第13話
俺の言葉に目を見開いて俺の顔を凝視する七瀬さん。あまり見られるとちょっと恥ずかしい。
たぶん今の俺って〝ドヤ顔〟してるのではと思い、恥ずかしさでだんだん顔が引き攣ってくるのがわかる。
「っ!?……ありがとうございます。役に立つことなら何でもします。」
七瀬さんは真面目な表情で俺をしっかり見るとそう宣言する。
おや?結構覚悟決めて柄にもないセリフを言ったんだけど……あまり心に響いてない?
まあ普段言い慣れてないからそんなものか。
にしてもどうするか。ここに居候するとしても、俺は良いとして七瀬さんは大丈夫かな。
両親のベッドとか貸してほしいけど、一つ屋根の下で見知らぬ男性と二人きり……いや、俺の方も不味いか。たぶん何もなくても既成事実として逮捕案件じゃなかろうか?
何にしてもまずは食料をここに持ってくるのが最優先。七瀬さんを見た限りかなり痩せてるから、缶詰とか屋上で火を焚いてお湯を沸かしてカップラーメンも行けるか。
ただ顔色の悪い七瀬さんのことも少し心配だ。俺がコンビニに行っている間に倒れられても困るしHP回復薬を飲ませておくべきか。
「じゃあまずは食料を取ってきます。その間にこれを飲んどいてください。栄養ドリンクです」
俺はHP回復薬を取り出すと机の上に置く。
「……これを、飲むんですか?でもこれ、ラベルもないし……」
訝しげな表情で俺とHP回復薬を交互に見る七瀬さん。
あっ……これはやらかした。完全に疑われている。
特に気にしてなかったけど、ラベルも蓋のロゴもないかなり怪しい茶色の瓶だ。
いくら何でも警戒するよな。
俺が他人から出されたら絶対飲まないと断言できる。
どうしよう。七瀬さんが完全に不審者を見る目になっている。
まあいい。それで追い出されたら追い出されたで他に行けば良いし。追い出されたら助ける約束も無効だよね。
「まぁ怪しむ気持ちもわかるけど、飲んでおいた方がいいよ。その間、俺は食料取りに行くから。……こんなこと言うと頭おかしいと思われるかもしれないけど、今はファンタジーだから」
「そう、ですか……」
俺の意味不明なファンタジー発言には触れず、さらに目つきは可哀想な人を見るようになる。
女子高生の視線に耐えられなくなった俺は、「……行ってきます」と言ってすぐに家を出た。
途端に鍵が掛けられる音を聞いた俺は仕方ないとはわかっているが、心に大ダメージを受けながら、とぼとぼとマンションを出て行った。
そうなるよな。助けてくれる人が来て希望が見えた途端の、怪しい液体を飲め、今はファンタジーとか言われたらもう頭おかしくなった不審者としか思えないよな。
ファンタジーとか余計なことを言ったのは、ゾンビなんてありえないものが存在してるってことを認識して、怪しい液体も何か起こるかもって思って欲しかったんだ。
あのままだと、たぶん飲まないし、捨てられて飲んだって言われるだけだろうしな。
まあ今の時点でも飲まないだろうけど。
飲まなきゃ飲まないで〝何でもする〟って言ったんだからもう約束は完全無効で良いよね。
そうだよな!元々俺が助ける義理なんてないし。心にダメージを受けてまで俺が何かする必要はない!
女子高生に蔑みの視線を向けられたことで俺はやさぐれながら、八つ当たり気味に道中のゾンビを倒していく。
二体出てきた時は一瞬迷ったが、一体目を正面から一突き、剣を抜きながら回転し、迫ってくる二体目に差し込む。
慣れたもので正確に動いているゾンビの心臓を狙うことができる。
レベルアップのアナウンスもあったから後で念のためステータスを確認しておかないと。
そういえば、七瀬さんはステータスはあるのかな?終末後、人に会ったのは初めてだからすっかり忘れてた。
聞きたいけど、下手すりゃ家に入れてもらえない可能性があるし、入れてもらえてもまたあの視線を受ける可能性があると思うと聞きにくい。
でも俺悪くないんだけどな。飲んでくれさえすれば効果が実感出来るから信用してもらえると確信している。
やっぱあれか?やっぱ俗に言う、イケメンに限る、ってやつなのかな。
イケメンなら無条件で信用してもらえたのかな?
