第18話 「父親が遺したもの」
親父が死んだので、お袋の世話をするため田舎に帰ってきた。
そのお袋も昨年死んだ。なので命日は月に二日。
件の尼僧はその日にやってくる。
これは、俺が、その尼僧の読経後の話を書きおこして採点したものである。
彼女が曰く、
『つい一昨日のことですが、四十九日の法事でお父さんを亡くされた息子さんとお話をするご縁がありました。
その息子さんが言うには、
「父との思い出でまず思いだすのは、水泳のことです」と。
亡くなったお父さんは教職につかれていて、校長までやられたかたです。学生時代は水泳をされていて、大学のときには国体強化選手に選出されたほどの成績を残された。
息子さんは「とにかく厳しかったですねぇ」
と、苦笑いされて詳細を話してくれた。彼によると、小学生になってすぐの夏休み、お父さんはろくに息継ぎも教えずに息子さんをプールに投げこんで、竹刀を持ってプールサイドに立つ。息子さんがもがきながらもなんとかプールサイドに手をつくと、その手を竹刀で叩かれる。またもがいては、プールサイドに手をついて叩かれる、と。これをひたすらくりかえしたんだそうです。
スパルタ教育といいますか、いまの時代だと虐待でしょうけれど、それは昭和の中頃ですから。周囲が見ても「ちょっと厳しいなァ」くらいのことだったそうです。しかし、当の本人はたまったもんじゃない。子供ながら、本当に嫌だったと。夏休み、教職の仕事は午前中で終わっていたそうで、帰ってくるお父さんが乗った原付の音が遠くから聞こえてくると、体が震えてたそうです。
私は「それってPTSDじゃないか」なんて思いつつ、坊さんやってるせいかもしれませんけど、人が一生を生き抜いてきて、後の人になにを遺すのだろうか、なんて話には興味が尽きませんので、内心、「息子さんが父を語る第一声が虐待とPTSDの思い出だなんて。お父さんは校長までされたというのに、ひどいものだ」
なんて悪く考えていると、当の息子さんは、笑って、
「でも今となっては親父のやってたことが理解できます」
と、そうおっしゃる。どういうことか聞くと、
「父は水泳を通して、水泳の厳しさを通して、私に強さを植えつけたかったんだと思います。
さんざん厳しくすることで「あれだけきついことをやったんだから、俺は大丈夫だ。だれにも負けない」という、そんな自信、自負心、自己肯定感、芯の強さ、強い心、そんな感じのことを養ってほしかったんでしょう。
残念ながら私は父のような成績は残せなかったんですが、水泳を通したあの苦しみは後々の私の人生をかばってくれた。少々のつらさや嫌なことがあっても「あのときのあれに比べれば屁でもないね」と、そう思って乗り越えることができた。
水泳を止めた後も、水泳を通した厳しさはずっと私のなかにあります。いまもです。
あの厳しさは父の愛情であり、私を守り神であり、私の宝物です」と。
私はさっきまで抱いてた悪い考えが情けなかったんですが、同時に
「人生におきる出来事は、それを経験する人の受けかたで質が変わってくるなぁ」と、そうも思いました。
その息子さんと似たような経験をしたとして、多くの人は父親を恨むと思うんです。恨みの受けかたもありますし、気にしない受けかたもある。息子さんのような受けかたもある。いろんな受けかたがある。
おなじ出来事を経験しても、受け手の感性ひとつで出来事は悲劇にもなりうるし、喜劇にもなりうるし、不幸にも、幸福にも、一生ものの経験にもなりうる。
この息子さんのようにすばらしい受けかたができるかどうか。人生におきる苦しいことや悲しいことをすばらしい経験になるような受けかたができるかどうか。
ここにひとつの人生を生き抜いていくコツがあるような気がします。
ご清聴ありがとうございました』
物事はとらえかた次第で吉とも凶ともなるって話か。根明だと得だよ、みたいなことかな。案外しあわせの源はお金や成功じゃなくて、心のなかにある「とらえかた」にあるのかもしれない。九十点。