第16話
左手を振り回してくる異形に何とか剣を当ててみるが今までサクサクゾンビを斬り裂いてきた鉄の剣が弾かれる。
多少は切り傷ができるがそれだけだ。
戦闘の基本は相手の攻撃パターンを覚えることだとよくモン○ン友達に言われていた。
今回の場合、覚えなきゃいけないのは異形の左腕の攻撃範囲、そしてどんな攻撃をしてくるか。
異形は左腕の攻撃に自信があるのか、最初の一回以外は突っ込んでこない。
俺は左腕の範囲から離れるように後ろに下がりつつ必死になりながら攻撃を回避している。
そこで異形の動きが変わる。
今まで振り回した腕を引くと、ぐんと腕を伸ばして掴みかかってくる。
俺は咄嗟に右に避けてしまったが、それが失敗だった。異形はそのまま腕を左に振り、俺のスーツが掴まれた。
一瞬動きが止まる。全身から嫌な汗が流れ気がつくと俺の見ている世界が逆転して、その後、衝撃と共に右腕に激痛が走る。
「うぐっ……!?」
痛みで硬直しそうななるが、必死になって周りをみまわすと少し離れたところに異形が立っていた。
そこで俺はぶん投げられたのだと理解する。どんな怪力だ!?
立ち上がろうと右手を動かすと視界が真っ白になるような激痛が走り、慌てて腕を見ると変な方向に曲がっている。
右腕が折れている。
左手をついて立ち上がり、痛みで叫びそうになるのを堪えて、左手に持っている短剣を脇で挟む。
獲物を嬲るように口を歪ませて歩いてくる異形を見ながら、俺は後退りながら腰についているバッグからHP回復薬を取り出すと蓋を口で開けて一気に飲み干す。
むず痒い感覚が右腕に走り、痛みが引いて体に活力と右腕の骨が再生していくのがわかる。
ゆっくりと右手を握ったり開いたりして痛みが来ないのを確認。ため息が漏れる。
「ふぅ……」
正直、心が折れそうだ。
一度目はぶっ飛ばされ、二度目はぶん投げられ、戦うというよりは一方的にボコボコにされてるだけで手も足も出ない。
たぶんリュックの中身も酷いことになっているんじゃないかと思う。
帰りたい……。
そういえば俺が住んでた安アパートはどうなっているんだろうか?
地震で崩れているだろうな。
そんなところに帰っても何もない。
ふと、現実逃避しだしたってことはもう半分心が折れているんだろうと自分でもわかる。
俺、ここで死ぬっぽい。
七瀬さんごめん、約束守れないみたい。
「わかった。これで最後にするよ。一か八かで特攻するから」
俺はそう異形に宣言し、背負っていたリュックを地面に下ろす。俺が何か喋ってリュックを下ろしたのを不審に思ったのか異形の足が止まる。
俺は右手に短剣を持ち変えると深呼吸して腰を落とす。
そして短剣を両手で構えて異形に突進する。右手で柄を握り、左手は添えるように。
集中力が極限まで高まったのか周りの風景がゆっくり流れていく。
俺は異形の一点、心臓だけを凝視する。
さらに足腰に力を入れて加速する。足がぶっ壊れるんじゃないかと思うぐらい全力で踏み込む。
一回目と同じだ。
俺が走っているか異形が走っているかの違いだけ。
異形は待ち構え胸を左手でガードする。
異形の攻撃範囲に踏み込み、さらに踏み込む。
ここからだ。
ーー集中しろっ
異形と接触する瞬間に俺と異形は同時に動き出す。
異形はガードしたまま今まで使わなかった右手を俺に伸ばし、俺は右手を躱して異形の右脇から心臓を狙う。
全く同じ、異形はガードしていた左腕を伸ばし俺を迎撃する。俺の右手の短剣は伸ばした左腕に弾かれ飛んでいく。
衝撃で俺の体勢が多少崩れる。
俺に異形の左腕が迫る中で、異形の口が歪んだ気がした。
ーーだが、ここからが前とは違う!
俺の短剣が右手から弾かれたのは俺が軽く握っていたから。
俺の体勢が崩れたのは左半身を前に出すため。
俺は異形の肥大化した左腕を躱すと左手に持っているものを突き出す。
ハンドガン。
最後の最後に保険で持っていたハンドガンを異形の右脇に密着させる。ハンドガンのグリップから銃身に緑色の線が現れる。
この緑色の線は俺の魔力が流れている証拠だ。俺はこのハンドガンを強化、拡張した。
ーー俺の魔力を弾丸にして撃てるように!
