え上げた。
「あっ……」
「頑張ったね。目的は達成したから帰ろう」
ボソリと七瀬さんが呟くが、確認するのは後でいいだろう。ゆっくりとマンションのロビーに戻ると、ゾンビに見られていないことを確認して階段を上がっていく。
家に入って七瀬さんを椅子に座らせ、ペットボトルのジュースを取り出すと七瀬さんに手渡す。蓋を開けようとして手が震えて開けられないのを見て、蓋を開けて手渡す。
流石にショックが強すぎたか、何度かゾンビを倒すのを見せて慣れさせた方が良かったかも。駆け足過ぎたことをちょっと悔やみつつ、七瀬さんが落ち着くのを待つ。
「ステータス」
突然、七瀬さんが呟く。目の動きから、何か見えているのだと感じて俺もほっとする。戦えるかはわからないがないよりはマシだと思う。
ナナセ アイリ
タイプ:一般人タイプA
レベル:1
HP:10
MP:10
筋力:C
耐久:C
俊敏:C
魔力:C
精神:C
固有スキル:なし
スキル:なし
七瀬さんは一通りステータスを見ると、俺の方を見て呟いた。
「私にも、ステータスが出ました」