第6話 episode:2 魔女の祝祭 白刃の戦場に謳う①
『――狩り殺せ。魔女共を根絶やしに……殺せ殺せ狩り殺せ!殺して家畜の餌にしろ!殺して我に祝福を!殺せ殺せ狩り殺せ――』
また同じ悪夢で目を覚ます。暗闇に響く男女とも性別の着かぬ声が放つ言葉は魔女を殺す事のみを謳う。
「はぁ……暫く見ないと思ってたのに。なんでよりによって今日見ちゃうかなぁ……」
私はぼやく。両目からは私の意思とは関係なく流れ続ける涙を拭いながら。
出来る事なら今日は事務作業で一日を過ごしたかった。でも任務を遂行しなくてはならない。
「はぁそう言えば【佐行】には何も言って無かったなぁ。ってか終わるまで言っちゃ駄目なんだっけ……はぁ暫く会ってないなぁ会いたいなぁ。どーせメッセージしても既読が付かないし……」
寂しさが私を襲う。恐怖が私を誘う。不安が私に寄り添う。絶望が私を見てほくそ笑む。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おっはよぉ~【ニコちん】!今日もよろしくね」
朝から五月蝿い位に元気が良いのは、普段は事務員の《ペイン》だ。久しぶりの任務でヤル気満々で昨日から寝ていないようで心配だ。
「おはよ……【ペイン】」
「昨日はあんなにも元気だったのに今日はどうしたの?《大佐》に暫く会って無いから寂しくなっちゃったかい?さぁお姉さんの胸に飛び込んできなさい!」
「んー朝からそのテンションは無理。てかこれから殺し合うのに何その派手な服は!そんなゴテゴテのゴスロリ服来てくるヤツはペインだけだよなぁ。動き難くない?」
全身ピンク一色のいかにもなゴスロリ服。毎度らしいのだが彼女の仕事服だそうで……。私からしたら動き難そうとしか思えない。
相対する私は何時ものフード付きコートにホットパンツにニーソ、ブーツが定番だ。コートの下は都度、適当なシャツで基本的には動きやすさ重視だ。但し私には一つ欠点がある。
私は見た目が幼い。いやかなり幼い。22歳なのだが身体も小柄だし、外見年齢は大体14歳か良くて16歳位と言われる。まぁ服装も相まってなのだろうけど……そして独りで居ると補導される事も屡々ある。仕方がないじゃない成長が止まってしまっているのだから。
「えぇそんな事無いよ。やっぱり身なりは大切だよ!形から入るのは大切だよぉ!気合いの入り方が違うから仕事が捗るよ。それに可愛いし良いじゃん!どーだーい!」
くるりと身を回すとスカートの両裾を指でつまみ上げ、淑やかに振る舞う。このふわふわした行動、ふざけた言動の女性を、元自衛官で今は《魔女狩り》だと誰が思うだろうか。
「いやぁ形から入るとしても私にはそれはないわぁ。それまたお手製?」
ゴテゴテしたピンクの服を指差す。スカートは肩幅位に広がり、リボンやら何やら至る所に施された装飾。厚底ブーツなど戦闘には不向き……いや機動力は愚か挙動一つが命取りの魔女との戦闘では、最早自殺行為に等しい。
「うん。結構時間とお金掛かったんだよねぇ。今日が初めての着用なんだぁ~心踊るよぉ」
キキッ
暫しの下らない《ガールズトーク》をしていると目の前に一台の黒塗り高級車が横に着いた。
助手席の窓が開くとそこから嫌な顔が此方を覗き込む。歳の割には良い艶の黒髪をオールバックにし、嫌味満点のインテリ眼鏡の……あぁ【隊長】が来た。
「おぅおぅ!おはよぉちゃぁん!昨日はちゃぁんと寝たんかぁ?足ひっぱるなよぉ」
咥え煙草で【隊長】がご機嫌そうに現れる。何時にも無い位のご機嫌っぷりで。
「あっ!おはようございますっ!」
「――おはよう……ございます」
「おう!なんだぁニコは相変わらずの仏頂面だなぁオイ!それに比べ【ペイン】ヤル気満々じゃぁねぇか!でも足元掬われんなよっ」
「大丈夫ですって!なんせ《無敵のペインちゃん》久しぶりの任務ですからね!期待に応えますよっ」
テンションの低い私に反して、ペインの高いテンションに対してこの時ばかりは羨ましく思う。
