第3話 聖夜の魔女狩り③
*注意*グロ描写有りです。
私の本名は【バーベナ・ジギタリス】
楽しい事が有っても《表情》が変わらないから周りからは、《ニコニコ》笑えと皮肉を持って【ニコ】と呼ばれている。でも私は至って感情的になりやすいのだが……。
只、上手く表情が作れない……下手なだけ。
(あぁ私、刺されたんだっけ。頭が……視界がボヤける……。はぁ【お嫁】にいけなくなっちゃうな……刺された何処、死ぬ程痛い。って私死んじゃうのかなぁ……)
「バーベナ!バーベナ……大丈夫か……」
大佐が何時にも無い位に慌てふためく。
「アハハハ!私は遂にやりとげたわよぉ!どう?目の前で最愛の人が息を引き取る様を見るのは?悔しい?悲しい?憎悪?慟哭しちゃうかしら?次いで……いいえ、貴方も生かしては帰さないわ。もう後ろの敷居は跨がせない!その後ゆっくりと解体させてもらうわ」
「貴様……下衆がっ!今すぐ肉塊に変えてやる。恩情は無いと思え!」
「た……たい……さ……やめ……て」
大佐に【彼女】の決死の声は届かない。
睨みを利かす。
普段の温厚な顔とは真逆の修羅の如く豹変す。
右手が白く発光し、引き出したるは銃器。
【特異特質】発動
【僕の秘密基地】より
【UTS-15】を右手に。
黒く艶消しされた銃身が現れるや、照準を《標的》に即座に合わせ、躊躇無く引き金に力をかける。
ドンッ
「ギャァァぁああぁぁあアぁぁぁ!」
轟音、彼女の【麝香 撫子】のであった左腕が宙を荒ぶりながら舞う。
ドチャ……ッ
「楽に死ねると思うな【最低な魔女】め」
「ぐぅぁ……わ……私の腕ぇぇなんでぇぇ。私は……私は只、子供が欲しかっただけなのにぃぃ!いだい!いだいよぉ……」
「相変わらず身勝手なヤツだな【魔女】ってのは――」
痛みに耐え兼ね悶え膝を突く麝香 撫子へとゆっくりと歩み寄る。無論、構えは解かず一歩、二歩、麝香 撫子にとっては、死の宣告に等しい迫り来る具現化された【死】。
否、【死神】が近づく。
「ごべんなざい……わだちが……私が間違って――」
やはり魔女も元は人。己の命は惜しいものだ。それはどんなに強大な異能力を授かっても同じ。自分の今置かれている状況を本能が的確に理解し、冷静になるのもそうは時間はかからなかった。
ドカッ……ドン
右顔側面を蹴られ壁にもたれ掛かる。此処までで既に何回も麝香 撫子の命を奪う機会はあった筈。
《彼》にはあったではないか恩情が。
「ひぎぃっ、ごめ――――」
「はぁ……俺には無理だな……やっぱり。オイ!何時まで寝てるつもりだ、仕事しろ仕事を!」
大佐は横たわる【バーベナ】こと【ニコ】の腹を銃身で突っつく。
ゲホッケホッ
「んもぉいい感じに悲壮感に浸ってたのにぃ。それに大佐!狭い場所で散弾銃ぶちかまさないでよ!私に当たったらどうすんのさ」
さっきまで瀕死の重症を負っていた筈のニコが何事も無かったかの様に立ち上がる。それを見ていた麝香 撫子理解に苦しみ混乱になる。
「あ……え……なぜ……貴女に致命傷を与えた筈……えっあ」
痛みを堪えながらも疑問を口にする。
「すまんが散弾は使ってない。スラッグ弾だ。ほら早く治してやれよ。聞きたい事が山程あるんだから――」
「はいはい。次からこんな茶番劇はよしてよね!」
私は床に転がったそれを手に取り彼女に近づいた。彼女の横に膝立ちになり、左肩に手に持ったそれをあてると繋ぎめが白く輝きだす。
「――――っ!?」
瞬く間に、離れ離れになっていた箇所が、お互いに引き寄せられ元へと戻ってゆく。
「え……?元に戻って……治ってる。なんで私にこんな事してくれ……るの」
「何でって、まぁ貴女を捕まえるのが私達の仕事だし、別に殺すのが仕事じゃないからね。少しは落ち着いたかな?大佐……あと3回ね」
私は話終えるとその場で立ち上がり、上衣を捲り刺された箇所を見せた。
そこは只の綺麗な柔肌があるのみ。生傷は愚か、傷痕すらそこには無い。
彼女は呆気に取られた。何故なら自分が与えた傷が、傷痕すら残って無いのだから。
「ふふっ驚いた?私は自分も他人も《治す》のが得意なの。だからさ、もう戦うのはお仕舞いにして、少しお話をしようよ?まずは貴女の【特異特質】についてから」
