第2話 聖夜の魔女狩り②
本日も投稿させて頂きます。
*注意*グロ描写有りです。
視線の先には、今回の標的で有る【麝香 撫子】を視界に捉えた。無論、向こうは私達に……いや、今から狩られる事等、思いもしないだろう。
想像以上の早期遭遇に半ば驚きを隠せないでいた。
「ねぇ大佐はサンタクロース信じる?」
「なぜ……あぁそう言う事か!今は信じるかもな……まだ時期ではない泳がせるいいな」
「うん。人目に付き過ぎても良くないからね。……じゃぁ腕を組んで行こ!」
私はそう言うなり即座に、大佐の左腕に飛び付き恋人歩きを始めた。少しだけ胸を腕に押し付けながら。
「余りはしゃぎ過ぎるなよ。悪目立ちは不都合しか生み出さないから気をつけろ。後もう少し甘えろ」
大佐は私に注意点を伝えると、然り気無い自分の要望を紛れ込ませて来た。
「んもーしょうがないなぁ。ホレホレ~にゃぁ」
私はらしくも無い言動に合わせ、しがみついた腕に更に胸を擦り寄せ、更に身体を密着させる。上着越しでもお互いの温もりが伝わって来ると勘違いする程に。
「ねぇこのまましけ込んじゃう?」
「――馬鹿を言うな。今は任務中だ……」
小声で嗜めつつも、どこか残念そうにも聞こえたのは気のせいか……。
【麝香 撫子】は周囲の通行人を軽やかに避けながら進む。兎に角、進む。宛など無いかの様に前へ前へ。不自然過ぎる。さっきから職場であるホステスクラブとは逆方向へ向かっている。
(もしかして気付かれた?撒かれる?それとも他に居るかもしれない協力者の所へ?)
否、私達は距離にして少なくとも50メートル以上は離れて尾行している。それに直視は避け、視界の端で捉えるように周囲を警戒しつつの行動だ。
向こうは視線すら感じていない筈……なのに私には違和感がある。
何者かの……それも複数から視認られている気がするのである。
「大佐……さっきから私達、誰かに視認されてない?」
「ニコも気付いてたか。俺もちょっと前から複数の視線を感じている。もしかすると他にも【協力者】が居るのかもしれないな……」
私達は同じ違和感に気が付き、更に警戒をしつつも尾行を続けた。
麝香 撫子は急に右の路地へと方向を変え、視界から消えた。私達は足早に消えた路地へと向かう。そこに待っていたのは、後ろ向きのまま立ち尽くす麝香 撫子只独り。両脇は建物の壁と室外機が並ぶ。先は行き止まりではなく道は続く。にも関わらず彼女は立ち尽くす。着ているトレンチコートの裾が風で靡く。
(マズイ!気付かれていたか!待ち伏せ?不意打ちが来るか!)
そう思うも直ぐに対処出来るように身構えた。大佐も同じに……。
しかし、思いに反して麝香 撫子は此方へとゆっくり振り向き舐めるような視線を此方に送る。
ブランド物か判らないが対面した時から異様な程に香水の匂いが鼻を突く。彼女は身体を少しくねらせ
「――何か用ですか?あなた方が歓楽街に入った時から視認させて貰ってましたが……お客様では……まぁ恋人じゃ違いますね。あなた方は私を《狩り》に来たのですね」
そう言うなり自身の唇に右人差し指を当て、妖艶な表情で此方を見やる。
「――話が早いじゃない……」
私は尾行が失敗に終わった事に苛立ち、強い口調で返した。横目で大佐を見るも少し冷や汗をかいている様にも思える。
悪手、失敗……負の思考が私の頭を過る。
「私は何も悪いことなんてしていませんよ?なのになんで見ず知らずのあなた方は付きまとうのですか?私、これから出勤ですの。何処かに消えて下さる?」
何故か更に香水の匂いが強くなる。
「麝香 撫子、貴女は人を殺し過ぎた。既に顔も……何もかも割れてんだ。だから悪い様にはしない。抵抗しないで俺達に――――」
大佐の馬鹿!駆け引きなしに単刀直入に言うヤツが居るかと思った瞬間、私達の背後から複数人の……少なからず5、6人の男女が関係なしに此方に向かい飛び掛かってきた。
「ちょっ!何?」
私達は咄嗟に離れ、飛び掛かる人達を避けつつも彼女からは視線を外さなかった。一瞬、彼女が微笑んだのを私は見逃さない。
「貴女やっぱり!もぉ会話が成立しない所まで来てるね!じゃぁ私だってやらせて貰うから!!」
私は今日、今の今までの苛立ちを限界に迎え、態勢を低くし彼女の所まで一蹴で間合いを詰めた。
「――馬鹿!いきなり……相手の能力も確信してない中、飛び込むなっ!!」
大佐が何か言ったみたいだが、今の私には届かない。お互い様だ。
10メートル程の距離を一気に詰め私は、彼女目掛けて右足で思いっきり顎を蹴りあげた――――。
蹴り上げた筈……いや私は蹴った。なのに彼女はその場に立ち尽くす。私の身体が重い……動かない。何故?
