第4話 聖夜の魔女狩り④
*注意*冒頭からグロ描写有ります。
少しだけラブラブ有。
『やめ――俺が……俺が悪ぅ……』
ドスッドス、ドスバギャッ、ドスドスドスドスドスドスドスッ……。
【麝香 撫子】は二十歳になる前に殺人者になった。私を裏切った元彼を滅多刺しにし殺してやったのだ。私は許せなかった……初めての【愛情】が偽りの【愛情】だった事が、裏切られた事が……。
元彼の返り血に私の渇ききった心は潤された。
「はぁ絶頂……」
私は一晩中、動かなくなった元彼に寄り添い、心行くまで温もりを味わった。
勿論、私は自首なんてしなかった。私は悪くない。悪いのは元彼。私と私の子供は彼に捨てられたのだから、私達の方が【被害者】だ……そうこれは【天罰】だ。
私は翌日には会社を自主退職し行方を眩ませた……身を守る為に。私は流れに流れて、今の【ホステスクラブ】に身を落とした。意外にも先の件において警察に捕まる事は愚か、そんな兆候すら感じない日々を送っていた。
――数年が経ち私自身、それ程努力したつもりは無いが気が付いたら常にトップに君臨し続け、何時しか経営に携わる迄に成長した。まぁ理由は只一、過去の一件で私の身体が変わってしまったからに他ならない。それはそれは男性には人気も人気……常に満員御礼だった。
次第に仕事で忙しい時は気にならなかったが、独りで居る時間は、気が狂いそうになる程の孤独感に襲われる。幼い頃は寧ろ孤独を好んでいたが今は違う。
ふと誰かに呼ばれる。
『――――ァ――マァ――ママァ――』
私独りで居る時に度々、子供の声が聞こえる様になる。最初は幻聴かと思ったが違う。本当に聞こえるのだ。壁の向こう側から。決して【幻聴】なんかでは無い。
「あぁ私の可愛い子。待っててね。お母さん頑張ってあなたをそこから出してあげるからね。あなたもお母さんに会いたいわよね」
そうして私は、子供の声が聞こえる様になると暇さえあれば、常に子供の【絵】を一心不乱に描き続けていた。兎に角描いた。描いて描いて描いて描いた。気が付いたら壁一面、部屋一面、廊下、私の住む部屋は何時しか【子供達】で埋め尽くされていった。
そんなある日、何時もとは違う子供の声じゃない、【成人女性】の声が頭に響いた。
『貴女は今日まで苦難の道を……険しき運命に立ち向かい頑張りましたね。これは私からの贈り物です。大切に使って下さい。ただし、一つだけ約束をして下さい。これからは更に【目的】を持って生きて下さい。……私の為にも』
一方的に声はそう言い切ると、それ以降は一切聞こえることは無かった。
その日、私は【魔女】になった。
これが【魔女】としての【能力】と自覚するのもそう遅い事では無かった。
特異特質を【彼女】か贈り物てから私の生活は更に変わる。
そしてそれは誰に教わるわけでもなく、最初から持っていたかの様に私は自身の【特異特質】の全てを理解し、日に日にその能力を使いこなしていった。
最初は短時間操ってみただけ。徐々に操る人数や場所、操り方など色々な事を試し、力を付け、自信を付けていった。
そうしている内に一つの疑問が浮かび上がった。あの【声】が言っていた【目的】とは何か。私の【目的】……少し考えて直ぐに理解した。
【子供が欲しい】
全てはそれに尽きる。
「――でさぁ~出来ちゃったからどうしようかなぁって――」
店で今、二番人気の娘が仲間内でそう話しているのが聞こえた。どうやら上客との間に出来たらしいのだ。
「あら?おめでたいじゃない!あの方、上場企業の役員さんらしいし、折角何だから身を固めてみたらどう?」
私は腸が煮えくり返るよりも、爆ぜてしまいそうな感情を抑え当人へ声を掛ける。
