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セントティーナの夜〜ティラの誕生日〜

作者: たむ

 お日様はとっくに昇りきっているのに辺りは薄暗い。

右も左も木、木、木。

魔物や幽霊が出てきそうな雰囲気にびくびくしながら細い一本道を進んでいる。

「まだ怖いのか?」

そう話しかけてきたのは一緒に旅をしている鳥族のトーダ。

「お転婆娘がここまで静かになるとわね。」

そして微妙なちょっかいを出してきたのは犬族のクーロ。

「あんたは余計なこと言わない!」

「へいへい、ティラ女王様。」

そして私は女王様でもなんでもないごく普通の猫族、ティラ。

「むきぃ〜!」

「まあまあ、そう怒るなよ。しっぽの毛、乱れるぞ。」

「あらやだ。」

猫族は怒ったり悲しんだり、そういった感情がすぐしっぽに出てしまう。

まあ他のしっぽがある種族も出るのだが、それでも猫族はバラエティ豊富らしい。

自分は気持ちとしっぽを落ち着かせてからトーダに聞いた。

「で、後どれくらいで着くの?」

荷物を運ぶために連れているラパが「ピー」と鳴いた。

「もうそろそろで見えてくると思うんだが…おっ!」

トーダが声を上げると同時に前方を見ると看板らしきものが立っている。

三人は近づいて文字を読んだ。


『ラトン村 ← バーサル ↑ 』


「ラトン村はここを左だな。」

トーダがラパの手綱を左へ引っ張る。

「ラトンって村の規模としては小さいんだよね?」

クーロが質問した。

「ああ。だから困り事も少ないだろうな。この先バーサルまで三日くらいかかる、

ここでしっかり体を休めよう。」

「あ〜これでやっとお風呂に入れるわ〜。」

前の町を出発してから三日。

その間、入浴はしていない。

夏だと川に入り、汚れや臭いを取ることが出来るがあいにく今の季節は冬と春の中間くらい。

クーロは「この臭い、たまらない!(歓喜)」と、変態的な発言をしてくるが

レディーにとっては気になるもの。

なので宿に着いたらお風呂へ直行予定である。

「俺らも流石にひと風呂浴びたいな。」

「そうだね。」

「ピー」

ラパが不満そうに鳴いた。

「お、そうだ、ラパも綺麗にしなきゃな。」

トーダがそう言うとラパはピー、と今度は嬉しそうに返事をしたのだった。



 ラトン村の入り口に着くと猫族の若い女性が出迎えてくれた。

「ラトン村へようこそ!ここは小さな村で退屈しちゃうかもしれないけどゆっくりして

いってね!」

「はじめまして、三日ほどお世話になります。早速ですが宿屋はどこでしょうか?」

「ご案内いたします。」

女性の後ろを歩きながら村を見渡すと、森の中にあるということがあって全体的に薄暗い。

しかし、村人たちはそんな雰囲気を吹き飛ばすように明るい。

主婦たちはたわいの無い話題で花を咲かしているし、子供たちは元気に走り回っている。

その光景を見ると自分たちが育ってきた孤児院を思い出す。

「こちらになります。」

案内された先は至って普通の家。

「実はこちらの宿、露天風呂があるんです!」

「えっ、そうなんですか!」

その言葉に自分がいち早く反応してしまった。

「こら、ティラ。がっつかない。」

「うう〜。」

そんな二人のやり取りを見て女性は微笑んだ。



 そして三人はお礼を言い、早速宿へ入った。

「あら、いらっしゃい!」

出迎えてくれたのは犬獣人のおばあさん。

「すみません、三人が泊まれる部屋って空いてますか?」

「はい、空いてますよ。何泊されますか?」

「二泊でお願いします。」

おばあさんは慣れた手つきで計算する。

「料金は…千テルになります。」