「あらあら。よぉく見ると幼くて可愛らし……お嬢さんじゃないです事。私の子供になりますか?食べちゃいたい位に可愛らしわね」
(な……何を急に言って。それにこれ……能力に他ならない……【彼女】の能力だとしたら報告と違う!この感じは……【催眠】なんて可愛いもんじゃない!)
――――パスッ チィィンッ
周囲に微かに木霊する。
大佐の消音銃か――。
「――――ッ!!いっ……痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!何っ?何がぁぁ!私がぁぁ何したってぇ言うのぉぉぉ!!!」
彼女の左肩にめり込んだ弾頭が不意の激痛を与える。悶える彼女は取り乱す。徐々に茶色から黒へと変色するコートの布地。負傷した左肩を抑え鬼の如く表情を変えて、辺りにわめき散らす。
その大声にも関わらず、誰一人として此処に人は現れない。そればかりか先程、襲いかかってきた人達すら気付かないばかりか、よく見ると各々が放心状態でまるで【ゾンビ】の様に立ち尽くしている。
「勝機!俺が確保す――――」
その刹那、私は私の意思とは関係なしに大佐へと飛び掛かる。
(えっ……やめて……私が大佐を!)
「こんな時に何をやってるんだ!!」
大佐は飛び掛かる私をいなし、羽交い締めにする。
「おい!ニコ!まさか今になって逆行再現でも来たか!」
(違う……私は……そんなんじゃ。大佐を傷付ける事はもうしないって誓った……やめて)
暫くして大佐に羽交い締めにされた、私の身体は自由に……元の私へと戻った。
「――大丈夫か……ニコ」
「うん。ごめんなさい……。私の意思じゃない……それに身体が勝手に。今の数秒の出来事で【彼女】……逃がしちゃった。私が勝手に飛び込んだから……本当、ごめんなさい」
気付くと麝香 撫子の姿はそこには無かった。見た目に反してかなりの手練れかそれとも……。
「――気にするな。ニコが無事ならそれで良い。それにさっきの弾丸は殺傷能力はかなり低いがあれは発信器型の弾丸だ。怯ませ次いでにあれを選択した」
「ありがとう……でもお互いに少しは駆け引きしなきゃね!相手の手の内切らせまくらないとだね!」
「そうだな。結局は警察の情報は違ったみたいだしな。【催眠】なのにニコの意識はあったんだし【操作】か?」
右手に握られた追跡用端末を操作しながら大佐はぼやく。
仕掛けは何だ?
本当の麝香 撫子の能力は【操作系】か?
そして、【目的本能】は一体何なのか……?
「ねぇ大佐、私ねさっきはやられたけど、それで少しは麝香 撫子の事が解った気がするよ」
「そうか?襲ってきた連中はさっきの【ニコ】と同じ様に操られて、そうだとしたら一体何人まで操れるんだやつは!あの数を同時にだとしたら、ちょっと強過ぎないか?」
端末操作が終わり私と目が合うや煙草を取り出し火をつけ宙に煙を燻らせる。
「まぁそう言われてみると……だとしたら……まさかとは思うけどあそこと繋がりがあったら事は重大だよ!応援を呼ぶよりも対策会議になっちゃうよ!」
「ふぅ。そうだな。――結びつきが無い方が今回は有難い。おや!ヤツはこの短時間で結構逃げたぞ。こりゃ車まで戻らないと行けないな。早くしないと……発信器を取り出される前に!」
先程の襲ってきた人達はまだ動かない。ちょっと前に大佐が警察へ、此処での件を手短にメッセージしておいたらしいから、現場の後始末は警察に任せ、急ぐ様にして私の手を掴むと、来た道を只ひたすら戻る。
人混みを掻き分け、来た時よりも人が増えた。ふと路面に飾られた時計が目に入る。
【15:18】
そろそろ日が暮れる。早目にカタを着けたい。だって今日はクリスマスなのだから。
車に乗り込むと今一度、追跡用端末を確認する。どうやら彼女は歓楽街をでて、何処かの建物の中まで移動したようだ。明らかに移動速度が速すぎる。
「ねぇ移動速度が異常に速すぎない?乗り物使っている様には思えないし!もしかして《身体強化》も得ている可能あるよね?そうしたら不味くない?きっともう傷口治ってるよ。それと銃撃によって気が荒くなってそうだし」
「だとしたら時間が無い!治って吐き出されたらもうさっきみたいに簡単には見つからんぞ!警戒をされ余計にキツくなる……しかし能力を看破しないといけないしな」
慌ただしく急発進するや、彼女の元へと混雑極まりない雑踏の街中へと私達は身を投じた。まだ課題を複数残しながら。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――此処は歓楽街から3キロ程離れたタワーマンションのとある1室。1部屋、月の家賃にして150万円と庶民には、夢のまた夢の様な世界に住むは【麝香 撫子】本人である。
