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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

しらたまさんとの小説その5

作者: 黒石*馨胡

そんな偶然あるのだろうか。夕陽が無く、忘れ物をしなければこんなことは有り得なかったと思う。


「やべー」

「どうしたよ」

「バッシュ教室に忘れてきた…」

「明日土曜だぜーうわーしらたま足臭!」

「取ってくる!先行って!」

地元ではそこそこ名の通ったバスケ部のレギュラーになって半年。もうすぐ引退だと言うのに進路が決まらないとは、学生にはありがちな話だと思ってる。最近は塾に行き始めた人もいるので、夜まで練習することは無くなった。

「バッシュ、バッシュ、足臭だけは嫌だー」

独り言を言いながら教室に戻ろうとすると、美術室に明かりが点いていた。

(うちの美術部も結構遅いんだなぁ)

興味本位で覗いてみると、教室の中は1人だった。

(あれ、うちのクラスの零じゃね?)

優等生でクラスでは目立たない奴って言うのが正直な印象。

西日がかなり強い教室で1人黙々と絵を描いている。

夕陽に照らされた顔は真剣そのもので。

動かす手は細く白く。

伸びた背は堂々としていて。

(人間じゃないみたいだ…)

気付けば逃げる様に美術室を後にしていた。


次の日朝練を終えると、大体の同級生が教室に揃っていた。部活が無い人でも最近は勉強の為に早く来たりしている。

零の方を見てると黙々と何かを読んでいる。

「零、何読んでんの?」

正直初めて声をかけた。そりゃそうだ。あちらは優等生、こちらはただの部活野郎だ。

「あっえっと…」

見てみると、大学の進路紹介の本だった。

ただ…

「お前、美大行くの?」

「…」

開いていたページは美大の紹介ページ。

意外過ぎる。

チャイムが鳴った。

「ほらー朝礼だぞ!席につけー」


席は零のほぼ一直線で斜め後ろなので、授業中はよく零の姿が見える。

英語の授業で零が当てられた。流暢な英語で問題に答える零。

(こんな優等生なのに美大志望か…)

昨日の絵を描いていた零を思い出す。綺麗でそれだけで1枚の絵になりそうだった。

(綺麗なだけだし…!恋とかじゃ全然ねーし!)

「次の問題を…しらたま!」

「はい?」

答えられなかったので周りは笑ったが、零はこっちを見もしなかった。


昼休みは正直10分程度だ。昼練が大半を占めているので、ご飯を食べる時間はそれくらいなのだ。

「なぁ、零!」

「えっと…」

そりゃ、普段話さないやつに話しかけられたらビビるよな。

「今日何時に終わる?」

「えっと6時くらい…」

「よし、一緒に帰ろう!正門で待ち合わせ!じゃ!俺昼練あるから!」

答えを聞かずに教室を飛び出した。


部活が終わって、正門に走ると既に零は待っていた。

「わりぃ!遅くなった!」

「いや、俺も今来たとこだから」

…かわいいかよ。

夕陽も落ちかけ、既に暗闇がすぐそこに迫っていた。

お互い何も言わずただ隣を歩く。

(気まずいとか思わねーのかな…)

「あのさ」

「何?」

「どうして美大志望なの?勉強できんのに」

「…」

(初めてまともに話すのに、もっとちゃんとした話ができない俺って…)

自分が悲しくなる。

「叔父が…」

「ん?」

「亡くなった叔父が絵描きだったんだ。家族に迷惑をかけた人だったけど、俺は好きだった。子供の頃からずっと絵を描いて生きていくのが夢だった」

そう言う零はまっすぐ前を見ていて…

(俺なんか視界に入ってないじゃん…)

「俺なんも考えてねーなぁ…」

「でもしらたまはバスケできるし、クラスでも人気者だし、高校はそういう方が楽しいよ」

「まぁ楽しいけど、こういう奴が将来困るんじゃねーかな」

「しらたまならなんか上手くやれそうな気がするけど」

「そうかぁ?」

「うん」

(初めて喋るけど…やっぱかわいいわ…)


ずっと見ていたから分かる。美術室の正面から見下ろすと体育館の中がよく見えるのだ。

何度しらたまに憧れてその姿を描いたか。

自分が持っていないもの全部を持っているしらたま。

ずっと遠い存在。

今も隣にいながら、距離を感じる。


駅で別れる前に無理矢理連絡先交換をした。

したはいいが、これから俺の方は全国大会に向けて忙しい日々を送ることになり、あまり連絡はしなかった。

そして全国大会をかけて決勝。見事に負けた。地元の居酒屋が慰め会をやってくれるくらいに見事に負けた。

「居酒屋だけど酒はダメだぞ!!」

「ういーす!」

という訳で引退試合は見事に全国に行かずに散った。

慰め会は最初から悲愴な感じは無く、思春期のスポーツ少年らしく全員ものすごい勢いでテーブルの上の物を腹に収めていく。緊張もあったのだろう。一生懸命料理を運ぶ店長お構いなしに全員次々に料理を平らげていく。