トーダがお財布を取り出して提示された料金を支払う。

「はい、確かに。それでは注意事項についてですが…」

宿屋のおばあさんが淡々と話している間に自分はロビーを見渡す。

といっても珍しい物も無く、机には花瓶が置かれており、壁には時計やカレンダーが飾ってあるだけだった。

「あ、そういえば…」

カレンダーを見てふと呟いた。


──明後日は私の誕生日だ──


 毎年、誕生日には二人からいつもプレゼントを貰っている。

もちろん、二人の誕生日には私からもプレゼントを渡している。

さて、今年は何が貰えるのだろうか。

そう、わくわくしたのと同時に心配事が頭に浮かんできた。

例年、誰かの誕生日の前には三人の会話の中で必ず話題に上がる。

しかし、今年は一切そのようなことが無い。


──もしかして…忘れられてる…!?──


「ティラは行かないの?」

「あ、あれ、もう終わったの?」

「うん。ラパから荷物取ってこよ。」




 三人は宿泊に必要な荷物を持って借りた部屋へ入る。

「はあ〜疲れた。」

部屋に入るや否やベットに腰を下ろす。

「今日はゆっくり休んで明日から何か困り事がないか見て回るか。」

「うん、そうだね。」

「じゃあ早速、行きますか!露天風呂!」

自分はノリノリでタオルや着替えの服を用意しながら言う。

「え、い、行くの…?」

「う、う〜んと、そうだな…。」

しかし、二人はあまり乗り気では無いようだ。

「あら、どうしたの?」

「あ、いや、何でも無い。」

「そう。」

三人は準備を整え、いざ露天風呂へ向かう。

「ティラ、本当に大丈夫なの?」

クーロからよく分からない質問をされたが他の人に裸を見られて恥ずかしく無いのか、という意味だろうか。

これが人生初の露天風呂って訳じゃ無いし、同性なら別に裸を見られても問題ない。

「ええ、大丈夫よ。」

自分は軽くそう答えた。


 そして脱衣所の前に着いた。

当然、男と女で別れているのでクーロとトーダとはここで一時の別れとなる。

「それじゃあ、またね!」

「うん…」

二人に手を振り、『女』と書かれた脱衣所へ入る。

そこで服を脱ぐと、それと同時に嫌な汗の臭いが鼻を刺激する。

 今回の旅路では比較的川の横を通る道だったので毎日洗濯はできたが、体を洗っていないため、すぐに臭いが移ってしまう。

「うう、洗濯もしっかりしなきゃ。」

そして体にバスタオルを当てていざ…!


 扉を開けるとそこには湯船と見慣れた木々たちが生い茂っていた。

絶景ではないがまあ、リラックスは出来そうだ。

辺りを見渡すと誰もいない。

自分はしっかり掛け湯をしてから湯船へ入る。

「はぁ〜…」

自然と声が出てしまう。

前の町を出てから丸三日。

その旅の疲れが体からすぅ〜、と抜けていく。


そして残ったものは…


「やっぱり、忘れているのかな…」

そしてふぅ、とため息をついた。

「クーロはまだしも、トーダは覚えていそうなのに。」

…まあ、悩んでも前に進まないし折角の露天風呂。

自分はそんな事を忘れて今という時間を楽しむことにした。

が、その瞬間、「ぎぃ〜〜」という音とともに自分が入ってきた隣のドアが開いた。

そして現れたのは見慣れた二人。

クーロとトーダだ!

え?なんで?ここは女湯よ?!

そして二人は体を流した後、自分と同じ湯船に入って来た。

自分はすかさず距離をとる。

「よ、よお…」

「キレイなロテンブロだねーゼッケイだねー。」

「…あの…」

自分が一言発すると二人はぶるっ、と体を震わせた。

「なんで二人がいるわけ?」

「なんでって…」

「…ここは混浴だから…」

「へ?」

混浴?

