第24話 「認めあう」
親父が死んだので、お袋の世話をするため田舎に帰ってきた。
そのお袋も昨年死んだ。なので命日は月に二日。
件の尼僧はその日にやってくる。
これは、俺が、その尼僧の読経後の話を書きおこして採点したものである。
『大学時代の先輩で、食事に非常にこだわるかたがいました。
料理人やグルメのように味に由来するものなのか、偏食だとかアレルギーだとか身体的なことなのか、健康のことを考えてのことなのか。本人から聞いたことがないのでわかりませんけども。
で、その先輩のこだわりですけども、まず調味料をほぼほぼ使わない。
ドレッシングもタレもお醤油もかけられない。塩や胡椒をかけるところは見たことありますが、それもほんのすこしです。素材の味がわからなくなるので、あまり好きじゃないとのこと。
また、加工品や総菜、外食も嫌われる。まったく食べないわけじゃありませんが、なるだけ避けられる。お酒も煙草も飲まれない。
新鮮な野菜や果物、旬のもの、豆や発酵食を好み、肉は脂身が少ない鳥、油は魚で摂取し、その魚も一匹まるごとたべられる種を選択される。まぁボディビルダーのような食生活で、とにかくこだわりがある。
で、先日、その先輩とひさしぶりにお会いしました。
「ご飯はあいかわらずですか」と聞くと、
「前よりいっそう」
と、笑われる。私は先輩の食事へのこだわりを知っているので、先輩も気楽にされてましたが、まぁ人というのは良かれ悪かれ、価値観を他人と共有してると思いがちです。自分が思う常識や好み、感覚を他人もそうだと思ってしまう。
どういうことかといいますと、先輩は大学時代、周囲の友人やほかの先輩がたから食事についていろいろ言われてたんです。
「これをかけたら美味しいぞ」とか、
「そんな食べかた、わかってない」とか、
「それじゃ味しないだろ」とか。
こんな言葉は序の口で、人によっては悪びれもせずに、
「そんなので人生楽しいの?」とか、
「おい、だれかドレッシングかけたの食わせてやれ」など。
人格の否定、暴言、暴力的な行為まであって、苦笑いですませられなかったときもあった。お酒の席だと酔いのせいもあってトラブルになったこともありました。
私は傍観者だった。つもりですが、ひょっとすると何気なく先輩を傷つけてしまったこともあるかもしれません。
「それって、美味しいんですか」
くらい、何気なく言ったかもしれませんから。
人は普段なんの気なしに他者の感性や思想を否定するようなことを口にしてしまう。自分では気がつきやしない。人は自分の視点からしか物事を見ることができないのでそうなるんでしょう。
当の先輩にしても、
「あんな食生活してたら成人病になってしまう」
「体形が崩れているのは食事のせいだよ」
なんて言うこともありました。
なにが言いたいかというと、私たちは思想の押しつけあいをして、互いに傷つきあっている。知識では、自分と他者は感じかたも考えかたもちがうとわかっていても、私のほうが多数派だ、俺のほうが正論だ、だとか、そんな理屈を武器にして、他者に自分を認めてもらおうとする。そのためには他者を傷つけることも厭わない。そのような、人の習性ともいえそうなことがあるわけです。
私は先輩とのつきあいも長く、もういい年になりましたから、いま申しあげたようなことを鑑みて、先輩の考えかたを尊重したいと思って一緒に食事しますので、たぶん先輩もリラックスして食事して、正直なところを話してくれる。
先日、会ったときの話では、
「以前にくらべて生きやすくなった」と。
「昔は言葉はちがえど否定されてばかりだったけど、いまはそんなことない。ほとんどの人が、
「へえ、そうなんだ?」
「そのこだわりおもしろそう。くわしく教えてよ」
「栄養学とかすごい勉強してそう」
なんて、否定じゃなくて興味をもってもらったり、話のタネにしてくれたり、ただ認めてもらったりする。そうしてくれる人が増えた。
いままではたくさんの人が否定して、ときには矯正させようなんてこともあったけど、いまは尊重してくれることが多くなった。うれしいな」
と。どこか清々しい顔つきで語ってました。
社会は変わります。
現代社会は一昔前と比べて、多様性を認める社会になりました。
ちょっと古い歌ですけども、世界でひとつだけの花、みんなちがってみんないい、ダイバーシティ、マイノリティ。そんな歌や言葉、用語、概念が生まれてきて、その意味するところ、つまり人それぞれのありかたを互いにそのまま受け入れて、共に生きていくという常識。現代社会は一昔前に比べて、これを幾分か実現できてきたのかもしれません。
いずれにしましても、他者の考えかたや生きかたを認める。たったこれだけのことですけども、人類の大きな一歩といえる。前進ともいえます。
こういったところをすこし意識して普段の生活を送ると、また人生が色づいてくるかと思います』
この社会の意識変容は、同性愛、トランスジェンダー、LGBTみたいなことですごく感じる。九十年代の海外ドラマでは、ゲイやレズビアンを笑ってギャグみたいな取り扱いしてたけど、最新のドラマでは茶化すことなく、あたりまえにそういったキャラ要素が登場してる。
俺はおっさんだから違和感あるけど、違和感があるという俺の感覚も多様性として認めてほしいね。七十三点」




