第7話 白刃の戦場に謳う②
全身血濡れの【ペイン】が目前の【魔女】へとゆっくり歩み寄る。
どんな手段の攻撃を受けたのか解らないが、ペインの服がボロボロになる程のダメージ。常人ならば死んでても可笑しく無い程の出血量。ペインは《人》だ。《魔女》なんかでは無い。それだけでも彼女の異常さが伺えるのだが……。
私の眼に映る彼女は最早、私の知っている彼女では無い。別の何か。
「んふふ。驚いてらっしゃる?あーでも被り物が邪魔でお顔が見えませんね」
「本当に君は一体何者なんだい?攻撃は完全に殺すつもりでやったんだよ!此処まで来ると君の方が《魔女》かと疑いたくなるね!」
「えぇ言ったじゃないですか。私は人類より少し強くて特別だって」
【トリマト】は警戒し防御態勢に移行する。それでもお構い無しにペインは進み続ける。
トリマトの間合いに入った。
刹那、激しく金属が幾重にもぶつかり合う音だけがロビーに木霊する。私は眼を疑った。現実にこんな事が起こりうる事に……。
「あぁやっぱりイケメンですね。少しばかり血が流れてますがイケメンはイケメンですね」
トリマトの被り物がバラバラに割れ、前に写真で見た素顔がそこに現れた。写真通りの美男子。
ペインの両手には重厚な、大型拳銃が完全にスライド仕切った状態で握られていた。
「痛てぇ。君さぁ一瞬で二丁分の銃弾使いきるかい普通?いや普通じゃないね!」
使い捨てる様にしてまた両手から手放す。まだまだ銃は有りますよ、と言わんばかりに。
「普通じゃないのは被り物も同じでしょ?やっぱり素顔を晒した方が良いと思いますよ。これから死ぬのだから……」
私からは後ろ姿のペインの表情は一切伺えないがきっと、満面の笑みなのだろう。ペインと任務に就くのは今回が初めてなのだが、少しはペインの噂は聞いてはいる。
【根っからの戦闘狂】
【幸福乱魔】
戦場が彼女の舞台。戦場が彼女を招く。死が彼女を輝かせる。血が彼女の化粧。殺戮こそが彼女の快楽。
何故、彼女が【対策執務室】に居るのか不思議な位だ。寧ろ戦闘を主とする部署なりに身を置くべきだと……ウチの課長の考えている事は何時も解らない。
「私はね銃に愛されているの。だから上手に扱えちゃうんですよ」
「いやいや……それだけじゃ理由になんてならないよ。寧ろ化も――――」
「ペイィン一旦退け!退いて【ニコ】に一回して貰え!その間、俺がヤる!」
「――ちぇっ」
隊長が怒鳴るなりペインは素直に私の元へと駆け寄る。私は透かさず状況を理解し一回彼女の傷を疲労を特異特質で癒す。
これだけの傷……癒しきるまで数十秒は掛かるが敵は待ってくれなどしない。
(隊長……頑張って。何時も軽口叩いてごめんなさい。今は本当に頑張って……)
私は心でそう思いながら彼女を癒す。
「はあぁ……ニコちんの初めてぇ。噂では聞いていたけどこれ病み付きになりそう……気持ちいい」
「ペイン今は真面目に!折角、隊長が出刃って頑張ってくれてるんだから!後少し……頑張ろ。今の私はこんな事しか出来ないけど……」
必死にペインを癒そうと全身に力が入る。徐々に傷痕が薄くなるのが目に見えて判る。
「おらぁトリマトがぁ!早くくたばってくんねぇかなぁ」
「いやいや!何言ってんですか。誰だって死にたくは無いでしょ?」
ペインに負けず劣らず銃弾の雨がトリマトに降り注ぐ。何処に所持していたのか手に携えた自動小銃による、ある 一点だけに弾を集中させる。
「いくら刃物化と言えども同じ場所ばかり狙われたら、流石のオメェさんもキツイだろぉ?そろそろじゃぁねぇかなぁ」