「ほら、受付のおば…お姉さんが説明してたじゃん。…もしかして聞いてなかった?」

「…な〜んだ、そうだったのね!」

疑問が解けて一安心。


という訳もなく…


「ああーー!」

「ちょ、静かに!幸い自分たち以外にお客さんいなさそうだし大丈夫だよ。」

「いや、問題はそこじゃ…」

ああ、恥ずかしい。

この歳で異性と同じ浴槽に浸かるなんて…。

「説明の後でもノリノリだったからもしや、と思っていたが…」

「だったら言ってよ!」

トーダは頭を掻く。

「まあ起きてしまったことは仕方ないから湯船に浸かってリラックスしよ?」

「うう…」

 そして数分後。

クーロは最初こそ緊張していたようだが既に無くなってしまったようだ。

さすが犬族。

一方でトーダはまだ少し緊張しているようだ。

「あ、あの…」

さすがにこのままだと気まずいので何か話題を作らなければ…!

「次の町って確かバーサル?だっけ。」

「ああ。」

トーダが答える。

「何か有名な特産物とかってあるの?」

「う〜ん、本で知ったんだがあそこは宝石が有名らしい。」

「え!?宝石が取れる場所なの?」

興味津々な自分をトーダが翼で制止した。

「いや、取れる場所じゃなくて加工する場所だな。」

「へ〜そうなんだ。」

「まあそんなだからバーサルは昔から栄えている。当然、町の規模も大きい。」

「迷子になるなよ〜」

目を瞑りながらクーロが言った。

「なるわけないでしょ。」

ぷいっ、と自分は首を振った。

「さて、俺はそろそろ体を洗おうかな。クーロはどうする?」

「自分も行く〜。ティラは?」

「私はまだいいや。」

「そっか。」

そう言って二人は湯船から出ていった。

本当は自分も体を洗いたいところだが、異性がいるとやっぱり恥ずかしい。

そりゃあ、小さい頃はクーロとトーダ、孤児院たちの子とお風呂に入っていたが、

自分は明日で十七歳。一緒に肩を並べて体を洗うには無理がある。

とは言ってもこのままではのぼせてしまうので少し湯船から出る。

そしてバスタオルを体に巻き、クーロたちを背に森の方を見ていたのだが…

「…なんか視線を感じる…ような…」

さっ、と振り向く。

しかし二人は何事もなく体を洗っていた。

「…気のせいか。なんか気が抜けないな…」

はぁーっ、と本日二度目のため息をついたのだった。


 体を洗い終わったクーロとトーダが湯船へ戻って来た。

「見た?」

クーロがびくっ、とした。

「な、何を?」

「わ・た・し。」

クーロは必死に首を横に振った。

「み、見るわけないじゃないか。」

「まあ冗談よ。さて、次は私の番ね。」

そう言って再び湯船から出る。

そして向かう途中に「危なかった…」という誰かさんの言葉をこの猫耳は逃さなかったのである。



 お風呂から出て部屋に戻った三人はそれぞれ好きなことをしていた。

とは言っても室内で出来ることといえば雑談、読書、チェンガ(カードゲーム)ぐらいだ。

「よし、上がり!」

「…また負けた…。」

クーロとトーダがチェンガしているのを横目に、自分は本を読んでいた。

するとドアがノックされ、

「すみません、トーダ様ご一行はいらっしゃいますか?」

「はーい。」

トーダはカードを置き、ドアを開ける。

すると宿屋のおばあさんがおいしそうなきのこ料理を持って立っていた。

「ご夕食をお持ちしました。」

「ありがとうございます。」

自分とクーロも軽く頭を下げる。

 こうしておいしい晩ご飯を食べ、ラトン村初日は幕を下ろしたのだった。



 ラトン村滞在二日目。

「やっぱり、困り事無いね。」

クーロが少々残念そうに言った。

「まあ平和で何よりだ。」

 三人は朝から村の中を巡回していたが、今のところ困り事は無いようだ。

「まあ、今日はゆっくり体を休めてまた明日からの旅路に備えるとするか。」

 その後は村の外を軽く散歩したり読書したりそれぞれ自由に過ごした。


──そしてその夜──


 「ああ、また負けた…」

「お前、弱すぎだろ…」

最弱クーロを横目に自分は読書をしていた。

昨日と全く同じ構図である。

「そろそろ寝ない?」

時計を見ると十時を過ぎたぐらい。

「そうだな。明日も早いし…そろそろ寝るか。」

「の、前にもう一戦!」

「ダメだ。」

しゅん、とするクーロを置いてトーダはランタンの火を消した。

「おやすみー」

互いに言い合って目を閉じる。

明日は私の誕生日、忘れてないといいな。

そうわがままな思いを抱きながら眠りの世界へと入っていった。




──「おい!こら!離せ!!!」──

──バン!──


 眠りから覚めたのはこの怒号と乱暴にドアが閉まる音。

え?何?どうなってるの?

