第十六話 負けなきゃ勝ち
ああ、書くことない…。
「ちくしょー、ちくしょー……」
あの後無事逃げ切れたかと思ったのだが、色々あって捕まり、楽屋に強制連行されてしまった。
一人ぼっちで恨み言をつぶやいていると、なんだか気が晴れる。客観的に見たら、不審者に違いないのだが。
「ジャックめ、狡猾だったな…。真逆あいつが、大人の店に先回りしているとは…。」
逃げる途中で大人のお店(居酒屋)を見つけ、のれんをくぐった瞬間にジャックがいたときには心臓が止まるかと思った。
あいつ、「カジノや金融機関も探したのだが、やはりここに来たか」とか言ってたけど、俺ってあいつにどう思われてるんだろうと真剣に悩む。
と、そんな事を考えていると開始のブザーが鳴った。
「間もなく開会式が開始いたします。選手の皆さんは、指定された場所に向かってください」
その放送に、俺は席を立った。黒のコートを着て、腰に剣を携える。
「よし、行くか!」
俺は楽屋のドアに手をかけ、コートを翻し……!
「あ、コートは暑いから脱ご」
ーーーーーーーーーー
厳粛な雰囲気の運動場。東京ドーム0.8個分ほどのその敷地の中央には、トーナメントに参加する12人の転生者が集まっている。観客の視線を浴びながら、司会者はどんどん開会式を進めていった。
やがてすべてのプログラムが終了。司会者が会場を出ると、空気は一転してにぎやかになった。
「きんちょうしないだいじょうぶきんちょうしない」
俺があまりの緊張に会場の隅で自作のまじないを唱えていると、一人の青年が歩いてきた。
「こんにちは。……えっと、年上ですよね?」
「……そうですけど」
俺はそっけない返事を返すが、青年は笑顔のままで。
「僕は高校二年生のアオキシュンヤと言います。授業を受けていたらクラスごと召喚されたんですが、訳あって追い出されちゃって。……えっと、あなたは?」
なるほど。俺のように死んで転生した奴だけじゃないようだ。
「俺はタナカコウジ。大学生だ。この世界には死んで転生してきた」
俺がそう言うと、アオキは驚いたような顔で。
「死んで転生!? すごいです! 死を経験していらっしゃるんですか?」
「あ、ああ……まあな……」
笑顔で話すアオキに、俺は少し引く。笑顔で話すようなことか?これ…
「トーナメント、よろしくお願いします」
俺は、何処か影のあるアオキに差し出された手を握った。
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「第一回戦! さあ、トップバッターはこいつらだっ! 倒した敵は数知らず! 彼が征くは修羅の道! 殺戮の勇者・アオキ!」
テンションの高い司会者の掛け声とともに、会場が湧き上がる。アオキはいかにも高そうな全身鎧に身を包み、笑顔で入場してきた。
…え。何その通り名。怖すぎるんですけど。
「対するはこの男! 転生してきたのは昨日! 無名の勇者・タナカ!」
司会者の煽るような掛け声に、会場はどっと笑いに包まれた。こころなしか、嘲笑の声も聞こえてくる。
俺とアオキが対峙すると、司会者は大声で。
「さあ行くぞ! 果たして勝利はどちらの手に!? レディー・ゴー!」
その言葉が俺の耳に入った瞬間、抜刀したアオキが突っ込んできた。
「は、はやっ!?」
「ほっ!」
俺を捉え、刀を薙ぐアオキ。だが、その剣は外れた。
「なっ!?」
「はっ! 惜しかったな! 俺の動体視力舐めんな!」
俺は見事に剣を回避し、アオキに笑いかけた。
その瞬間、会場が沸き立った。
「な、なんと!タナカ選手、アオキ選手の一撃を回避したあああ!」
「すごいですよコウジさん! ビビって尻もちついただけなのに、剣を避けたことにされちゃうなんて!」
「すごいぞコウジ! 虚勢だけは一丁前だ!」
来賓席から、アンリとジャックの声が聞こえる。
ちくしょーあいつら、後で覚えてろよ!
「でも無駄ですよっ!」
「ふぐっ!?」
アオキの木刀が胸に打ち込まれる。木刀ながらに威力がある打撃に、吐きそうになった。
あまりの痛みに顔をしかめる俺に、アオキは容赦なく追撃を繰り出した。
「ぐはっ!」
「ははは! さあ、コレで終わりです!」
笑いながら刀を振りかぶるアオキに、俺は苦悶の表情で笑いかける。
「よし分かった、俺と取引しよう!」
その言葉に、アオキは怪訝そうな表情で。
「この期に及んで、往生際が悪いですよ」
「いや、少し俺の話を聞いてくれ。それだけでいい」
会場が静まり返る。俺達の会話に聞き耳を立てているようだ。
「……なんですか?」
「まずこうしよう。このトーナメントは、敗者から賞金が捻出されるのは知っているだろう? もし俺の言う条件を飲んでくれたら、その金額の倍額を払う、ってのはどうだ?」
俺の言葉に、審判が顔をしかめる。目の前で八百長の相談がされているのだから当然だろう。審判は旗をあげようとするが、サルク王に止められた。
「……昨日転生してきたばかりのあなたが、そんな大金を持っているとは思えませんが」
そりゃあそうだ。事実、俺は金なんて持ってない。
こんなあからさまに怪しい話を疑っているにも関わらず、俺の言葉に耳を傾けているのは、リスクの割にリターンが大きいからだろう。
このまま俺に勝ったとしても、その先勝ち進めるかはわからない。安定を求める人間にとっては、なかなか魅力的な提案だ。
「それはまあ、色々とな」
「まあ良いでしょう。その条件とやらを聞きましょうか」
アオキは余裕の笑みを見せる。俺はアオキから目線を外さず、堂々と。
「勝負を、じゃんけんに変更してほしい」
「……は?」
会場にいる、俺以外の全ての人間がハモった。
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「じゃあ行くぞ」
「……はあ、本気なんですね……」
……女神アンリいわく。この世界を発展させるに当たり、地球の文化をいくつか拝借したらしい。それはもちろん、ゲームも例外ではない。
「この勝負は、サルク王の名で預からせてもらおう。では、拳を出せ」
「前代未聞ですよ、こんな勝負……」
騎士団長という立場のせいで強引に呼び出されたジャックが、呆れ顔で呟く中。
俺は、勝利を確信していた。
「じゃあ行くぞ、コウジ、アオキ殿。準備はよろしいか」
「ああ」
「……はい」
さあ、勝負を始めよう。
「最初はぐー。じゃんけん……」
その瞬間、俺は拳に力を込め……!
「「ぽん!!」」
勝負は決まった。アオキはグーを出したままで固まっている。観客が呆然とする中で、俺は。
「勝負あり!勝者、田中光二殿!
「そ……そんなのありかああああああっ!」
グーの上に生成した紙を載せ、勝ち誇った顔でアオキににやりと笑いかけた。
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