「さぁて《手駒》も揃ったし早く車に乗れ!中で今回の話をする。今日は俺の運転だ。地獄へのドライブと洒落こもうじゃなぁないのぉ」
二人は早速、後部座席に乗り込む。黒の革張りのシート。座ると全身がそれに吸い込まれるような感覚に襲われる。普段乗ってる公用車や大佐の車とは別次元。
(コイツ……お金相当持ってるな。やはり隊長クラスは高給取りなのか)
そう考えている内に車は静かに走り出す。隊長の性格の割には安全運転なのかその事に更に驚いた。運転は体を表すと思っていたのだが……。
「で、どちらに向かってるんです?」
ペインはワクワクしながら問いかける。まるで遊園地にでも行く子供の様に無邪気な笑顔で。
「あぁ《帝都華菱グランドホテル》だ」
「えっ!本当ですか?あの高官や外タレとかお金持ち御用達の!一泊百万円は下らないとされる天下の帝都華菱グランドホテルっすか!いぁー任務で行くとは……でも中に入れるのならそれはそれで……」
《帝都華菱グランドホテル》は日本有数の200年近くの歴史を持つ超が付く程の高級ホテル。富と権利を持つ者のみが宿泊を許される領域。でもなぜ奴は泊まれたのか。この時私は更に嫌な予感がしていた。
「そぉなんだよねぇ。なぁんで魔女ごときが宿泊を許されたのか……おっかしぃよなぁ」
やはり隊長も疑問を感じている。何故なら宿泊するに際して厳重な身辺の《開示》を求められるのだから尚の事。それも世界的な犯罪集団の一員なのだからそれは疑問を持たざるを得ない。
「まさか!まさかホテル側も仲間だったりして?」
「いやぁぁ流石にその線はないなぁ……と思いたい。向こうに付く頃には人払いは完了してる筈だぁ」
「――じゃぁ能力か何かで偽ってるんじゃないの」
私は適当な言葉を投げ掛ける。
「んーっ。今回の目標の能力は戦闘特化だから違う。もしかすると……いやなんでもねぇ……。取り敢えず任務の説明だな説明!」
隊長の説明が始まると今までふざけていたペインの態度が一変して真面目な女性の顔つきへと変わる。
今回の目標は【トリマト】29歳男性。
両手を刃物に変化する事の出来る、近接特化の両手に凶刃なる特異特質の持ち主で有ると告げられた。
それと一枚の写真と簡単な作戦の書かれた紙切れを渡された。そこには金髪を一つに結った顔の整ったで優しそうな男性が写っていた。こんな奴でも凶悪な《魔女》なのかと不意に思う。
相手は幹部と言うわけではないが、《殺害指示》が出ると言う事の重大さ。理由までは教えては貰えなかった。貰えないは語弊があるか。隊長も伝えられていないそうだ。それは何時もの誤魔化しと違い真実で有ると私は会話の中で感じた。
「ねぇ隊長、ずっと気になってた事なんだけど、今回は良くもまぁ此処までピンポイントで見つけ出せたね。何をしたの?」
魔女は見た目だけでは《人》と見分けは付かない。先天的、後天的どちらにせよ魔女は元々は《人》だ。《人》が特異特質を得ると《魔女》として生を生き抜く事になる。故に人間社会に溶け込み見つけにくくなる。
「最近よぉ新しい協力者が入ってよぉそいつが《魔女探知》が出来る能力なんだわ。まぁそれのお陰な!話せんのは此処までだ!機密の機密ちゃんだ」
「何それ。魔女がホイホイ見つけられるじゃん!そんな便利能力だと逆に狙われない?あとくだらない事言うな!」
「ひっでぇなぁ。渾身のギャグなんだがな……。まぁお前が心配するこたぁねぇよ!ちゃぁんと厳重に警護されてるから!」
正直、特異特質はこう言った系統が重宝され奪い合いになる。使い方によっては世界がひっくり返る。
「あとお前これ読んで頭に叩きこんどけな!あと20分位で着くからなる早で覚えろぉ」
渡されたのは文庫本位の大きさの紙切れ二枚。私とペインの分。そこには細かく書かれた作戦指示。私とペインは残された時間をそれに費やした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