俺は密着させたハンドガンの銃口を、異形の右脇から心臓に向けて、一直線になる角度でーートリガーを引いた
ハンドガンを撃ったとは思えないほど左手に伝わる軽い反動、音もほぼなく、密着しているので弾丸が出ているのかすらわからない。
だが、手応えがあった。ゾンビに剣を突き立てた時と同じ。
何か固いものを撃ち抜いた感覚がある。
俺は足を滑らせながらすれ違うように異形から離れると異形に向き直り銃を構え直す。
異形は動かない。
俺は焦り出す。
倒したはずだ。
振り向くな。
倒れてくれ。
祈るように異形にハンドガンを突きつけて、俺も動けない。もう一発撃ち込んでみるか?この位置なら外さない。でも外したら……。
俺が最後までハンドガンを使わなかったのは奥の手なんかじゃない。単に当てる自信がなかったからだ。
銃を使ったことがない人間がいきなり当てるのは難しいと聞く。反動があるから。ゆっくり落ち着いた時に反動や消費MPを測りたくて使わなかった。
右手がジンジン痛みを覚える。短剣が弾かれた時に折れたんだろう。
じっと狙いをつけて異形を見ていると、ゆっくりと異形の体が傾き、一度ビクリと震えると動かなくなった。
【レベルが上がりました】
【人類の反逆者の討伐に成功しました】
レベルアップのアナウンスが流れると、どっと全身から汗が流れてくる。HP回復薬を飲んだ直後なのに全身の力が抜けて座り込みたくなる。
レベルアップの他に久しぶりに違うアナウンスが流れたが考えるのは後だ。
こんな所で座り込んではいられない。
今なら異形の影響でゾンビに会わずにマンションに帰ることができる。
俺は気力を奮い立たせると、すぐに吹っ飛んでいった短剣を拾い、リュックを背負う。投げ飛ばされた時になくした鉄の剣は遠くの方で折れて見つかった。
鉄の剣はかなりの強度があったと思うが、折れちゃったのか。念のため回収しておく。
「使い続けたから、限界だったのかも。いい剣だったけど、鉄の剣だしな」
立ち去る前に倒れて動かなくなった異形を見つめる。これもそのうち他のゾンビと同じように消えるのか。
「人類の反逆者って何だよ」
嫌な言葉だと思いつつその場を離れる。
足早にマンションに向かっていくがやはりゾンビはほとんどいない。精神的に限界がきているため戦わずにゾンビを回避する。一秒でも早く帰りたい。
「七瀬さんは無事かな。まさか襲われたりはないと思うけど」
マンションの目の前に着いたがパッと見は問題なさそうだ。念のため警戒しながらロビーに入り、閉まったままのシャッターを開けようとして右手に激痛が走る。
「そういえば指が何本か折れてるんだった」
急ぐため回復を後回しにしていたけど、これ見られたら七瀬さんドン引きするかもしれない。というか、今更思い出したけど、俺は部屋に入れてもらえるのだろうか?
この状態で居留守とか使われたら本気で泣くかもしれない。
せめてドン引きされないように腰のバッグから最後のHP回復薬を取り出すと一気に流し込む。
むず痒い感覚がして指が元に戻る。
「これ戻る瞬間気持ち悪いな。指が勝手に動いてるみたい」
指を動かして問題ないことを確認するが、治っていく過程がぐにぐにして気持ち悪かった。
五階まで辿り着くと、やっぱり気が滅入ってしまう。どんな顔で会えばいいのか。ただもう日が傾いているので今から拠点変更は自殺行為だ。
最悪屋上か、何処か鍵の空いている部屋を探すかしようと、意を決して七瀬家のドアの前まで来る。
深呼吸して、心にダメージを負う覚悟をする。
冷たい言葉をかけられるかな。愛想笑いだろうか。最悪居留守だろうけど。
ドンドンッ!
扉を叩いた瞬間に中で物音がする。
苦笑しながら声をかける。
「七瀬さん。久我です。帰ってきました」
ドタバタと物音がしたと思うと鍵開錠されドアが勢いよく開いて少女が飛び出してくる。
居留守はなかったとほっと一安心していると
「お帰りなさいっ!」
満面の笑顔と共に勢いよく抱きついてくる。
「へっ!?」
何が起こっているのか理解できず、俺は抱きつかれたまま数秒思考停止に陥る。
なんとか出てきた言葉は……
「た、ただいま?」