第1話
俺こと久我大和は仕事の休憩中にある一冊の紙の束を見つけた。
それは職場の地下一階にある、唯一の自動販売機の横にあるベンチに置いてあった。
職場の地下は短い通路と備品を仕舞う倉庫があるだけの簡素な作りで、外に出なくても良いように自動販売機とベンチを置いただけの休憩所とも言えない場所だ。
だが、俺みたいなめんどくさがり屋には夏や冬に外に出なくても飲み物が買えて人もあまり来ない安住の地として重宝している。
「ん?誰かの忘れ物か?」
俺は自動販売機でいつものコーヒーを買うと、ベンチに座り紙の束を何となく手にとった。
表紙には〝設定集〟とだけ書かれていて他には何も書かれていない。こんな自販機と倉庫しかない通路にこんな物があるって事は誰かの忘れ物以外にないだろう。
紙の束を手にとった俺は興味本位でぺらぺらと中を見ていく……何だこれ?
表紙をめくって目に入った内容は、剣と魔法のファンタジー世界で主人公を選択して冒険をするというありきたりな概要だった。
次に載っているのがゲームのキャラクターの設定やステータスだ。キャラクターの絵と名前はないが戦闘タイプ、各種ステータス補正値がアルファベットで、固有のスキル、簡単な説明が最後に数行書いてあった。
内容としてはゲームの説明書に載っているような漠然としたもので、企画段階の設定としては詳細に欠けているんじゃないかと思ってしまう。
主人公にはいくつかの戦闘タイプがあり、万能、近接、中距離、遠距離、回復、サポートで分かれていて、その中からさらに得意なことや固有スキルで分けられている。
ステータスの成長はあまり見たことがないものだった。各種ステータスはレベル=数値となる。例えばレベル1なら全てのステータスが1、そこにタイプによる補正が掛かるというものだ。
レベル1時点ならステータス上での強さはほぼ変わらず、固有スキルや初期装備によって若干強さに差が出る程度だろうか。
こんな感じだ。
No.9 サポートタイプB
ステータス補正
HP:B
MP:C
筋力:B
耐久:C
俊敏:B
魔力:C
精神:A
固有スキル:アイテム強化
初期装備:マテリアルナイフ
【備考】サポート型。ステータスは戦闘に特化したものはないが精神力が高く状態異常に強い。固有スキルでアイテムを強化し戦闘から回復、サポートまで何でもできるが器用貧乏になりやすい……
……こりゃ誰かの私物だな。
俺の前に休憩とった人が置きっぱなしで戻ってしまったのだろう。
正直これを持って行って落とし主を探すのは気が引ける……。職場に持ってくるなとは言わないけど、大っぴらにみんなに見せたい様な物じゃないはずだ。
心ない人からは厨二病など白い目で見られることもあるしね。
「よし!見なかったことにしよう」
そろそろ休憩時間が終わるので頼まれていた荷物を倉庫から取りだすために立ち上がる。
ベンチに設定集を置いてそのまま自動販売機の隣にある倉庫に入っていく。
その瞬間――世界が揺れた――
◇◇◇
「何がっ……!?」
頭が痛い……動けずにいると背中に固く冷たい感触がある。どうやら俺は倒れているようだ……。
目をあけられず頭の痛みに耐えるためそのまま動かずにじっとしていると痛みが少しづつ和らいできた。
痛みが落ち着き、目をあけると天井近くの壁にある明かり取り用の小さな窓から光が入ってきて倉庫内を照らしている。埃が舞う中で息苦しく感じながら俺は身体を起こす。
倉庫内の棚が全てぐちゃぐちゃに倒れて物が散乱している。俺の近くにも段ボールから飛び出したよくわからない物体が転がっていた。たぶんこれが頭にぶつかって俺は気絶したんだろう。
重い身体を動かしながら壁際まで移動して一息つく。
「地震……なんだろうな」
改めて倉庫内を見回してみると全ての棚が倒れてバラバラになり、段ボールは散乱、針金入りの強化ガラスの窓にはヒビが入っている。
どれぐらい気絶していたんだ?
時計はないし、スマホ……は職場の机の上に置きっぱなし、扉近くにある社内通話用の電話は……倒れた物が当たったのかもげて配線が千切れて転がっている。
頭痛が治まった俺は身体に痛みがないかゆっくりチェックする。
運良く怪我はなかったみたいだ。
とりあえず倉庫から出て状況を確認しよう。
俺は立ち上がり倉庫のドアノブを回すが一向に開かないどころか全く動かない。
よく見ると建物が歪んでドアが圧迫され数cmドアが沈んでいる。
「マジかよ……これって、地下に閉じ込められたってヤツか?」
自覚した瞬間に恥ずかしくなる。
周りを改めて見ると、崩れてバラバラになった棚、そこかしこに散らばっている段ボールと備品、壊れた内線電話、変形して開閉できないドア。
これ完全に救助隊とかに助けられてニュースとかで九死に一生みたいな感じでテレビに出ちゃうとか、みんなが見守る中救助されて毛布にくるまる的な感じのめちゃくちゃ恥ずかしいヤツだ。
「せめて体裁だけでも整えておこう」
救助されたときに少しでも全然大丈夫ですが何か?的な感じになるようにしておきたい。
小さい明かり取り用の窓から日が当たっているうちに多少は片づけてスペースを確保しようと動きだす。
散らばっている物を適当に端に寄せてスペースを確保していると、倉庫の一番奥に暗闇が見える。
日の届かない端ではあるけれど、真っ暗ではないはずなのに暗い穴のようなものがぽっかりと空いている。
「崩れて穴が空いた?地震があると液状化現象で道路の下にスペースができて崩れるってのは見たことあるけど」
俺はゆっくりと穴に近づいていく。
一メートルほどの距離まで来た時にふと穴の中が見えるようになった。穴の深さはほんの一メートル程で、中にはバスケットボール程の黒い球体が浮いている。
黒い球体にはカウントダウンのような数字がデジタル表示で書かれていて、一秒ごとに数字が減っていくのが見える。
「何だこれ?浮いているように見えるけど……まさか不発弾とか……じゃないよな」
数字が減少していくのを見ているとだんだん不安になってくる。それというのも時間の表示が同じなら、あと三十分ほどで数字が0になるからだ。
地下にこんな物があるなんて聞いたことがない。テレビで見たことがある不発弾にこんなデジタル表示があるのものは見たこともない。
この球体を見れば見るほど何故か危機感が押し寄せてくる。
どうにかしないと。
壊さなければいけないと。
だが本当に壊していいのか?どこかにカウントダウンを止めるボタンがあるんじゃないか?
勇気を振り絞って穴までの一メートルを進み、穴の中に手を突っ込んで球体にゆっくり触れてみる。
球体は温かくも冷たくもなく、初めて触るような感触だ。
そっと持ち上げてみると軽くほとんど重さを感じない。
穴の中から球体を取りだすと、さらに危機感が募ってくる。
これは在ってはいけないものだと、ここで壊さなくてはいけないものだと、大してあてにならない俺の第六感が警告を出してくる。
俺は……その球体を床に叩きつけた。