第1話 episode:1 母になれなかった者達へ 聖夜の魔女狩り①
基本的には水曜日に更新させて頂きますので宜しくお願い致します。日曜日の更新はストック次第で行おうと思っております。
――今日もまた同じ夢を見て目を醒ます。
醒ます度に泪が頬を伝う。
見つめるは白塗りの天井只一点。
伽藍堂の部屋には椅子とベッドが有るだけ……私には他は何も必要は無い。有れば有るでそれらは足を引っ張るだけ。この身体一つ有れば今はそれだけで充分だ。
ヴゥヴゥヴゥ……
枕元に置いた携帯電話がシーツに擦れながら呻き鳴く。私は視線、態勢を変えずに右手で携帯電話を探りだす。
ヴゥヴゥヴゥ……
「――はい……おはようございます。――解りました。直ぐに支度をし向かいます」
急な職場からの呼び出しを受け、私は起き上がると再度、携帯電話をベッドへ放り投げクローゼットへ。肩までの伸ばした癖っ毛をグシャグシャとかきながら、整頓した衣類の中から適当に選び、素早く身支度をする。
私は何時も朝食はしっかりと摂る方なのだが今日は如何せん、時間が無い。ミネラルウォーターを取り出し喉を潤しながら玄関に向かい、壁に掛けていた白いフード付きのコートを羽織り足早に部屋を出た。
外へ出ると世間はクリスマスムードで飾られている。……もう12月かと思うと気が滅入る。私だってクリスマスを謳歌したい。まだ22歳なのだから年相応な事位はしたい……けど社会人なら仕方無しと自分に言い聞かせる。
日曜日もこれから【任務】が始まる。
恋人達が腕を組み手を繋ぎ、家族連れは楽しそうに賑やかに……すれ違う人達は皆幸福で胸が一杯だろう。私もそんな時間を過ごしたかったな……でも叶わぬ夢等忘れなさい――私。
今朝は何も食べてないせいか、無性にイライラする。やはり周囲の雰囲気が悪い。クリスマスが悪い……とか色々考えていたら目的のである所の古い庁舎についた。
詰まる所、ここが私の職場である。
都内にあるこの庁舎は旧時代に使われていた建物。周りの建物とはまた一線をかくす存在で私は意外と好みだ。
セキュリティカードで扉を開け、中に入ると平日とは違う、休日特有の不思議な感覚。日曜日だから勿論、人は少ない。それでいてすれ違う人達みな項垂れている。それもその筈だ。だって今日はクリスマスなのだから尚の事……。
私だってクリスマスにイチャラブ位はしたいものだ。それはさておき、本来なら今日は希望休を出していたが急な呼び出し……それも緊急性の案件。
私はとある部屋の前まで来た。
【対策執務室】と掲げられた扉を前にドアノブに手を掛ける。旧時代のドアは開ける度に異音を奏でる。
ギギギィ……ギッ……ギィィ
早く直せば良いのにと考えながらも部屋の中へと足を運ぶ。休日の為か電気のついていない室内は、午前中だと言うのに少し薄暗い。その中には10のデスクが等間隔に並ぶ。その一つは私の自席であり、部屋の一番奥の窓際なのだが、誰かが私の席に座っていた。
薄暗く判別がつかないのと、仕事の為に自席に近づく。
それは筋骨粒々と迄はいかないものの、そこいらの男性よりは体格の良い人物が……そう私の直属の上司で有るところの通称【大佐】が鎮座して私に笑みを浮かべる。
別にこの職場には階級など関係ないどころか存在すらしていない。ここは皆、独特な呼び方で互いを呼び合う。
「休日なのに無理言って呼び出して済まなかった。今回はちょいと厄介な相手で……【ニコ】、君の力が必須なんだ!……わかってくれるか?」
「――手当ては……休日出勤&クリスマス出勤手当&年末手当はでるの?」
「ん……クリスマス?年末?……それは課長に聞かないとだな……どうしてもと言うなら俺が自腹を……」
「ふふっ。冗談よ!でも終わったらなんか特別報酬は欲しいかな!」
私は半分本気だが少しだけ些細なイライラを細やかな冗談で上司を困らせてみた。
大佐は本当に人が良い。故に年下の私が生意気にも何時も今日みたいにからかってしまう。でもそれが許されてしまう。
私が特別だから。
だから何をしても許されてしまう。
決して鼻に掛けるわけでも、天狗になるわけでもない。只、周囲から私は《必要》とされ、それに応えて《結果》を出しているだけ。