……それにしても、さっきからゾンビ多くないか?進めば進むほどゾンビが歩いている。
できる限り、というか一撃で倒してはいるんだけど、俺の行くところ行くところゾンビが次々出てくる。
コンビニまでの大通りを迂回した最短ルートを通っているのに一体倒すとすぐに一体。
今のところ声を上げさせてはいないから寄ってきているというわけではなさそうだけど、何かしらのゾンビを引きつけていた要因がなくなった?
それで今まで集まっていたゾンビがバラバラに動きだしたとか。もしかしたらコンビニ周辺もゾンビが増えているかもしれない。
これをレベル上げがしやすいととるか、危険地帯ととるか。
一つだけわかっていることはこのまま増え続けるゾンビを放置しておくと、完全に逃げ場がなくなるってことだ。なら、狩れるだけ狩るしかない。
「迫りくるゾンビを片っ端から狩っていくのか。タワーディフェンスゲームみたいだ。……俺、あれ苦手なんだよな」
さっそく角のところには三体のゾンビがたむろしている。今までで最多のゾンビグループだ。
物陰に隠れながら、ソロソロと近づき、一瞬で距離を詰められるところまで来たら横を向いているゾンビの脇から心臓へ一突き。
そのまま背中を斬り裂いて二体目の右前に位置取ると心臓に向かって剣を突き出す。
当たるとわかった時点で三体目のゾンビをチラリと見ると口を開けて叫ぶ態勢に入っている。
ーー仲間を呼ばれるーー
二体目に突き刺さった素早く剣を抜くと最速で身体を前に動かすーー間に合うか!?
三体目の声を上げようとする口に剣を勢いのままに突っ込んで口内を破壊し声を封じる。
口に突っ込んだ剣を力任せに横に振って内側から頬を斬り裂くと剣を引き、ゾンビの手が俺に触れる前に胸に剣を突き立てる。
三体のゾンビが心臓を破壊されてまるでマリオネットの紐が切れたように崩れ落ちていく。
三体でも問題なくいける。中々良い動きだった。
ただ一手間違うと声を出されてゾンビが集まってくる。
軽く剣を振るってゾンビの肉と体液を振り払うと、さらに前方からゾンビがやってくる。
ーーこれは不味い
反射的にゾンビに向かって走り出す。
ゾンビの口が大きく開いていくのがスローモーションのようにゆっくり見える。
ーー間に合えーー
「あ゛ぁ……あっ」
はいっ!間に合いませんでしたぁ!
紙一重でゾンビが声を上げた瞬間に鉄の剣が突き刺さりゾンビの心臓を破壊する。
倒れるゾンビを確認することなく、俺はそのままのスピードで走り出す。
不味い。ただ、思い出せ!上半身半裸のおっさんゾンビからは逃げ切れただろ。ゾンビが何を感知して追ってきているかはわからないが、距離をとった上で身を隠せば逃げ切れる。
声を発したゾンビの場所から隠れるように路地に入る。
そこには二体のゾンビが俺の方に歩いてきていた。
「っ!?……」
「あ゛ぁ〜あぁ〜」
俺を捕捉したゾンビはすでに声を上げ始めていて回避できない。
そのまま先頭にいるゾンビに突っ込んで剣を突き立てる。
ゾンビを左にかわして後ろにいるゾンビに回転しながら剣を横凪に振るう。
ゾンビの右腕を切断しその勢いで胸を切り裂くがーー浅いーー
心臓に届いてない!?
今まで狙った時はほぼ一撃で心臓部を破壊できていたから気が抜けていた!?
いや今の状態は焦り?
コンマ数秒にも満たない逡巡で動きが止まった俺にゾンビの左手が迫ってくる。
俺の右手は大きく振り切っていて戻せない。
反射的に身体を捻り無理矢理左半身前の半身になると左足でゾンビの顎を蹴り上げる!
……つもりがそんなに体が柔らかくなく、左足は顎まで届かずゾンビの鳩尾に吸い込まれていく。
タイヤを蹴りつけたような感覚とともに、反動で俺はたたらを踏んで後ろに転んで尻餅をつく。
めちゃくちゃお尻が痛いが、ゾンビから距離が取れた!
よ、よし!計算通りっ!
覆い被さるように迫ってくるゾンビの胸に、冷静に、まるでそこに剣を置くように。
ーーそっと右手の剣を差し出すーー
ゾンビが自分から貫かれるように剣に突き刺さり、一度震えると動かなくなった。