「わ……私の?」
「そう、貴女は――【薫香】で人を操るんだよね?更には本来の《香り》を隠し……そう貴女は香水がキツ過ぎるからね。反射的につい嗅いじゃったし。って感じで考察はどうかな?」
「――えぇ大体合ってるわ。……痛っ。私の……【体臭】を目標に嗅がせるのよ……そして嗅がせた肉体を操る。《体臭》を嗅がせるのはマーキングみたいな物よ。嗅がせるだけでその嗅いだ時点で肉体は私の手中にあるも同然。香水はより一層《体臭》絡め周囲に留まらせ広めるために……」
彼女は申し訳なさそうに私の目を見てそう話す。その目には偽りは感じられない。黒く澄んだ瞳が切なくも潤う。一粒の涙が頬を伝う。
「そう……随分と強力な特異特質ね。問答無用に操るんだもの。強いが故に色々と《制約》がキツそうだけど」
「――《制約》?あぁ……確かに。操れる時間は約3分位だし、同時に10人迄は操れる。独りで操り人形を同時に繰るから精度は格段に落ちるわ……一人、二人が丁度良い。それに五感も部分的に共有も出来る……監視カメラ代わりにも使えるわ」
「ふーん。街中での視線はそう言う事だったのね。本当に大した能力ね。それで貴女、こんなにも話してくれるなんて本当は、誰かに止めて欲しかったんじゃないの?じゃなければ今迄の行動は派手過ぎるし、お粗末だよ!本能に抗ってたの?それとも……」
本来【魔女】の犯罪行為等は明るみには一切出てこない。少なくとも、【魔女】の名前位は世間的に認知されているが少なからず、今では【過去の大罪人】もしくは【都市伝説的存在】程度にしか思われていない。
それは【対策執務室】が未然に対処し、警察等の各国の国家権力による情報統制による事。しかし更に明るみならないのは【魔女】はズル賢く……そして世界の闇に隠れ暗躍するからだ。
【魔女】の存在は本来ならあってはならないのだ。今から半世紀前の旧時代に《事》は解決、世界を混沌にし、貶めた魔女は世界から消えたと、【国際最高機関】が断言したからだ。
しかし、22年前にまた魔女の噂がされるようになった。
魔女がまだ生きている。いや今も何かを企んで密かに行動している。不可思議な事件、行方不明者の多発……真しやかに呟かれる。
そして現在、限られた者だけにその情報は【開示】され、世界各国は今一度団結をし、魔女を再び【狩る】情勢へと戻った……。
「わからない。気が付くとウチで働いていた娘を殺してた。それも……嫌っ!?私じゃない私じゃないの……もう一人の――」
頭を乱暴に掻きむしり取り乱す。一時の平常心は何処へやら……。異様な空気を察し大佐は再度、彼女に向けて構えた。
「ニコ離れろ。何かが可笑しい」
「でもま――――」
ブンッ
閃光――私の目の前を鈍い銀色の光が一閃走った。壁に乱雑に突き刺さる刃物を一つ、彼女は素早く抜き取り私を斬りつけた。
身体を仰け反り紙一重のところで躱す。反応が遅れていたら両目をやられていた。
「ちょっと!貴女、騙して……いや私が馬鹿だった。大佐の言うとおりだ。出来る事なら……いや少しでも《人》でいてくれたならきっと……」
「ニコ!情は捨てろ!やはり俺達にはこれしかなかったんだ!諦めろ!【魔女】にとっては俺達の方が異常なんだよ!」
「でも……私の時は大丈夫だったじゃない!なんで……」
「駄目だ!彼女はもう【目的本能】に完全に飲まれた!手遅れだ。捕獲部隊が後10分位で到着する。それまでに彼女を無力化するんだ!全力で!それが出来なければ任務失敗だ」
私は更に数歩後ろに下がり、リビングへと入った。廊下だと狭い。私は140センチ位しかないからまだ動けるが、下手をすれば大佐を巻き込みかねない。
「ちょっとぉじっとしてなさいよ私のお肉ちゃん。ほぉら怖がらないで、お母さんの所においで」
ボサボサになり両目に掛かる髪の隙間から、先程の澄んだ瞳の面影は無く、焦点の合わない白濁の瞳を此方に覗かせる。
「最後の最後で飲まれたか……ニコ!仕方ない【アレ】の使用を許可する!機会は一度きりだ!俺が援護する!」
ドンッ ドンッ