私がやるべき事をやり、結果は後から付いてきただけ……只それだけの事。
でも大佐とのやり取りや関係は特別だ。
「よし!わかった。考えておくからそろそろ本題に入っても良いかな?」
「うん。あっでもちょっと暗いから電気点けて来くる」
私は小走りに入口の横にあるスイッチまで行き電気を点けた。薄暗い部屋から一気に明るくなり一瞬、目が眩んだ。
「都内の【婦女子連続惨殺事件】は知ってるよな?近年希に見る猟奇殺人事件の……」
「うん。ちょっと前までニュースで連日騒いでた……被害者は5人だっけ?皆若い女性ばかりを狙って生きたまま腹を綺麗に十字に……」
具体的な事件内容を言い掛けた瞬間、割り込んできた無邪気な声……【ペイン】だ。
サラサラの黒髪を揺らしながら私の顔を覗き込む。
「もぉ昼間っから無表情だけど可愛い顔して、恐いことを詳細に話さないの!おっはよっ【ニコちん】」
私はタバコじゃない!と心の中で叫ぶ。
「おはよ。もしかしてペインも参加なの?珍しくない?」
「いやいや~違うよ!違う!偶々忘れ物を取りに来ただけだよ!た・ま・た・ま・ね!」
そうとだけ言うとペインはそそくさと荷物を乱暴に手に取り、手を振りながら部屋を出ていった。相変わらず慌ただしい奴だ。
「さて……邪魔が入ったがその事件の【犯人】をようやく警察は見つけ出した。見つけたのは良いが相手が如何せん【魔女】なもんだから対策執務室に依頼してきたと言う事なんだが……」
「ふーん【魔女】ねぇ。でも何でそんな簡単に魔女と決められたの?痕跡なんてなかなか残らない筈。――あっ先に言っとくけど今の私は後3回だからね!まぁ昼過ぎれば4回それだけは忘れないでね」
「わかった。ニコならそれでも十分だろう」
「いや過信、油断は禁物だよ。相手の能力は何なの?それによっては負けるよ」
私は《過信》はしない。過去にそれで手痛い目に遭ったから……。
「すまない……そうだったなニコ。でだ報道では伏せられているが被害者の職業は皆同じ《ホステス》だ。そして使われた能力は【催眠】系との事らしい。被害者の検死結果から見て被害者全員に抵抗したり、薬物の使用等の痕跡は一切無いそうだ。普通の睡眠時にしても今回の犯行は不可能に近い。だから警察は魔女によるその系統の能力との判断だが……鵜呑みにしていいものか。一応の犯人の特定までは出来たが犯行理由が未だに解らず……ある一部だけ持ち去っているみたいで、快楽殺人とも言いがたい。収集家タイプか……どちらにせよ魔女だったとしたら尻尾を掴むのは相当に骨が折れるな……呼び出しておいて言うのも何だがな」
大佐は考えながら無精髭を蓄えた顎を軽く擦りながら深く考える。
「ん、催眠……催眠をかけて切り裂く……効率良いんだか悪いんだか。でも何か引っ掛かるなぁ。被害者は女性限定、共通点は幾つか……。それが欲しいが為に……か。まぁ身元が割れていれば少しは捕まえ易いんじゃない?」
私は近くの机の上に座り、足を組み替えながら得意そうに言う。
「魔女と対峙する際に最低限必要な情報は2つ。【能力】と【目的本能】。前者は単純に戦闘時の対策の為、しかしごく稀に非戦闘能力を持つ個体も存在するから一概には言い切れない……。後者は目的が判れば相手の生活圏から行動までがある程度は割り出せ見つけ易くなる。本当《魔女》は隠れるのが得意だからね。今回は一応その2つが揃っているわけよね?」
「あぁ。犯人はホステスクラブの副支配人の【麝香 撫子】31歳だ」
大佐は魔女の映る端末を私に差し出す。そこには艶やかな黒髪を後ろ手に纏めた、齢にして31……しかし年齢以上に大人びている……いや、少し老け気味な草臥れた印象だ。まぁ仕事柄、数々の修羅場を潜り抜け来たのだろうに……苦労かそれとも。
それでも私から見ても十分に美人だ。
私は顔を頭に叩き込み座っていた机から降りると、施錠してある自分の机の引出しから【商売道具】を取り出し再び施錠をした。
黒い布に包まれたそれをコートの左ポケットに押し込み大佐に近づく。
「そこまで身元が割れてれば直ぐだね!ねぇ今回は《単独行動》でいいの?それとも一緒に来てくれるの?てかなんで今日じゃないといけないの?」
