第15話
一階に降りるとキッチンのある方の扉をゆっくり開けて覗き込む。
中は雑然としている。
棚は倒れたまま、窓ガラスは全損して外が見える。キッチンの陰に行けば外からは見えないだろう。
壁があるから通りからは見えないが、門が開け放たれているのでゾンビが庭に来ている可能性がある。
ゾンビの気配なし。
俺は素早く部屋に入るとキッチンの陰に滑り込む。数秒耳を澄ますが、ゾンビの声は聞こえてこない。
ゾンビと戦っていて気がついたが、ゾンビは普段は声を発さない。人を感知すると声を発して仲間を呼ぶ。
すぐに物資補給をしよう。
戸棚の中には多くの食料が入っていた。
レンジで温めるご飯、調味料、レトルトカレー各種、カップスープなど。
カップラーメンや缶詰は少ないが、保存のきくご飯があったのは嬉しい。七瀬さんの体調も少しは良くなるだろう。
そしてやっと手に入った待ちに待った包丁。それだけ聞くとかなり危ない発言だが、予備の武器としてこれも何か強化したい。
包丁は一本を落ちていたハンドタオルで包んでリュックに入れる。
もう一本を手で持ち、ハンドガンをとりあえずベルトの隙間に通して落ちないようにする。
後は腹が膨れるだろう食材からリュックに詰めていく。
リュックがパンパンになると背負い直す。なんかそこまで重くない感じがする。ステータスの影響か?
これなら最悪の場合は七瀬さんをおぶって移動することも可能かも、ゾンビが少なければの話だけど。
物資の確保ができたので隣の寝室に移動する。
流石に疲れたからここで一眠りさせてもらおう。
「その前にMPを使っておこう。幻想拡張」
包丁を手に持ち魔力を纏わせる。イメージは短剣。
ゾンビの急所、心臓に脇から突いても届くような長さ。
おおよそ30cm程をイメージしながら魔力を纏わせ、一本の短剣が完成する。
元が刃物だからだろうか、性能が良さそうな感じがする。
そして寝室は鍵がかかるのでしっかり掛けて、久々のベッドの心地よさに目を閉じる。
◇◇◇
目が覚めた時にはまだ日は高いままだった。
一時間ぐらい寝たのだろう。
小さい窓から外を覗いてみるが、庭にゾンビはいなさそうだが、塀がある為その道路の様子は窺えない。
これからどうするか……食料が手に入った時点で無理にコンビニまで行く理由はなくなった。
だがコンビニに行くもマンションに戻るも大量のゾンビを引き連れかねない。
俺を見失った事でゾンビの挙動はリセットされているはず、明日まで様子見か?でも結構な数のゾンビは倒しているから今ならマンションに戻ることもできるか?
迷った挙句、マンションに戻ることにした。今なら道中のゾンビの数が減っていることに賭けた。
俺はリュックを背負い直すと両手に剣、ハンドガンはベルトで挟むように固定する。
玄関へ行きそっとドアを開けて周囲の確認。
俺は素早く出ると門の中から道路を覗くがゾンビはいない。
大雑把にしか覚えていないが、おおよそマンション方面へ歩いていく。
運の良いことにゾンビは周囲に散ったのか出会うことはない。
ラッキーと思いながら軽快に歩いていき、何とか見覚えのある道に辿り着き、後十分ほどでマンションに着くところに来ておかしいことに気がつく。
民家を出てから俺は、ゾンビに会っていない。
気がついた時にはすでに遅かった。
先に見える丁字路にそいつはいた。
身長は二メートルほど、紫色の肌、髪の毛はなく、目や鼻、耳は退化しているのか少しの窪みしかない。
そこに見える血のように赤黒い唇と白い歯。
何よりも左手だけが肥大化して膨れ上がり、立っていても地面にとどくほどだ。
一瞬動きを止めた俺と窪んで何もない異形のゾンビの目があった気がした。
異形のゾンビの口が動く、ニヤリと獲物を見つけたハンターのように。