部屋を見渡すとクーロとトーダが居ない。

もしかして…誘拐!?

バッグの中からナイフを取り出し、恐る恐るドアを開ける。

そして廊下を見渡してみたが誰もいない。

どうしよう?

ロビーへ行って助けを求めるべきか。

それとも自分一人で探しに行くか。

「それと…トイレ、行きたい…」

しかし、今はクーロとトーダを助けるのが先だ。

「…とりあえずロビーに行って助けを呼ぶか。」

考えた末、前者の行動を取ることにした。が、

「やめろ!!」

「!」

この声は…クーロ!

しかもすぐ斜め前の部屋から聞こえて来た。

「…これは…行くしかない!」

自分は勇気を振り絞りドアを勢いよく開ける。

すると…


パン!


何かが弾けるような音がした。

「お誕生日おめでとう!」

目を開けるとそこにはクラッカーを持ったクーロとトーダが居た。


──ちょろ──


「ああ…」

思わず声が出る。

「いや〜ただ単にプレゼントあげるだけじゃつまらないかなと思って今年はこんなサプライズを…あ。」

そこでクーロの言葉は止まった。


──じゃああああ──


「ちょ、見ないで!」

そう、さっきのクラッカーの音にびっくりし、漏れ出してしまったのである。

一度流れ出してしまったものは簡単には止められない。

「ああーーー!」


 そして一分後。

全てを出し切ってしまった自分はへろへろとその場へ座り込んでいた。

そこで棒立ちになっているクーロとトーダが一言。

「…ごめん。」





 「当宿屋をご利用いただきましてありがとうございました。それでは、よい旅を!」

三人は宿屋を、そしてラトン村を後にした。

「ティラ、あの…」

「もういいわよ…」

「…」

サプライズが事故に変わった後、三人は汚してしまった床を掃除し、宿屋のおばあさんへ

報告した。

自分は言うまでもなく顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。

(ちなみにサプライズで怒鳴り声やクラッカーを鳴らす許可は事前に取っていたようだ。)


「でも…まあ、うれしかった。」

「!」

うつむきながら歩いていたクーロとトーダが顔を上げた。

「私の誕生日、覚えていてくれて…」

「…まあ、忘れる訳ないよ。」

クーロが言う。

「あと、このプレゼントも。」

そう言って自分は新品のバッグを軽く叩き、中から本を取り出した。

「…ありがとう。」

ここでやっとお礼を言うことが出来た。

その言葉を聞いた二人は自然と顔の表情が柔らかくなる。

「…どういたしまして。」

トーダが言った。

「で、」

自分は足を止めた。

「このサプライズは誰が考えたの?」

自分は満点の笑顔を作り、二人に問い詰める。

「えっ、えーとだな。」

トーダの視線は黒い犬の方を向いていた。

「もしかして、クーロくん?」

「えっ、うーんと…」

「クーロは今日、トイレ禁止!」

「え…」

ぽかんとしていたクーロだが、その言葉を理解すると慌てて抗議する。

「いやそれは無理だって!ていうかそろそろトイレ行きたいし…それにトーダだって共犯じゃん!なんで自分だけ!」

「以上!」

自分は止めていた足を再び動かし始めた。

後ろからは納得いかないクーロの声とトーダの深いため息が聞こえてくる。

前を見るとまだまだ薄暗い道は続きそうだが、以前より少し明るくなった様な気がする。

…さあ、クーロがいつおもらしするのか見ものだわ。

自分は足を早めながら「にしし」と笑った。

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