「しらたま電話鳴ってんぞ」

手羽先唐揚げに苦戦していると、チームメイトが教えてくれたが、絶賛今手羽先唐揚げを持っている。電話は切れてしまった。

かけ直そうとして、手を拭き着信履歴を見る。

思わず目を見開いてしまった。

外に出てかけ直す。コール3で相手が出た。

「もしもし零?」

「…」

「あ、さっき出れなくてごめん!手羽先で手がやばかったからさ」

「今日、決勝って聞いたから」

「あーそれでわざわざ…いやー完膚なきまでに叩きのめされたって感じ。もうここまで来ると逆に清々しいよなー」

「そう…あ、打ち上げだよね。ごめんもう切る」

「え?あ、ちょっと!」

電話は切れた。ぼんやりと手元のスマホを見ていたが、すぐに店に引き返す。

「おーしらたま彼女かー?」

ご飯にまだ夢中になりながらもチームメイトはすかさず思春期らしいことを言う。

カバンを手に取ると駆け足でその場を後にした。

「わりぃ!!」


ぼんやりと手元のスマホを見ている。

自分が彼の全国大会に何の関係あったのだろう。彼には彼の居場所があって、それは自分には全く関係ない。

ベッドに転がって天井を見た。

彼は自分にはヒーローのようなものだ。底無しの明るさで、落ち込むとか悲しむとかそういう負の感情が無く、誰もを笑顔にさせる憧れの存在。自分が決してなり得ないもの。

「何やってんだろ…」

枕にうつ伏せになってスマホを放り出すと、突然鳴り出した。慌てて表示を見る。

「しらたま…」


「何やってんだよ…」

田舎とは恐ろしいもので未だに連絡網という物が存在する。勿論住所録も存在する。なので今どこにいるかというと彼の玄関先である。

昔の方法よろしく、石でも投げてみるかと思ったが如何せん零の部屋が分からない。二階建てなので、多分2階と思われるものの兄弟姉妹がいないとも限らないので迂闊に呼び出せない。

(こう思うと俺って零のことなんも知らねーのな)

という訳で電話に結局ここまで来て縋るわけである。

5回かけ直してようやく出た。

「…何?」

明らかに不満そうな声である。

「いや、何ってお前ん家」

「は?」

「お前ん家に来たんだよ!今!だから聞けよ!!好きだー!!」

最後の「好きだ」は恐らく自分史上1番に近所迷惑になるような声を出した。

「ちょ…!今玄関出るから!」

電話が切れてしばらくすると、零が息を切らして玄関から出てきた。


「好きだ」は電話越しじゃなくても聞こえてきた。嬉しいよりも「何で?」が頭を回っている。こうして彼を目の前にしても現実感が全くない。

「好きです。付き合ってください!」

頭を下げられ手を出されても、ここではいお願いします。と言えるほどこちらはかわいい女子ではない。

「えっと…どこが…」

「綺麗なとこ!かわいいとこ!前にまっすぐなとこ!」

頭を下げ、手を出したまま即答する。

(全部違うような…)

「俺はそんな人間じゃ…」

ようやく顔を上げて、こちらを見た。

「自分で思ってなくても、俺にはそうなの!てゆーか好きなのは俺だから俺がそう思ってればいいの!」

…だったら彼に相応しい答えを出さなければならない。

綺麗でかわいくて前にまっすぐな自分らしい答えを。

「…大学に合格したら返事する…」


次の日、進路希望の紙が配られた。数ヶ月前なら折り紙にして飛ばしてしまっていただろう。だが今回はすぐに進路を書いた。

昼休み。

久しぶりに、というか何も無い昼休みは中3以来じゃないだろうか。随分今まで慌ただしく過ごしたものだ。

「しらたま進路どーすんの?」

「地元の国立」

次の瞬間、教室中が静まり返った。

「…冗談だろ?」

「マジだよ。塾も申し込んだ」

途端に笑いが戻る。

「無理無理無理!お前成績下から数えた方がはえーじゃん!!」

「やってみなきゃ分かんねーだろ!!」

横目で零を見てみると、心無しか顔が赤くなっていた。


受験まで半年も無かったが、それから猛勉強した。部活は後輩の指導を頼まれたが断った。友人達とは一緒に帰らず一直線に塾に行き、帰ればまた勉強した。休み時間はひたすら英単語や古文を覚えて、家では食事中もテキストを見て、両親は「これが本当に我が子なのか…」という視線を送った。

