第21話 「今際の間際の心」
親父が死んだので、お袋の世話をするため田舎に帰ってきた。
そのお袋も昨年死んだ。なので命日は月に二日。
件の尼僧はその日にやってくる。
これは、俺が、その尼僧の読経後の話を書きおこして採点したものである。
彼女が曰く、
『もうずいぶん前の話ですが、知り合いのご住職から、
「この間、いろいろと考えさせられる出来事があった」
と、真剣な話をきりだされました。
私たち僧侶は、通夜や葬儀、法事のほかに月命日といって、毎月、往生された日にお経をあげに各々のお家をうかがいます。日々の生活サイクルがこれで成立します。
毎月のことなので曜日ではなく日で決まってくる。ある日の何時ごろはあの家にいく、となる。
そのご住職がいつもの時間、いつものようにあるお宅にむかっていると、そのお家の前に人だかりができている。そばには救急車が止まっている。
「何事か」とご住職がかけよると、ちょうど自分を出迎えてくれるはずのお婆さんが担架に乗せられて救急車に運びこまれるところだったと。
お婆さんは一人暮らしで、息子さんは東京におられる。ご住職が救急隊員に近親者の連絡先を教えて、救急車は慌ただしく去っていった。
人だかりのなかの一人が話すには、
「通りかかったらお婆さんが軒先に倒れていた」と、
「すぐそばには箒が落ちていた。掃き掃除をしてる最中に意識を失って倒れたんだろう」
ということでした。
救急車が去ってしまえば、残った者がやることはありませんから。ご住職も留守宅にあがってお経をあげるわけにもいかず、次もありますから、次のお宅にむかったそうです。
お婆さんは一人暮らしでしたので、家に電話しても留守ですし、どこの病院に運ばれたのかもわかりませんので、その後どうなったのかわからなかったそうですが、数日後、息子さんから電話がかかってきて、
「母が亡くなりました。ご住職、読経をよろしくお願いします」
と言われる。人が亡くなるというのは大抵が急なことですので、息子さんもご住職もばたばたしながら臨終勤行、通夜に葬儀をお勤めされた。
お婆さんは掃除の最中に脳梗塞を起こされた。意識は一度ももどることなく往生されたとのことでした。
ご住職はしばらくは気がつかなかったそうですが、初七日のときにはたと気づかれたそうです。
毎月の決まりきったパターンですから、亡くなったお婆さんもご住職が来るというのはわかっていたことです。つまり、お婆さんは、
「今日は坊さんが来るから、すこしでも綺麗にして迎えよう」
と。
「まちがいないだろう。
お婆さんの九十年近い人生の今際の間際の心は、坊さんを、というか私を思っての清い気もちだったんだ」
ご住職はそう考えると、なんだかいてもたってもいられなくなったそうです。なんといいますか、中途半端なことをしてると、ふざけたことをしてると、お婆さんに会わせる顔がない。坊さんとしての職務をまっとうしないと、お婆さんの気もちに報いることができないと、そんなことを強く思ったそうです。
そのご住職はすこし性格に難がありまして、頑固者というか職人気質というか、ぶっきらぼうといいますか。他人に対する態度に粗さがあった。
ご住職のお父さんが、
「もうすこし人当たりが丸くなれば、丁寧になれば、人としても僧侶としてもう一皮むけるんだが」
と、長年ぼやいておられたそうです。
他の坊さんから見てもそんなきらいがありましたので、先輩の坊さんが幾度か注意したこともあったけれど、生来のものなんてそうそう変わらない。性格ですから。変わらず、険があるままでした。
ですが、そのお婆さんが亡くなった一件以来、ご住職本人も気づいておられないのですが、すこしやわらかくなった。丸みを帯びた性格になられた。周囲が一番よくわかる。
「あいつ、あれ以来変わったな」
「亡くなったお婆さんが命を賭けて彼を矯正したにちがいない」
と、坊さん連中から評価されることになりました。
私たちにもおなじことがいえます。
先に亡くなったかたは私たちに、私たちの自覚の有無にかかわらず、なんらかの影響を与えている。いまの私のありかたの一部を形成している。一部とはいえ、思ったよりもおおきな一部だと思います。
普段はそんなことは考えもしませんが、折に触れて、たまにそんなことを思ってみると、先に亡くなったかたとのつながりを感じとれる。
それは私たちを強く元気づけてくれる。
先に亡くなったかたがむこうから私たちを元気づけているんだ。
そう思うと、この大変な人生の難易度がすこしはやわらぐかもしれません』
夫婦も一緒にすごすことで考えかたどころか顔つきまで似てくるって聞くし、納得の話。親子だと遺伝もあるし、親からもらっているものは命だけじゃないわな。親孝行したいと思ったときには親はなし。なんだか墓参りしたくなった。九十点。