全身に悪寒が駆け巡り、俺は一目散に近くの道に逃げ出した。
ーーあれはヤバい。今までのゾンビとは違う
あいつだっ!あいつがいたから他のゾンビが周辺から姿を消した。
もっと早く気がつくべきだった。
「クソがっ!今からボス戦かよ!主人公は何処いった。俺は〝一般人〟だぞ!」
悪態をつきながら道を走る。たまに普通のゾンビがいるが覆い被さってくるのを避けたと同時に短剣を脇から差し込み走り去る。
倒せたかなんて見る余裕はない、それに固いものを砕く手ごたえはある。
走って距離をとって後ろを確認すると異形のゾンビの姿はない。それでも何処からか見られているような感覚が消えない。
――ボスからは逃げられない……
ゲームの仕様が浮かんでくるが頭を振ってその考えを否定する。
五分ほど全力で走って息が切れて動けなくなる寸前で走るのを止める。だが前と違って足が攣ることもなく、息が整えば問題なさそうだ。
「やっぱ……はあっ、っはあ……そうなっちゃいますよね……」
息を整えようと荒く呼吸をしながら後ろを見ると、異形のゾンビが俺を見ながら歩いてくるところだった。
――戦うしかない。
異形の動きは他の一般ゾンビとは違ってスムーズだ。中に人間が入っていると言われても驚かない。
リーチの長さは左手だけ長い。
剣を持っている俺の方がリーチがあるが心臓に届かせるには左手を躱さないと難しいだろう。
異形の考察をおえると、それを待っていたかのようにだんだん異形の歩くペースが速くなり、走りだす。
これは良い展開。
そっちが突っ込んでくるならその勢いを利用して俺は鉄の剣を突き刺すだけだ。
あと二メートル程でお互いがぶつかり合うところで異形が胸を守るように左手を曲げる。
――そうきたか……
異形と重なり合う瞬間に俺は全力で異形の右側に避けるとそこから腋から剣を突きだす黄金パターンに入る。
人間みたいな挙動をするんだから心臓を守る可能性は織り込み済み。
俺の剣先が脇をとらえ吸い込まれるように進んでいく。確実に入ったと瞬間に曲げていた左腕が伸ばされて鉄の剣と打ちあう。
伸ばした左腕に鉄の剣が弾かれ、そのまま伸びてきた腕に殴られ俺は吹っ飛ばされる。
「うぐっ……」
身体が砕けるような衝撃を受けて背中から壁に叩きつけられる。肺から空気が全て強制的に吐きだされた俺は呼吸ができずに涙目になり、危機的状況を一瞬理解できずに動けなくなる。
呼吸ができるようになり、はっと気がついて異形を見ると何か不思議そうに自分の左腕を顔の前に掲げている。
左手の一撃で俺を殺せず不思議がっているのかもしれない。
助かった。今攻撃されたら確実にゲームオーバーだった。
やつの行動を甘く見ていた……。
異形の強さを一段上に修正する。
異形はほぼ人間と同じスピードで細かい動きもできる。知能があるかはわからないが一般のゾンビとは一線を画す強さであると位置づける。
これ、俺に勝てるのか?
殴られた衝撃で麻痺した腕と思考が少しづつ戻ってくる。頭の中にゲームオーバーの文字がちらつく。
心が折れそうになりながらも今の殴られた場面を思い返す。
何とか俺が立ち上がると異形がこっちを向いて近づいてくる。
壁に叩きつけられた衝撃なのか恐怖でなのかはわからないが足が震えている。
鉄の剣と短剣は殴られて手放してしまい、武器は持っていない。
――いま近づかれたら負ける
異形が近づく前に俺は真横にダッシュする。震える足がもつれて転びそうになるが何とか異形から距離をとる。
すぐに異形が近づいてくるが、それを真横に逃げて左腕の射程範囲からギリギリ逃げる。
円をかくように逃げたためやっと剣の近くまでたどり着くと、転がるように鉄の剣と短剣を拾い構える。
「やりたくないけど、ここから第二ラウンドってことで!」