「そんな弱っちぃ弾じゃ無――――」
パキンッ
最中、周囲には薄く硬い金属が割れる……否、折れる様な甲高いが澄んだ音が響く。右の親指が根元から無くなっていた。
「イギャァッ!!ぼっ……僕の指が……指が指がぁぁぁ!」
「へっ。時間が掛かっちまったがよぉペイン!オメェからの引き継ぎ完了したぜぇ。オメェも、もう平気かぁ――――」
――――ヒュン
空を切る音が隊長を襲う。そんな事は解っていたかの様に《ひらり》と身を躱す。
「畜生畜生畜生ぉぉ!僕の指を折りやがって!しかも今の攻撃も避けやがってさぁ。なんなんだよ全く頭にクルなぁ!」
「残念だねぇ。俺よぉ周囲から《殺気》だけを視覚情報として獲られるんだよなぁ。いやいや《魔女》じゃないぜぇ本気で!才能と言って欲しいかなぁ」
「チッ。痛てぇなぁ……あの女と言いアンタも全くふざけた《人達》だよっ!イライラするなぁっ!」
次第に気が荒くなり始めるトリマトを余所目に、傷と疲労が癒えたペインは隊長と交代する。隊長は直ぐに私の側まで戻ると更に、戦線から距離を取るように促された。
ペインが動く。両手にはまた新たな銃が握られ、発砲を今か今かと待っているように前後に揺れる。
「ニコちんありがとね。……じゃぁ行ってきます」
にこやかに、爽やかに、私へと向けられた笑み。私は相変わらず【上手く笑えない】が一言だけ……。
「無理……しないでね……」
また傷付いても立ち向かうで有ろう彼女を、今はこうして送り出す事しか出来ない。無力感と劣等感に苛立つ……私にもっと力が有ればと。
「さぁていよいよ最終戦と行きますか!これからは私の本気をお目にかけましょう!」
大手を振りながらペインは謳う。
「――――」
澄んだ歌声。彼女の新たな一面に私は驚愕と称賛に価する気持ちが溢れた。傍らの隊長も流石に驚いた表情をしている。『闘いの最中に歌う奴が居るかよ』とばかりに。
何だろうこの歌……讃美歌?彼女の歌声は皮肉にもこの荒れたロビーに華を持たす。
【謳乙女】
謳いながら徐々に歩みが加速する。トリマトを目前にし高々と彼を飛び越え宙に舞う。後方を取るや否や間髪入れずに射撃の雨。銃弾は彼の上着の襟元から覗く柔肌へと、吸い込まれるようにして突き進む。
ペインもさる事ながら彼も抜群の反射的行動により銃弾を刃物化した右腕で全てを防ぐ。けたたましい金属音が鳴り止まぬ内にペインは次の手へと行動に移す。
今も尚、謳は止まず。
着地と同時に地面を蹴り一気に彼へと詰め寄る。全ての行動に無駄はない。二人の闘いは動きを止めた方が死ぬ。
間合いを詰めながら両足首へと一発ずつ放つ。流石に後ろ向きのトリマトには分が悪い……。しかし、後頭部に眼でも付いているかのように前に数歩移動し着弾地点をずらす。
振り向き様に両手を軽く靡かせる。次の瞬間またしてもペインの上半身から血が噴き出す。痛みを堪える訳でも無く、更に加速し行動は止まらない。
「君さぁ……さっきから沢山傷付いても、苦しむ素振りすら見せないよね?薬でもやってんの?それとも変態かい?まぁいいや、さっさと死んでくれないかな?」
トリマトは先程、折れた指……《右の親指》を見つめながら左手を禍々しい剣へと変化させた。刃渡り50センチ位であろう剣は、所々に棘のような出っ張りが有り、斬ると言うよりは肉を裂く事に重点を置いている様な風貌。斬られたら骨迄ズタズタにされそうな危険な物であった。
「センスの悪い剣ですね。まぁ私には関係無いですがね。さぁて綻びを狙うとしましょうか」
ズドン