「えぇ~でも実は妻子持ちだったしなぁ~。無理ですよ!だからたぁんまり詫びで手打ちがいいかなぁ~って」
悪気無く言う彼女に私は何も言い返せなかった。いや、言う資格なんて私には無いのだから……。
翌日、なかなか出勤しないのを不振に思った館の従業員が、自宅を訪れるとそこには、無残にも腹を裂かれた物言えぬ亡骸となった【彼女】が発見された。
言わずもがな犯人は【麝香 撫子】だ。
その日を境に私の【本能】の抑制欲が壊れた。
他人からアレを奪えばまた私だって……私だってまた、あの【子】に会える。会いたい一心で私は過ちを繰り返す。もう誰にも止められない。止まらない。止まりたくない。止めるなら止めた奴を【殺す】……。
私には波があった。それは生理の周期の様に。抗えない衝動。その度に犯す過ち。罪悪感?そんな物微塵にも無い。もう後には戻れないから。戻ったら全てを失いそうで……。
これが【目的本能】と言う事なのか。
五人目を調理した辺りで、私の前に【彼女達】が立ちはだかったのだ。
白雪?白髪で小柄で……仏頂面だけど可愛らしい【お嬢さん】……食べちゃいたい。
『頂きまぁ……』
――――カチン
――あれっ?あぁ……真っ暗。
目の前が急に暗転する。
これは【夢】?それとも【走馬灯】だったのかしら?私、死ぬのかな……なんてつまらない人生だったのかしら。
はぁ悔しい。
次、生まれ変われるなら……そんな【資格】があるのならば、今度は普通のごく普通の平凡な【人間】として生きたいな……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――ウァァ……ひぃッ!うえっ……おっ……」
【彼女】は悶え苦しむ。それは痛覚による刺激ではなく、精神的な刺激によるもの。床を右往左往に転がり、床に頭を打ち付ける。それは端から見たら異様な光景――。
「ニコ……大丈夫か?」
「うん。でも正直しんどいわ……。流石に彼女のは……やっぱり使うの悩むよアレ」
疲弊し大佐の胸へと凭れかかる。
眼下でのたうち回る【彼女】を見て私は不憫でならなかった……【内面】を見た事による同情の念。
「――そうか。ありがとな。今は少し休もう。【麝香 撫子】は当分はあのままだな。そろそろ【捕獲部隊】が来る頃か――」
そう言うと優しく私を包容してくれた。
あぁ幸せ。落ち着く。なんだったらこのまま寝ちゃいたい。それにしても凄い……疲れた。
ごめんね。
私はこんなにも【愛情】を貰って……ごめん。
ガチャガチャ
ダン ダダダダダッ
玄関の方がやけに騒がしい。あぁ来たのか。私はアイツら嫌いだな。
「お勤めごくろうちゃ~ん。定時間内に終わらせるたぁ働く者の【鏡】だねぇ。後はウチがやっとくからさぁ~二人はこれから【クリスマス】楽しんできたらぁ~」
大佐にそうふざけた態度、言葉遣いで話すのは【捕獲部隊】の【隊長】だ。大佐よりも背が高くでも、ガリガリに痩せ細り、インテリ眼鏡の嫌な奴。こんなのが隊長とは……と思うが単騎戦闘能力は愚か、指揮命令等、本国においても五本の指に入る手練れ。でも私は大嫌いだ。
しかもこんな日に会うなんて……。
「隊長殿、お疲れ様です。あそこに――」
「判ってるって!何度も言わせんなぁ。さっさと帰んな恋人たちは!俺忙しいんだからよぉ!早く終わらせて子供達にプレゼント渡さなきゃなんねーんだからよぉ」
私達には目もくれず煙草に火を付け、一服しながら私達に早く帰れと手を払う。
「それではすいませんが後はよろしくお願いします。お先に失礼します」
「おう~メリクリィ~」