作戦を頭に叩き込んでいる内に目的である、《帝都華菱グランドホテル》に着いていた。豪華絢爛、風光明媚とは言ったもので、私達がここに入って良いものか、二の足を踏んでしまう。
美術品とか興味の無い私でも、見入ってしまう程の建物の細やかなデザインと装飾。建物事態が馬鹿デカイ美術品で在るかの要に。
「んじゃぁよろしくねぇ」
隊長は車を入口ロータリーに横付けし、私達二人の背中を押してホテルの入口へと向かった。
「はぁぁん緊張するよぉ~初めての超高級ホテル!なんかトキメキますなぁ!」
「ペインそろそろ静かにね。お仕事モードに切り替えて!浮かれてたら死ぬよ」
「はぁい。ニコちんごめんなさい」
流石に超高級ホテル、案内が居るかと思ったが既に人払い済み。恐らくもう建物内は誰も居ないだろう。目標を残して。
「でもさぁ、あからさまな人払いしてるけど大丈夫なの?逃げちゃわない」
「まぁ大丈夫じゃねぇかなぁ?まだ此処に居るみたいだしぃ。別の所に移動したら連絡入る事になってるしねぇ。大体、向こうも気づいてんじゃねぇかなぁぁ俺等に!」
庁舎の入口よりも遥かに大きい入口。少なくとも横幅10メートルは有るだろう。入口を通る際、これから起こる事を想像すると、私は申し訳ない気持ちと不安な気持ちで入館した。大きく口を広げた絶望の中へと……。
(当分は営業なんて出来ないよね……【ペイン】が暴れたら)
そう思いながらも隊長の後を追い私達は館内を進む。
吹き抜けの天井。そこから吊るされたるは数々のシャンデリア。広々したロビーには幾つものソファーとテーブルが並べられている。普段なら既にこれらに腰を据えて、分限者達がたわいもない話に花を咲かせ、お茶でもしているのだろうと思うと少し胸が痛む。
「隊長、もしかして目標の部屋迄行くつもり?」
「あぁそうだがお前達に渡した紙切れに間取りも書いて有ったろ?アレだけの広さだ、ドンパチやっても問題ないだろぉ?それに此方は格闘より射撃メインだしなぁ。後、上層部からなんだが部屋とかボロボロにしても気にするなだとよぉ」
「んふふ。私の出番って訳ですな!沢山持ってきたから……ん~どれから使おうか迷いますなぁ」
「てかペイン軽装じゃん。何処に隠し持ってんの?鞄もその小さな《ポシェット》だけだし」
私はペインの荷物の少なさに疑問を抱く。何処にペインの言う【沢山の】が所持されているのか。まさかとは思うが……服の下?スカートの中か?
「オイオイお前らいい加減にし――」
チン
突き当たりのエレベーターから到着を知らせる音がホール一帯に響き渡る。小さいチャイムながら隊長の言葉を遮る。私達は一様に音の方へ視線を向けた。
流石は超高級ホテル。エレベーターの扉が音も無くスムーズに左右へと開かれる。中に居たのは紛れもない……。
しかし、黒地のライダースーツに髑髏の様な、禍々しくも近代的な無駄の無い外観の被り物を着けた人物。顔が覆われているが私達が対面している人こそ《トリマト》本人だ。
何故なら両手の指が既に鋭い刃と化してるから他ならない。それでいてトリマトは落ち着いて、着実に間合いを詰めて来る。
バンッ チュチュンッチュン ギィィン
音と共にトリマトの頭が左に少しぶれる。
「――――ッッ!」
此処に居る誰かが発砲をした様だが隊長の両手はまだ空、横に居るペインを見るな否や私は驚愕する。
後ろ手にした左手には拳銃がいつの間にか握られており、その状態での発砲をした様だ。いやその状態で目標のしかも頭部に当てるなど不可能な事だ……まさか跳弾か。
「ちょっと、そこのゴテゴテした女子~。挨拶も無しに僕に向けて射撃くるなんて酷すぎやしないかい?まぁ僕は被ってて命拾いしたけどね~失礼!」
当たったであろう箇所を痛くも無さそうなのに擦る仕草。私が思っていた魔女の祝祭にしては人間味が強いと感じた。殺伐とした感じがない……コイツ本当に《魔女の祝祭》か?