ホステスクラブの副支配人として破格の報酬有ればこその優雅な暮らし。そこに至るまでは血の滲む様な努力と運で此処まで伸し上がって来たのだ。
「はぁ……こんなに痛い思いなんて初めて。なんとか傷は治ったけど、さてどうしましょう。もしかしたらあの二人、此処まで突き止めてきそう……」
大分癒えた傷口を擦りながら部屋の一点を見つめる。普通の人ならば射たれた傷が直ぐに治る筈がない。そう、彼女は【魔女】。【魔女】特有の身体強化の恩恵をうけ少し位の、致命傷でなければ早ければ、ものの数時間で完治してしまう身体。
幸いにも、口径は9ミリと小さく、常人ならばそれなりの損傷だが彼女にとっては、料理中に指を切ってしまった程度にしか感じない。
しかし、傷の度合いよりも受けた事の無い痛みの方が彼女にとっては大いに精神的苦痛になったのだ。
「あと一人。あと一人だと言うのに……最後の最後で邪魔された。私は何時もそう。なんで、どうして上手く……あぁ幸せになれないの?私ばかり何時も何時も何時も――」
「あぁ私の可愛い子供達……【お母さん】に早く会いたいわよね。でもあと少しなの。だからお願い……力を……力を貸して頂戴」
麝香 撫子は壁に歩み寄る。
壁一面には様々な画材で描かれた、帯びただし数の子供の【絵】。更には無数の乱雑に突き立てられた刃物達。
【絵】は何れもクレヨン、マジック、鉛筆、木炭、血液……で描かれており決して上手いものではない。寧ろ、雑、下手だからこそおぞましく見える描かれた子供達の【絵】。
これ等は全て彼女が時間をかけ、少しずつ増やしていった者達、可愛い子供達。
まさに狂気の所業。
「そうよ!最後は【ニコ】にしましょう。そうだわ!そうしましょう!みんなもそう思うわよね!お母さん……頑張るからね!若くて無垢で新鮮で穢れ無き美味しそうなお肉……やだ……私ったら」
艶やかな唇が微かに笑みを浮かべる。まるでこれから起こる事が全て上手く行くと確信をして。壁に刺さっていた【牛刀】を引き抜くと、その拳に力が籠る。微かに口元から涎が滴り落ちる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ニコ、さっきの話通りコレ付けとけ」
「ん、ありがとう。相変わらず用意周到!便利な【異能力】ね」
大佐から私は鼻と口を覆い隠す位の大きさのガスマスクを渡され早々に着けた。
【異能力】……それは正式には【特異特質】と呼ばれ、これを持つ者を性別関係なしに【魔女】としている。
大佐の【特異特質】は自由に《物》の出し入れが出来る能力。それは《人》をも出し入れ出来る便利な能力。まぁ色々と制約は有るみたいだけど……。でも只それだけ。しかし、単純こそが戦場で生き残れると大佐は言う。
「いよいよだね。お金持ちは凄いね!此処は49階……逃げ場はほぼ無し。決着だ大佐。作戦はさっき話した手順でよろしく!」
「あぁ。無理はしてくれるなよ」
私達はそう意識を併せ、【魔女の住処】へと足を踏み入れた。施錠はされていない。セレブマンションの中を土足で進む。この際仕方の無い事……生死がかかっているのだからね。
夕日が廊下を照らす。奥の部屋への扉は開かれており、先には人影が此方を見ている。更に私は足を進める。
「いらっしゃい。やはり来ましたね。来てしまいましたね」
何故か嬉しそうに聞こえる【家主】の声。
「お邪魔様ぁ。お金持ちのご自宅は違いますねぇ。特にその壁の絵……気でも狂ったかの様な【絵】ですね!サイケデリックってこう言う――」
廊下に貼られた、気持ちの悪い絵を指して言った。
ダダッダダダダダッ
彼女は私の会話など聞き終わる事等せず、鬼の形相で此方へ走って詰め寄ってきた。想像以上の速さ。後ろには大佐、避けきれない……。
「キィィィサァァァァマァァァ!アタシノ、カワイイ、コドモダチィィヲ、ブジョクシテェェ!ユルサナイ!ユルサナイ!ユルサナイ!」
「マズイ、しくった……ごめんね大佐……」
ドチュ……ッ!バギィッ!ギチュゥ!
「あっ……」
――――ドッ
私は数秒遅れて右胸下辺りからの鋭い痛みと、骨が無理矢理に折れる感覚、激痛に襲われ【麝香 撫子】に力無くもたれ掛かり床に全身を打ち付けた。
「ッ……バーベナ……バァァベナァァァ!!!!」
「アッハハハハはははは!やった!ヤったよ!お母さんは遂に6人目を殺ったよ!これで……これで……アッハハッハハァ」
夕日に染まりて、廊下には大佐の叫びを掻き消す様に、女の甲高い歓喜の声だけが響き渡った。