第12話
俺が〝助ける〟と言ったのに安心したのか、少女は力なく笑顔になってドアチェーンを外し「どうぞ」と言って家の中にいれてくれた。
俺が持っている鉄の剣に一瞬固まったが、何も聞かなかった。
俺が強盗の類だとしても何も盗られるものなど何もないと思ったのだろう。
俺の方は正直、やっちまったと思っている。
一時的に助けることはやぶさかではないが、車椅子の少女だ。
たぶんエレベーターが動かない時点で他の住人に
――見捨てられている――
エレベーターは動かない。道路に出ても車椅子がスムーズに動かせるほど綺麗な道は少ない。地震の影響で道路には破片やアスファルトが捲れているところがあり、そこにゾンビが襲ってくる。
そんな状態じゃ車椅子はおろか、おぶって移動するのも屈強な成人男性だったとしても生きて避難場所に辿り着くことはできないだろう。
俺にとっても同じだ。おぶってゾンビの中を生き延びることなどできない。
せめて脚が無事であるなら一緒に行動して食料調達もできるし、戦うことができなくとも他のことができたはずだ。
苦い思いを顔に出さないようにしながら案内されるままリビングの椅子に腰掛ける。
台所の方に彼女が消えると水の音が聞こえてくる。ここはまだ水が使えるのか。
彼女は戻ってくると水の入ったグラスを俺の前に一つ置く。
「ごめんなさい。もう水しかないんです」
申し訳なさそうに謝る彼女、ああ、何日かはわからないが水だけで過ごしているのか。
俺はベルトからエコバッグを外すと中に入っているお菓子を取り出す。
テーブルの上に出していくと彼女が目を見開いていく。
「お気になさらずに。よければこれを召し上がってください。また取ってこれますから」
「いいんですか?貴重な食べ物ですよね」
そう言いながらお菓子から目を離さずに彼女は言う。とりあえず食べてから話をするか。
「誰かいるとは思ってなかったので、持ってきた分は少ないですが一緒に食べましょう」
俺は缶に入っているポテチとチョコレートを開封して一つ摘んで口に入れる。
歩き回ったから甘みとしょっぱいのがめちゃくちゃ美味い。
遠慮していた彼女も耐えられなくなったのか、一つづつ口に入れる。
そこから身体が求めているのか次々とポテチを食べ出し止まらない。
俺は苦笑しながら彼女にペッドボトルのお茶を渡すと、お礼を言いながら飲んだり食べたりが止まらない。とりあえず全てのお菓子をテーブルに出して遠慮しないで食べていいことを伝える。
さて、どーすっかな。彼女が食べている間に考える。
まずは彼女を観察する。
年齢的には高校生か大学生ぐらいか。髪の毛は肩まで、顔つきは痩せてる上に顔色が悪いのでハッキリしないが、整った顔立ちをしている。
クラスに一人はいるような男子は大抵この子のことを好意的に見ているだろうという存在だと思える。
ぶっちゃけた話、とても可愛いこだということだ。
部屋の中を見回してみると、戸棚のガラスなどは割れているが破片は落ちていないし、綺麗に掃除されている。彼女が片づけたのだろう。
「どうかしましたか? ……あっ、ごめんなさい。私ばっかり食べてしまって……」
部屋を見渡す俺を不審に思ったのか、彼女が問いかけてくるが、慌てて謝りだす。お菓子は気にしなくてもいいのに。
「ああ、いえ、綺麗に片付いてるなと思って。これはあなたが?……言い忘れていましたが、俺は久我大和と言います」
食べ終わってからでいいかと思ったが、ちょうどいいので名前を告げておく。
「あっ、すみません。私は七瀬愛理です。よろしくお願いします。足はこうですがそれ以外のことは普通にできますから」
笑顔で挨拶してくれるがポテチのカスが口についている。普段だったら笑うところだが、今はダメだろう。
それからは七瀬さんの身の上話を聞くことになった。
七瀬さんは17歳、学校がまだ存在しているなら高校三年ということだ。
車椅子なのは、半年前に交通事故にあい、完全に動かなくなったわけではないがしびれが残り感覚も多少あるぐらい。
酔っ払い運転に巻き込まれたらしい。
そして三月の初め、学校が休みで家にいたところ大地震が起こり、外からビルの崩れる音、大量の砂埃、電気が使えなくなり、スマホも圏外でテレビも使えない状態になったそうだ。
少しすると外から悲鳴が聞こえて、外を見てみるが砂埃で何も見えず。
途切れない悲鳴に恐怖で家で震えていた。
そして夜になっても帰ってこない両親。何が起こっているのか確認しようと管理室に行こうとするがエレベーターは動かない。
夜に雨が降ったのか塵がなくなり次の日に窓から見えたのは終末とも言える光景と、外を歩く大量のゾンビだ。
それからはすぐに家中の食料をかき集め、助けがくるまで立て篭もる準備をした。
一人だったから食料が何とかもって、ここまで生きてこれたが、時折外から悲鳴が聞こえてきたのは食料のなくなった人たちだろう、と。
一度、近所の人が来て、みんなで話し合って何処かに避難するという話になったが大量のゾンビに結論は出ず、そのまま今日を迎えたということだった。
「一度目の話し合いの後、それ以来、私の所に誰か来ることはありませんでした。……見捨てられたんですよね。仕方ないです」
話し終わった七瀬さんは俯いて、諦めた顔をしている。多分何度も葛藤したんだろう、涙が枯れるまで泣いたんだろう。
帰ってこない両親。
みんなの足を引っ張ってしまう身体。
何で?どうして?
こんな身体になったのは自分が悪いわけじゃないのに、と。
学校に行けば誰かができないことをフォローしてくれる。外出すればドアを開けてくれる人だっていたかもしれない。
俺だって車椅子の人がデパートの入り口で扉を開けられず立ち往生してた時はドアを開けてあげたことがある。
人は余裕があるから誰かを助けられる。
俺だってそうだ。余裕がなければSOSなんて無視していたし、このマンションにくることなんてなかっただろう。
彼女を助けられるかなんてわからない。自分自身これからどうなるかもわからないのだから。
自信はないし、正直な話、足手まといと判断した住民は仕方ないことだとしても正常な判断をしたんだと思う。自分が生きていられるかわからないのに誰が他人の世話をするものか。
俺は主人公じゃない。ステータスに表示されているように俺はただの〝一般人〟なのだから。
たぶん世界のどこかにこの状況を覆せる、万能、近距離、中距離、遠距離、回復、サポートなどのタイプを持った主人公がいるはずだ。
俺が何かしなくてもこの主人公たちが助けてくれるはず。
だから俺は彼女にこう答える。
「俺が、七瀬さんを必ず助けるよ」
ガラにもない、きざったらしいセリフだと自嘲しながら顔は自信満々に。
今、彼女の目の前にいるのは主人公じゃなく
――俺だけだから。