「いやぁ~失礼失礼!良く挨拶代わりにって聞くじゃぁ無いですか!つまりそう言う事――」
電光石火――トリマトは一瞬でペインの目前に立ち、刃物化した両手の指で切り裂く。縦に横に変化を、緩急を付けながら、眼にも留まらぬ速さで切り裂く。【魔女】の私でさえも全てを見切るのは骨が折れる程の速さで。
対するペインは斬撃を全て持っていた左手の拳銃と何時しか右手に握られたもう一つの拳銃で捌き切っていた。刃物対銃……闘い方が可笑しい事さえ今は気付かせてくれる余地は無い。
「ペイン距離を取れぇ!ニコは俺の左後ろの位置を維持しろぉ!決して離れるなよ!」
隊長は声を荒げて怒鳴ると、私は直ぐ様に配置に着き何をする訳でもなく、ペインの闘いを見守る事しか出来なかった。
「君は《人間》の割に強いね。僕の手の内が全て解っているかのようだ。本当に《人間》かい?」
「ありがとうぉございます!でも私はれっきとした《人間》ですよ。但し、人類よりも少しだけ強くて、特別なだけです……よっ!」
ペインは全力でトリマトの下腹部を蹴り飛ばす。透かさず、防御が間に合うも女性とは思えない威力の蹴り……体勢を崩しながら5メートル位後方へと転がり倒れ込む。
「痛つぅー!君本当に強いね。今の防御したけど普通に痛いし、常人なら内臓破裂は免れないんじゃないの!しかも寸前まで攻撃の所作が全然読み取れなかったし何者だい?」
起き上がり体勢を整えながらトリマトは呟く。二人の攻防は更に激化し、寧ろ今回私なんて必要じゃないかと思わせられる程に力の差を感じる事となる。
「それって誉めてるの?それともお世辞ですか?どちらにせよ俄然ヤル気でますね!任務ってやっぱ楽しいなぁ!」
止まらないペインの銃弾の嵐。右の銃で直接狙いながらも左は跳弾を狙い射撃する。そもそも狙って跳弾する事事態が不可能のにそれを意図も簡単にとは、普段のペインを知っているからこそ、彼女の強さ異常さが常々身に沁みる。
「お世辞じゃないよ!――ッ!?あっぶねぇ……やっぱり君は異常だよ!装備の薄い繋ぎめ……確実に狙ってるね。本当に何者だい?」
ペインも去ることながら対するトリマトも異常だ。この短時間でペインの狙いを理解し、弾丸を飄々と避ける。
「えぇーなんで当たらないのぉ?って私は只の《事務員》ですよ。書類を書くのが大変下手くそな事務員です」
隙を作らぬように弾倉を入れ換えながら応える。何時しか美しい佇まいだったロビーの至る所が弾丸により醜い姿へと変わる。
ガギンッ
トリマトの左手刀を透かさずブーツの底で受け止める。勢いの有る斬撃を止めるブーツは一体何で出来ているのか……ほぼ無傷のブーツをトリマトに向けて全力で押し返す。
ズザザザァッ
またしてもトリマトは後方へと押し倒され、やれやれと言った感じで肩を落とす。今も尚、私に出来ること等、隊長の影に隠れて見守るしか無い。
「――隊長……私どうしたら」
「気にするな、時が来たら指示をする。それまでは渡した作戦通りだ。勝手は許さん」
私の方へは振り向かず何時もとは明らかに違った口調の隊長。今はペインが優勢でも私は不安で一杯だ。何故なら渡された作戦内容は《ペインよひたすらボコれ》しか書かれていなかったから。
「じゃぁそろそろ真剣で行くよ。これは避けきれないよね!」
トリマトがそう言った瞬間、ペインの身体の至る所から何の前触れも無く血が噴き出した。
「ほぉら避けられなかった。ひたすら攻撃を防がれてた訳じゃないよ僕は。君に様々なフラグを立ててたんだよ。君を《墜とす》為にね」
「ペイン!大丈夫?後は私が――」
「んーニコちん私は大丈夫だよ。何をされたか解らないけど身体はまだまだ動くよ!」
全身血濡れの、ピンクの服を赤く紅く染めながらも何時もの《笑み》を私に向けた。私は全身に戦慄が走った。
「これで終わりですか?次は私がプチ本気を出す番ですね。新品の服をこんなにしてくれて覚悟……して下さいね。楽には死ねない事を後悔させて差し上げましょう。この【魔女】さん!」
ペインはそう言うなり両手の銃を手放しゆっくりとトリマトの元へと歩み寄った。