第4話 最弱達の訓練 前半
一旦部屋に戻り、着替えてから運動場に出るとそこには僕と副団長しか居なかった。
「お、ハルトくんやん」
「は、はい!今年度から『ブラック』に配属が決まったハルトと申します!」
「そんなガチガチにならんでええって。なんならタメ口でええんやで?」
「いえ、副長殿にタメ口など恐れ多く・・・」
すごい気さくな方だ。
騎士学園において、立場が一つでも違えばタメ口などありえない。その点においては騎士団も同じだと思っていたのだが。
「君は真面目やなぁ。ハルトくんの先輩達はこう言ったらすぐにタメ口になったんやけどな」
あー、副団長お世辞にも強そうにみえないもんな。
「あはは、そうですかね?」
あれ?でもホールで団員と雑談してた時は全員が敬語を使ってたような気がする。
後で先輩方に聞いてみるか。
「まあ、これからは大事な『ブラック』の仲間や。ここにはゆっくり慣れていけばええ」
「ーーーんです」
「うん?どしたんや?」
副長がこちらを見て首を傾げる。
僕は、言わない方がいいと分かっていながら、その次の言葉を止めることができなかった。
「違うんです。僕は、僕は『レッド』にはいりたかった!」
どうしよう、言ってしまった。
僕らの間に気まずい空気が流れる。
「『ブラック』はカッコ悪いか?」
副長の口から、怒りは感じないが悲しそうな声が出る。
「いえ、そういうわけじゃ・・・」
そこに続く言葉を探しているうちに他の団員が運動場に現れ始めた。
「・・・この話は後でな?」
そう言いながら副長は運動場に来た団員達の整理を始めた。
その後、僕たちは訓練に参加したのだが・・・
「ブラック」の訓練内容はえげつなかった。
「よし、まず運動場10周っ!」
団長がそう言った後、団員は準備を始めた。
10周ぐらい楽なものじゃんと思うかもしれない。
僕も最初に言われた時はそう思った。
だが、団員の面々は20kg以上にもなる鎧を着たのだ。
戦闘想定時の訓練ならまだしもこれは彼らにとっての準備運動なのだ。
今日、僕らは見学としか言われていない。なので一緒に走ることは無いだろうとたかを括っていたのだが、
「新入りの子も一緒にやろうや」
との副長殿の一声で全員が走ることになった。もちろん鎧は無しで。
しかし、曲がりなりにも僕らは全員騎士学園を卒業している。鎧さえ無ければこの程度わけないと誰もが思っていた。
「それでは10周始め!」
団長の号令で整列していた僕らを含めた団員が走り出した。
「何だ、思ってたより遅いじゃねえか」
隣の奴が呟く。
いや、鎧を着てこの速さだったら十分速いだろうし、これは準備運動だからな。
そう心の中で突っ込んでいると、先頭が最初のカーブに差し掛かろうとした。そして彼らはそのまま真っ直ぐに進んだ。
「おいおい、運動場を10周って言ってなかったか?」
また隣の奴が呟く。今回は僕も同意する。
そのまま森の中の獣道のようなところを10分程走っていると、急に視界がひらけた。
そこには、さっきのとは別の運動場があった。
「はぁ?何だこりゃ!」
ついに隣の奴がキレた。それもかなりの大声で。
「どうかしたか?」
僕を部屋に案内してくれた団員の方が声を聞きつけて僕らのところまで来た。
大声で切れてしまったのが恥ずかしかったのか、
「いやあの、ちょっと走るのが長くないかなーって思っただけっス」
ギリギリ聞こえる声量で答えた。
「あぁ、そうだな。最初はビビるよな、曲がんねーの」
遠い目をして苦笑しながらその人は言葉を続ける。
「うちの騎士団はな、運動場が3つあるんだよ。そして、その3つを繋いだ三角形を全部の運動場の中、『運動場内』と呼ぶんだよ」
「もう1つあるんスか!?」
「あぁ、そうだよ」
それを聞いた新入団員は全員これからの自分を案じていた。・・・僕含め。
1時間後、僕は最初の運動場で倒れ込んでいた。
1周終えた後、団長が
「新入団員は気を失う前に自分で抜けろ」
と言ったため、10周はしなかった。
というより出来なかった。
それがとても悔しかった。騎士団の人たちはペースを全く落とさないで走り続けたのて追いつけなかったのだ。
荒い呼吸を整えていると、頭にタオルがかけられる。
「お疲れ。すごいな、お前。新入団員の中で1番長く走ってたじゃないか」
同室の子だ。
「ありがとう、でも最後まで走れなかったよ」
「仕方ないよ、相手は現役だぜ?」
「それもそうか、よし、今月には最後まで走り切ってやる!」
思考が前向きになった。
その後も彼と話していると団員達が走り終えて帰ってきた。
「よし、5分休憩!その後組手を行う」
そうだった。これは準備運動なんだった。
これからさらに訓練を行うらしい。どんな体力をしているんだ。
団員達が鎧を脱いで休憩しているのをぼんやりと眺めていると、視界に違和感を覚えた。
副長だ。
副長は汗を全くかいていなかった。
いつものように人の良さそうな笑みを浮かべて団長と歓談している。
あれだけの運動量で汗をかかないって人間としておかしくないか?
そんな疑問を抱えながら僕らは訓練の後半戦へ突入した。