第11話
数時間の探索ののち、俺は一棟の比較的新しそうなマンションを見つけた。
ほとんど崩れておらず、マンションの周囲には高い壁とフェンスが張り巡らされ、シックな深い茶色の外見で小金持ちが住んでいそうなマンション、一目見てここにしようとピンときた。
高さも五階程度で外から見た感じ屋上にも行けそうだ。
マンションの外周はベランダになっていて、防犯上の理由で誰がどこに入ったかわからないようになっている。
ただ、オートロックの玄関は粗方ガラスが割れていて、周囲に赤黒いしみがあることからゾンビが入り込んでいる可能性がある。
ここを拠点にするなら何かで塞ぐ必要はあるだろう。
「とは言え、まずは中の探索からだな」
俺はガラスの散らばっているロビーに入り、エレベーターを見るが階層を示すランプは全て消えている。
わかっていた事だがここも電気が通っていない。
一階には管理用の部屋があるだけで鍵が掛かっていて入れない。
今更ながら思ったんだが、鍵が掛かってたら部屋に入れないよな?
鍵が掛かっているなら壊して入れば良いじゃない!と頭の片隅では思うが、いやいや、数日前までは真面目な社会人の俺がそんな事できるわけない。
コンビニの商品を無断で食い漁っている俺がさらに今更って話だが、緊急時ではないからドアを壊してまで侵入するのは躊躇してしまう。
この状況なら緊急避難ってことで大目に見てくれるのだろうか?世界中がこんな状況だとしたら裁くような機関が残っているかは不明だけど。
「二階から順番に探索していくか」
一階から奥の方にシャッターが閉まっているのを見つけてガラガラと開けてみると階段を発見。シャッターが閉まっているということは立てこもっている住人がいるかもしれないな。
念のためシャッターを閉め直して暗い階段を上がっていく。
本来なら蛍光灯で明るく照らされているんだろうが、現在は電気が通ってないので真っ暗である。後々気がついたけどこの真っ暗な中にゾンビがいたら完全にアウトだった。反省しないと。
階段を上りきり左右を見回すがゾンビの陰はなし、シンと静まりかえっているマンション内を柱の陰に注意しながら歩いて行く。
どうするか?片っ端からドアをノックして住民がいるか確認するか?音でゾンビがくるかもしれない。それをして何の意味がある?俺一人で住民を助けることができるわけもなく、どちらかといえば俺が助けてほしいぐらいだ。
立てこもっている人間がいたとして俺を助ける義理も食料も余裕もないはずだし、俺も助けてくれと言われても何もできない。
少し悩むが、まずはこの建物内に侵入しているゾンビを殲滅するのが優先かな。
それから考えよう。
まずは二階の目につくところを全て見回ってゾンビがいないことを確認する。ふと見上げると、五階の廊下の手すりに薄汚れた白い布がかかっている。
たぶんシーツか何かだろう、そこには
――SOS――
マジックで書いたであろうSOSの文字が書いてある。
……立てこもりがいる。
立てこもりの住人がいるかもしれないことに動揺するが、やることは変わらない。
もう避難していないかもしれない、食料がなくなって餓死している可能性だってある。拠点にしようと思っていた建物内でそれを見かけてしまっては無視もできない。
が、〝SOS〟という言葉に俺は責任をとれない。
俺は自衛隊や救助隊ではないからだ。俺はただの〝一般人〟。
軽く深呼吸して緊張感を保つ。何にしても行ってみないことにはわからない。
住人がいて欲しい気持ちと、いない方が楽、という相反する気持ちが消えないまま、俺は階層の安全を確認していく。
三階もOK。端から端まで歩き、奥まった部分や柱の影になるところを漏らさず見ていく。
ゾンビは何故かそういう所に潜んでいるという認識がある。まぁ映画の知識だが。
じっと潜んで人間が通りかかると一気に襲いかかってくるという信じられないような挙動をするものだ。
四階、五階と時間をかけすぎじゃないかと俺自身思うぐらい念入りに調べて安全を確認。
SOSの部屋に行きたくないんだろうなって思う。人と関わり合うのは苦手だ。
だけどそれじゃ社会ではやっていけない。それを理解しているからこそ騙し騙しやってきた。
それがある日突然、今までの常識、社会が崩れ去って一人取り残されて数日ではあるが何とか生き残ってきたのだ。
苦しく辛くはあったがなんとも言えない解放感を感じていたのは事実で、いつかはまた人間関係の波に飲まれていくのはわかってもいた。
だがもう少しだけ一人のサバイバルをしていたいと思っている自分がいた。楽なんだ、誰に何を言われるでもなく、自由に動き自由に寝る。
感覚的には小学生の夏休みの感覚に近い。
そんな思いを胸に抱きながら――足音を立てないように、何か音が聞こえてこないかと耳をすませながら
一旦SOSがある部屋の前を通り過ぎ、屋上に続く階段を登っていく。
屋上は広く崩れたビルなどが周りにあるのである程度周りを見回すことができた。だが、崩れたビルなどの塵やほこりが舞い上がったのか、新しい建物にしては薄汚れていた。
このマンションが崩れていないのは新しいから地震に強いのか何か理由があるのだろうか?
そんな軽く現実逃避をしながら屋上の安全を確認し、ため息を吐きながら、問題のSOSの布があった件の部屋の前に到着した。
まずは扉に耳をつけて中の様子を伺ってみる。物音はしない。
普段だったら変質者かストーカーに思われるような行為を平然とできてしまったのは、俺の精神もこの終末世界に対応してきた証拠だろうか。
「ぽちっとな」
気分を変えるためにアホなことを呟きながらインターホンを押してみるが、音がなっている気配はなし。
仕方ないのでちょっと雑にドンドン、ドアを叩いてみる。反応は無し。
まぁゾンビだと思ってドアを叩かれたぐらいじゃ出てこないよな。しょうがないのでちょっと緊張しながら声をかけてみる。
「表のSOSを見て見に来たんですが、誰かいますか?」
「……すけ……」
誰かがいた。声の感じからたぶん若い女性。
良いマンションなので防音が効いているのか、はっきりとは声が聞こえてこない。
俺はお一人様サバイバルが終わったことを残念に思いながら、変なおっさんが相手じゃなかったことに安堵しながら、何と声をかけていいか迷う。
お困りごとはありませんか?
助けに来ました?
いや、逆に、助けてください?
この場合は何と声をかければいいんだろう?営業職はやったことないから何を言っていいのかわからん。
迷いながらも何とか声をかける。
「言葉が聞き取れないので、玄関まで来て話をしませんか?」
少し待っているとドアがドンと音を立てる。何かがぶつかった?
ドアの鍵がカチャカチャと外される音がなり、ドアが開いていくとチェーンの隙間から車椅子に乗ったやせ細った十代ぐらいの少女が顔をのぞかせている。
俺が何を言えばいいのか考えようとする前に。
「……助けてくださいっ!」
か細い声だが、はっきりとした声で少女が叫んでいた。
「助けてください!誰もいないんです!車椅子だからここから出ることもできなくてっ……何でもします。……助けてください……」
ドアチェーンが掛かっているからドアは開かないが、車椅子の少女は俺に縋りつくように、言葉の途中で涙を流しながら懇願していた。
いきなり見知らぬ少女に泣かれて混乱と焦りで何も言えなくなって唖然としていると、少女は何も言わない俺を見て焦ったのか、さらに懇願してくる。
はっと気を取りなおしてここで騒がれると不味いと思った俺はとっさに。
「わ、わかりました。助けるのでちょっと落ち着いてください」
と言ってしまった。