第03話 「先生の椅子」
親父が死んだので、お袋の世話をするために田舎に帰ってきた。
そのお袋も昨年死んだ。なので、命日は月に二日。
件の尼僧はその日にやってくる。
これは、俺が、その尼僧の読経後の話を書きおこして採点したものである。
彼女が曰く、
『私事で恐縮ですが、合気道という柔道と踊りの合いの子のようなものを、高校生のころから習っています。
大学時代は時間が有り余るものですから、京都にある大学に通っていたのですが、その当時、武道の業界で有名な先生を探しだして。その先生は大阪にいらっしゃったので、電車で京都から大阪まで通ったほど、とにかくはまって習ってました。
その大阪の先生は古風なかたで、達人のステレオタイプといいますか、風貌は線が細くて、上背もない華奢なお爺さんなんですが、はじめて伺ったとき、私のお腹周りほどの太腕のアメフト選手のようなお弟子さんをぼんぼん投げ飛ばしていて、目を点にした覚えがあります。
先生は私の入門の時点で八十歳代でしたが、まったく老いを感じさせない立ち居ふるまいで、武術のことはもちろん、それ以外のことも様々なことを教わりました。
しかし、達人といえど人の子ですから。九十を前にして心筋梗塞を患われて、長く入院されてしまう。
ですが退院後、技の冴えは衰えるどころか、ますます盛んになっていく。一方、やはり足腰はどうしてもすこしづつ弱っていく。武術の指導は立って実技を伴いつつおこなうので、先生は何時間も立ちっぱなしなのですが、時折つらそうにされる姿が見えるようになった。
ある日、弟子たちで話しあって、最古参のお弟子さんから先生に椅子をさしあげるということになり、その椅子を道場の上座においた。これからは座ってからご指導くださいということです。しかし、先生は昭和初期の価値観のかたですから、
「ふざけるな! 腰かけで武術ができるか、年寄り扱いするな!」
と、おかんむりでしたが、最古参のお弟子さんは慣れておられるので、渋い顔をしつつ、
「おっしゃるとおりです。しかしもう買ってきてしまいましたから。椅子はおいておきますので、なにかのときはどうかお使いください」
と、椅子は道場の上座におかれることになった。
それで、二年、三年と時がたつと、やはり先生の足はすこしずつ悪くなってくる。
ある日、先生は弟子たちに、
「この椅子は大切に使います。ありがとうございます」と、至極丁寧に頭を下げられて、それから先生は椅子に座って指導されるようになりました。
結局、先生は九十歳の半ばほどでしたか、三度目の心筋梗塞をおこされた際に亡くなられてしまった。直前まで弟子たちに稽古をつけられて、弟子たちもみんな高齢だからと覚悟はしていたけれど、こんなにあっさりと逝ってしまわれるのかと、みな悔しんだ。
先生がお亡くなりになったときは、私はもう仕事に就いてましたので、学生時分のように道場に頻繁に顔は出せていませんでした。
先生が亡くなってから数ヶ月した後、稽古に出向くと、先生が座っていた椅子が道場の上座に、以前のままにおいてある。
私はなんの気もなしに、
「あの椅子、片づけられないんですね」
言うと、最古参の先輩が、
「お前は最近ちっとも道場にこないからあの椅子の意味がわからないんだ。
すこし時間を作って詰めて稽古にでてくるといい。なぜ椅子があのままなのか、わかるだろう」
と、理由を教えてはくれない。
気になったので、なんとか仕事を調整してつづけて稽古にいくと、意味がわかったんです。
それは、先生には気性が激しい一面がありましたから、稽古中に中途半端な技になったり、相手が上手で技がきまらなかったりすると、椅子のほうから「なんだその技は!」と、お叱りの言葉が飛んできてた。
そのときも「叱られる!」と思って、びくっとなったんです。パブロフの犬といいますか、技を失敗した瞬間、声がくるような気がして、背筋がヒヤリとする。ハッと思って椅子のほうを振りかえるけども、あたりまえですが、だれも座っていない。
何度かおなじようなことをくりかえすと、最古参のお弟子さんがにんまり笑って、
「お前、椅子の意味がわかったろ」と、一言。
「なんだか、いまも先生がおられるような感じがします」
私が言うと、
「そうなんだよ。みんなそんな気がしてるんだ。
だから弟子みんなで話しあって、先生のことをよく知るものが多くいるうちは、椅子はそのままにしておこうと決めたんだ。
先生はいままでとはちがった形で、我々に指導をつづけてくれているんだろう」
と、そんな理由でした。
現代の価値観では告別式だとか死別だとかいって、別れだ別れだといいますが、だからといって故人との関係のなにもかもが断たれたわけじゃない。
私たちは故人といまもたしかにつながっている。ただこれまでとはちがった形になっただけなんだと。
このことをお伝えして、今日のお話といたします』
この人の合気道をからめた話は当たりが多い感。俺もよく親父やお袋のことを思い出すけど、そんなとき親父やお袋とつながってると思うとほんと元気だのやる気だのでてくる。これも大好きな話なので、九十二点。