白い煙を吐きながらそう言と、他の部隊員達に【彼女】を運び出すよう指示を出していた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ガチャ
「ふぅ。相変わらずだな隊長は」
運転席に座りスターターを押し車に命を吹込む。やれやれと言った口調だが顔は緩んでいる。心なしか嬉しそうな表情。――私は妬ける。
「私、あの人嫌い大嫌い!大佐の元先生でも嫌い!何あのふざけた態度は!それに平然と他人のウチで……しかも超高級マンションのリビングで煙草吸うわけ?頭おかしいよ!」
「まぁまぁそんなに怒るなって!今日は特に何かされたわけじゃないんだから」
大佐は諭すが私の怒りは収まらない。先程の精神的な疲れも相まって、余計に苛立ちが抑えられないでいた。
「なぁ今日はこのまま帰ろう。【報告書】は後で俺がやっておくからさ。何が食べたい?作るか?いや今日は色々あったし買って帰るか。――二人で【クリスマス】しよう」
「えっ?良いの?じゃぁさじゃぁさ鶏肉沢山たべたい!ケーキよりもお肉!バケツでフライドチキンにサラダに――――あれっ」
泣きたくないのに泣いてる。
――――何で、悲しいの。
そんな事は無い。
「大丈夫か……ニコ。少し汚染されたか?」
「そんな事……無いと思う……けど。でもやっぱり心の何処かに引っ掛かるよ。」
「そうか……今日は側に居てやるから……なんだったら一晩中抱きしめてやる。それなら……落ち着くだろ?」
「うん……ありがと。しんみりしちゃって、ごめんなさい。折角のクリスマスなのにね。でもなんか【彼女】……【撫子】さんになんか悪い気がしちゃって。ダメだよね私……あれ程【情】を持っちゃいけないって判ってるのに」
「――そうだな。でもそこがニコの良いところだと思うよ。昔に比べたら大分、他人を思いやれる……それが人類に仇なす【魔女】だとしても……」
日は完全に落ち周囲はクリスマスのネオンに彩られ美しく優しく世界を照らし出す。行き交う人達は皆、幸せに。でもその世界に存在出来ない者達も居る。世界は平等ではない。欲しくもないのに与えられ苦悩と共存する者。渇望するのに与えられない事に嫉妬する者。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ただいまぁ!そしてお邪魔しまーす!はぁぁ大佐の【佐行】の香りだぁぁぁ」
部屋一杯の大好きな佐行の香りに私は興奮し我を忘れてはしゃぎ出す。
「おいおい!荷物出し手伝え!それと帰ったら手洗い嗽しろ」
「わかってるって」
何気無いやり取り、何気無い日常。私に取っては掛け替えの無い時間。出来る事なら手離したくない日常。
「ねぇ佐行ぃ。もしも……もしも私が今、妊娠したよって言ったらどうする」
パリン
部屋に木霊する陶器の割れた音。佐行の耳には届かない。私の言葉しか届かない。
「え……ちょ……まさか……いや……」
「ねぇってばぁ?」
「――急に何を言っ――――」
言いかけたその口を私の唇で塞いだ。
お互いの体温と高鳴る鼓動を確かめ合いながら……。
「ぷぁっ!冗談!冗談だから忘れて!」
私は照れ隠しに背を向ける。
「冗談って……いや冗談にならない位に大切な事だぞ!」
「ふふっありがとね!でも冗談だから気にしないで!だって【魔女】はズル賢い奴だからね」
私は満面の笑みで振り向いた。
笑顔が作れない私が初めて笑顔になれた大切な瞬間。
「ニ……【バーベナ】……お前今……笑った」
今日は聖夜。奇跡の一つや二つ起きても何も不思議な事では無い。
聖夜に起きた奇跡。
私達の奇跡。
私達ならこれから先も一緒に歩んで行ける。
例えこの先に苦難の道が手を招いても……。
――episode:1 母になれなかった者達へ