ただ、時々零には電話した。問題がどうしても解けなかったのもあるし、ただ話をしたかったのもあるからだ。

センター試験に一緒に行く約束をして、初詣も一緒に行った。この頃はセンター試験対策で一緒に学校で勉強する事が多くなった。他の人もいるとは言え、一緒にいるのは嬉しかった。


そしてセンター試験当日を迎えた。

ガチガチに緊張する自分に驚きを隠せない。そりゃそうだ。好きな人との未来が決まる1歩なら緊張しない方がおかしい。ましてや自分はまともに勉強して半年も経っていない。

「ちょっと…」

隣にいた零が自分の手を取って廊下を歩く。

緊張の余り自分は右手と右足が同時に出るのが分かるが、それが直せない。

いきなり甘い香りが鼻腔をくすぐった。抱きしめられたと分かるのに数秒かかった。

「大丈夫だから」

2日間のセンター試験を終え、2人共自己採点の結果見事合格ラインを超えた。


零が試験の為東京に出るので、近くの新幹線の駅まで見送りに行くことになった。

零にとってはこちらの方が本番である。電車での移動中は、心ここに在らずという雰囲気で何を言っても生返事だった。

駅で車内用の弁当を買い、待合室に並んで座る。新幹線の駅と言っても所詮田舎なので人影はほとんど無い。

「これ、受け取って」

コートのポケットからお守りを出す。

「これ…手作り?」

「あ、やっぱ分かる?針ってさ、すげー難しいのよ。小学校の家庭科以来だからさ、マネージャーのお守りみたいにはそりゃいかねーよな」

「ううん、嬉しい」

両手で受け取り顔を赤らめる零がかわいくて、思わず抱きしめた。

「零が好きな理由まだあったわ」

「どんな俺でも受け止めてくれるとこ」


体育館の方から微かに音楽が聴こえる。

小学校も中学校も高校も「仰げば尊し」で送られた。最近はポップスを歌う学校も増えてるらしいが、田舎はそう簡単には進化しない。

零も俺も第1希望の大学に合格した。

卒業式が終われば零は上京する。という訳で2人で卒業式をサボっているのである。

うちのクラスで上京するのは、零だけなのでこれから皆で見送るのだ。2人きりのチャンスは今しかない。

「返事…してなくて」

ぼんやりしていると、零が唐突に口を開いた。

(そういやそういう約束だったなぁ)

今更感がすごいあるが。

「俺はしらたまが思ってるほど綺麗でもかわいくもなくて全然まっすぐじゃないけど…でもしらたまがいたから最後は楽しい高校生活を送れた。しらたまはずっと俺のヒーローでこれからもそれ変わらない。そんなヒーローが俺を必要としてくれるなら…それに全力で答えたいと思う」

どんな愛の言葉より嬉しいセリフがあるものか。

思わず零を抱きしめる。甘い香りがたまらない。

「ごめんやりたい」

「今?」

「うん。だってしばらく会えねーじゃん」

「…」

「…ごめん。嘘」

「…嘘って方が傷つく」

思わず零の顔を見る。

「いいの!?」

真っ赤になった顔で音が聞こえるくらい勢い良く頷くのがまたかわいい。

「あーもうかわいい!」

思わずそのまま机の上にそのまま押し倒してしまった。


「みんな見送りありがとう」

卒業式をサボった俺たちはこってり担任に絞られた。そして貞操も同時に失った俺たちは同級生みんなに祝われた。

「零ー!俺は寂しいぞー!」

同級生の柔道部がずっと零を離さない。

零も嫌がればいいのに…

「ほら!柔道部離しなさいよ!しらたまとの最後の別れの時間なんだから!!」

「私らはさっさと去る!」

人生で初めて女子に感謝する。いや言っておくが最後じゃないぞ。

ホームで2人残された。

「俺、大学出たら東京出るから」

「そんな急に決めなくても…」

「だって4年も離れていつ帰ってくるかも分からんだろーがぁー」

「…じゃあ一緒に住む?」

「いいの!?」

意外な言葉に思わず反応してしまう。

「間もなく…東京行き…こだま…」

「あ…来た…」

「毎日電話するから!あと休みは絶対帰ってこいよ!夏祭りも今年は一緒に行こうな!それから…」

唇を塞がれた。甘い香りが濃くなる。

「約束する」

そう言って新幹線に乗り込む零は1度もこちらを振り返らなかった。

やっぱり綺麗でかわいくて前にまっすぐな、俺の好きになった零だ。

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