「何でかって?俺だって聞きたいわ!上からじゃ断れないだろ?それに身元が割れたからだろ……。で今日は俺がバックアップに回る。車……出すから玄関口で待っててくれないか?」
「りょーかいでーす」
私は小馬鹿にするように軽く敬礼をすると先に部屋を出た。久しぶりの大佐との現場行動は胸が踊る。
「はぁでもクリスマスに《現場デート》ですか……ちょっとトイレ行っとこ……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「すまない待たせたな!」
大佐がダサくてボロイ【公用車】でお出ましだ。渋々、私は助手席に乗り込むとぼやいた。
「また公用車ですかぁ!たまには……いや休出なんだから大佐の車で行こうよ!あの旧時代のカッコいいヤツ!音が五月蝿すぎるけどね」
「ははっ!流石に今日は無理だ。だって俺、昨日から舎に泊まり込みだっから車は家でお留守番だ!」
「えっ……徹夜なの?――お風呂ちゃんと入った?」
「そっちの心配かよ!あぁちゃんとシャワー浴びたし3時間は寝たから大丈夫だ。心配するな!それよかそろそろ昼にしておくか。何食べたい?今日は奢るよ」
前方を注視しながら運転の傍らに大佐は言う。街中の道は日曜日ともあって、人通りも車も多い。況してやクリスマスなのだから当然だ。数も多けりゃ周りの車のノロノロ走りなるのも当然。仕事前に事故など言語道断な訳で、大佐は何時も以上に安全運転に勤しんでいる。
「んードライブスルーでハンバーガーでも良いかな。なんか手早く食べたい気分……だって今日は何処も何時も以上に混んでそうだし」
私は別段これと言った物が有る訳では無いが、出来ればクリスマスの雰囲気を避けたかったからそう思った。
「そんな物で良いのか?まぁ確かに休日で何処も混んでるしな……ドライブスルーもだけどな」
「車の中ならもう少し仕事の話も出来るし……何だったら別の話とかする?」
私は大佐を見つめながら、持て余している右手を大佐の左太腿に置いた。
「おいおい急にビックリさせるなよ!事故っちまうぞ」
「何照れてんの?ほらほらーお店だよ。ドライブスルー……そこ左に!あっ一時停止!はい入る!――私は何時ものセットで良いよ」
無言でハンドルを切りながら、やれやれと言った表情で注文をする。スピーカーからはマニュアル通りの対応と大佐の相変わらずの優柔不断な注文の仕方……。
「えっと……Lサイズ……いやLLで!」
私は買い物もそうだが大抵直感で決めてしまう。対する大佐はいつまでも決まらずに最悪なのは、寸前で迷いに迷って買わない事だ。
私達の性格は相反するのだがそれが噛み合うと爆発的に力を発揮するのだけど、仕事外だとそうはいかない。
「はぁ……今日はこんなので上手く行くのかなぁ」
心配になりながら呟くも、無言で差し出されたハンバーガーを頬張る。今日初めての食事に胃に染み渡る。そろそろ13時半か……4回。
「着いたぞ。此処からは徒歩で行動する」
コインパーキングに着き私達は車から降りた。庁舎からずっと車内に居たから、外気が心地よく当たり背伸びで全身の筋肉が目を覚ます。
「運転お疲れさま!まぁなんて言うかクリスマスに此処に来るのは何て言うか……変な気持ちになるわ」
パーキングを出た先に広がるは都内随一の歓楽街。
欲望と憎悪と希望が渦巻く街……日本の縮図と揶揄される街。
【東国天夜】
この歓楽街の名前だ。
私達はまだ見ぬ魔女に誘われる様に歩む。
昼間だと言うのに薄暗く、独特の空気……懐かしいそんな気持ちになる。
「さて、何処から行くのかな?勤務先に突撃?自宅に押しかけ?それとも既にゴールは判っているの?」
私が茶化すと大佐は無言で行く先へ目配せをした。
その先に視線を送ると、そこには数時間前に見た覚えのある顔。
【麝香 撫子】
今回の【魔女】を目の前にして苦笑いしながら呟いた。
「こんなにも早いとは、いやいや無いでしょ?ドアトゥードア?もしかしてサンタクロースって……本当に居るのかな?私、今だったら信じちゃうかも」
ここまで読んで頂き有難う御座いました。今後とも宜しくお願い致します。