音と共にトリマトは前方へと大きく吹き飛んだ。
「オイオイ今更だけどさぁ今、殺し合いしてるんだよね。律儀に一対一なんてする必要ねぇもんなぁ。ペインが頑張ってくれたからやり易かったわなぁ」
ドン ドン ドン
不意打ち、背中のライダースーツは防弾仕様でも放たれたのは散弾、それも数発も撃ち込めば魔女と言えど堪らない。何時しか隊長は散弾の有効射程に潜り込み不意打ちをかましたのだ。
「ちょっと隊長ぉぉ水を差さないで下さいよ!今から盛り上がるとこ――」
「あのさぁアンタ達は本当になんなんだよ!不意打ちとかさぁ。やっぱり《人間は汚いな》穢れている。粛正しないとなんだねぇ。御前の言った通りだよ」
背中に大打撃を受けてもまだ立ち上がる。少しよろめきながらも、彼には致命傷には至らなかったみたいだ。これが【魔女の祝祭】の力なのか……私は畏怖する。
「ところでさぁ~そこの白髪幼児体型は《魔女》なんだよねぇ?なんで君はそちらに居るのかな?君はこっち側だよねぇ普通に考えて!」
遂に私にまで彼の手が及び始めた。
「魔女の祝祭と一緒にしないで貰えるかな?私は別に人類に恨みは無いけどさぁ。てか私狙うの?後悔するよきっと……警告はちゃんとしたからね」
狙われた。確実に……しかし私は此処に居る中では最弱。それは単純な戦闘力ではの話。特異特質だけで考えればこの任務は一撃で終わる。
しかしそれはデメリットが高過ぎるし、果たして上手く行くかも解らない。ふざけた奴だがトリマトは意外と頭が切れる奴だし。
「オイ、ニコ!奴の話に乗るな!そしてお前勝手に挑発してんじゃぁねぇぞぉ!うぉいペイン、手ぇぇ休めねぇでさっさと命取りに行くぞぉ」
「承知の助!大体の能力の使い方は把握したし……じゃぁ本当の本当に最後と行きますか!」
無加速からのトリマトの間合いに潜り込むペイン。それに合わせるように隊長が上半身、下半身に向けて発泡。透かさずトリマトは両攻撃を防ごうとするも、右太腿に被弾し体勢を崩す。
そこへペインの右ローキックが見事に顔面に入る。またしてもトリマトは激しく横転しうつ伏せに苦しむ。
「――つっぅ。マジ……で何なんだよぉ。二対一はきっちぃなぁ……じゃぁ僕も……やるかアレをさぁ」
満身創痍。立ち上がるも何やら秘策があるような素振りの彼の視線は私にだけ向けられていた。
「ちぃぃっ!アイツなんか企んでるぞ……ヤバイ!奴がニコに近い!ニコを守れっ守れぇー」
隊長が必死に叫ぶも虚しく響くだけ。
私は既に神速の如きトリマトの移動に対応しきれずに捕まってしまっているのだから。
「ふぅぅ捕まえた!」
私の後方から両の二の腕をガッチリ掴み取り、身動きを許さない。抗う術は無し。終わった――。
私は無意識ににやけた。彼からは今の私の表情は見えない。だからこそ更に私は《にやけて》しまった。
「さぁて君ぃぃ、この状況どうする?確か君の特異特質は――。この両手で《回復》させる能力だったよね?じゃぁこうしたらどうかな?」
私は覚悟した。これから起こる事など百も承知。来る。来るぞ。私は待っていた。この【瞬間】を――――。
ザシュッ
ザシュッ
トリマトの刃物化した両手には限界までの力が込められた。
私の両腕は力無く、重力に従い地に《だらしなく》落ち、転がり床の絨毯に血液を思う存分に染み込ます。
「あーあ。あのトリマトやりやがった。これで俺達の勝ち確定だな!なぁぁ【バーベナ・ジギタリス】ちゃんよぉぉ!」
隊長は高笑いをしながらの私を指差す。
私は思い出す。
感じるはただの痛み――。