大佐が言うな否や足元目掛け発砲するも当たらない。先程までの彼女の動き……いや反応とは思えない位の反応速度。まるで弾道が判っているかの様に。
「あーらビックリしてる?私だってやれば出来るのよ!今この空間で起こることは全て、私には手に取る様に……感じ取れるの。あぁなんて素晴らしいの!この空間に漂う【体臭】全てが私の触覚みたいに……」
得意気に両手を大きく広げ、挑発するかの様に二人に不気味な笑いを見せつける。限界までつり上がった口角は最早、二人が知る彼女の顔では無くなっている。
「ヤバいぞニコ!アイツ……この期に及んで【覚醒】しやがった!」
私は上着の左ポケットから黒い包みを取り出した。巻かれた布を静かに解く。そこから現れるは小さな【ニコ】には丁度良い大きさの《拳銃》。
しかし、見た目が違う。近代的な、工業的な形状では無く、【呪物的】な形状をしている。
銃身には細々と彫られた、人の文化圏には無い【文字】の様な刻印が所狭しと彫られている。それ事態が異彩を放つ。
「あまり気乗りしないけど仕方無いよね。――ごめんね麝香 撫子……さん」
ドンッ
また一発【彼女】へ向けて凶弾が放たれる。
舞踏家の様な身のこなし。
軽々と避ける。
ドンッ
更に彼女に向け一発。
笑う【彼女】に向けて引き金に指を掛ける。
再度、避け体勢を整えようとする【彼女】と目が合う。
重い……今の私にとっては物凄く重く感じる。
――カチッ
静寂に響く金属音。次の瞬間――――。
「ギャァァァ!!!!」
麝香 撫子は持っていた刃物を手から落とし、糸が切れた操り人形の如く床に倒れこみ、頭を抱えて悶え苦しむ。床に踞るも雄叫びは止まらない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【麝香 撫子】は両親を知らない。
顔は愚か名前すらも知らない。物心付く前から孤児院で暮らしていた。別に会いたいとも知りたいとも思った事は無かった。私は何かが欠落していたのだ。
【愛情】
孤児院の先生達は皆優しかった。それは仕事だから。幼いながらに私はそう感じていた。同世代の友達が皆無邪気に毎日を必死で生きていく中、私は達観していた。嫌な子供……。
今思えばこの頃から兆候はあったのかもしれない。
誰ともつるまず、距離を置き、馴れ合わない。だってまた裏切られるのが嫌だから。怖いから。
だって両親は私を捨てた、この世に生まれたのに捨てた。愛し合い生まれたのに……私を裏切ったんだ。だから私は知ろうとはしなかったのだ。知ったら私が私で無くなってしまいそうで……。
高校を卒業し私は直ぐに就職した。独りで生き抜く為にはお金が必要だから。幸いにも就職先も在学中に決まり、小さいながらも物流系の事務員として働き出せた。
私は今まで気が付かなかったが容姿が平均以上に良かったみたいで、就職してから夏を迎える前までには生まれて初めての《恋人》が出来た。
相手は5歳年上の先輩社員。社内でも人気があり明るく格好いい、所謂イケメンの彼は私が今まで与えられなかった【愛情】を沢山くれた。
深い男女の関係になるのもそう遅くは無かった。
数ヶ月後の秋、そろそろ寒さも本格的になり始める頃に私は身籠った。
嬉しかった。家族と言うものを知らなかった私は、心の底から嬉しかった。
彼に報告するも現実は非情なものであった。
『今回は諦めてくれ』
只一言、それだけ言うと彼は口を閉ざした。私は泣いた。愛する人からの思いもよらぬ一言が私の心に深く無情にも突き刺さる。
私は従ってしまった。また愛されたいと、捨てられたくは無いとの気持ちで……。
それが私にとっての過ち……一生涯背負い苦しむ過ち。
「――ごめんなさい。弱いお母さんで……あなたには罪は無いのに……ね……」
それから暫くして私は彼に捨てられた。不幸はそれだけには留まらない。
体調が優れず下腹部がおかしい、病院へ行くと医者からも非情な通告を受けた。
『貴女は新たな命を授かる事はもう……』
私の頭の中が真っ白になった。きっと過去の過ちのバチが当たったのだと。
私の中で何かが壊れた音がした。