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第八話 親心

 結果的に、俺の考えた座席間違え作戦は想像以上の大きな成功を遂げた。残り少ない昼休みを優菜はクラスメイト達に囲まれながら過ごし、チャイムが鳴ると生徒たちは少し名残惜しそうに自分たちの席に戻っていった。


 頑張って優菜に男受けする格好をさせた俺だったが、優菜の放つ異才にかえって男子生徒たちは尻込みさせてしまったのは予想外だったが、女子生徒たちの関心は生んだようで結果的によかったのかもしれない。


 それに基本的にコミュ障の優菜にとっても、男子生徒よりも女子生徒の方がまだ会話しやすいはずだ。


 結局、次の休み時間もその次の休み時間も優菜は女子生徒たちに囲まれながら過ごすこととなり、少し疲れの色は見えていたがそれでも優菜は時折微笑を浮かべていたので胸を撫で下ろす。


 そして放課後。


 ホームルームが終わり、周りの生徒たちがぞろぞろと帰宅する中、俺もカバンを手に立ち上がる。そういえば優菜にデラックスパフェを御馳走する約束をしていた。そんなことを思い出しながら優菜のもとへと歩み寄ろうとすると、優菜の方が俺の方へと歩み寄ってきた。


「お、お兄ちゃん……」


 と、優菜はカバンを後ろ手に持って俺の顔を見上げる。


「今日一日よく頑張ったな。約束通りデラックスパフェを――」


「そ、そのことなんだけど……」


 と、そこで優菜が俺の言葉を遮るように話し始める。


「じ、実はクラスの女の子たちから帰りに一緒にお店を見に行こうって言われたんだ……わ、私も行ってもいいかな……」


 と、優菜は申し訳なさそうな顔で俺を見やる。


 なるほど、優菜は遊びに誘われたらしい。まさか登校初日にそんなことになるとは思っていなかったが、優菜は思っていた以上にクラスメイト達に気に入られたようだ。


 優菜はペコリと頭を俺に下げる。


 どうやら俺との約束をすっぽかすことになることを申し訳なく思っているようだ。


「なんでお前が謝るんだよ」


 俺がそう言うと優菜は頭を上げて不思議そうに首を傾げる。


「だ、だって、お、お兄ちゃんとファミレスに行く約束してたんだよ……」


「別にファミレスなんていつでも行けるだろ。でもクラスメイトとは今断ったら次も誘ってもらえるなんて保証はどこにもないんだ。俺のことなんてどうでもいいから遊んで来い」


 俺がそう言って優菜の頭を撫でると優菜は「あ、ありがとう……」と少し照れたような顔をしてお礼を言った。


「木浪さん、行こうよ」


 と、そこでドアの方から優菜を呼ぶ女子生徒たちの声が聞こえるので俺が「ほら、置いてかれるぞ」と言うと優菜はこくりと頷いて女子生徒たちの方へと歩いて行った。


 そんな優菜の後姿を俺は眺めていると急に背後から声が聞こえる。


「なんだか少し寂しそうな顔しているね」


 振り返るとそこには緒方未海の姿があった。


 緒方から声を掛けられることなんて普段なかったから少し驚いたように目を見開いていると緒方は少し可笑しそうにクスクスと笑う。


「何が可笑しいんだよ……」


「ごめん。でも、木浪くんって本当に妹さんのことが好きなんだなって思って」


 そう言って緒方はさらにクスクスと笑う。


 が、不意に笑うのをやめるとじっと俺の目を見ると「妹さんが自分だけのものじゃなくなるのは寂しい?」と首を傾げる。


 どうやら緒方は俺をからかっているようだ。


 俺が少しむっとした表情を浮かべると緒方は「ごめん、ごめんってば」とクスクスと笑いながら謝罪をする。


「ねえ、たまには一緒に帰らない?」


「一緒って、俺と緒方がか?」


 俺が首を傾げていると「妹さんほどは一緒に歩いていても華はないかもしれないけど、話し相手ぐらいにはなると思うよ」と笑みを浮かべる。


「いや、別にいいけどさぁ……」


 別に緒方と一緒に帰ること自体は別に嫌でも何でもない。が、特に俺と仲が良いわけでもない緒方がわざわざ俺に一緒に帰ろうと誘ってくるのが不思議だった。



※ ※ ※



 結局、俺は緒方と一緒に帰ることにして二人並んで校門を出た。


 俺と並ぶように隣を歩く緒方。こうやって見ると中々可愛い顔をしている。が、彼女は生徒副会長をやっていて少し堅物だと周りから思われているのと、他の生徒たちからある程度距離をとっていることもあって特に目立つ生徒ではない。


 緒方はスマホを弄りながら黙って歩いていた。


 そんな彼女を眺めながら、どうしてこいつは俺に一緒に帰ろうと言ったんだと首を傾げる。


 だが、


「さっきのわざとでしょ?」


 緒方はスマホに目を落としながら突然そう俺に尋ねる。


「わざと? 何の話だよ」


「木浪さんが席を間違えたことだよ。あれ、木浪くんがやらせたんでしょ?」


「…………」


 と、緒方は突然鋭い質問を俺にしてくるので俺は返答に困る。


「別に怒ってないよ。ああでもしないと、木浪さん他の子たちと話しできないもんね」


「ああ、まあお前をターゲットにしたのは悪かったと思っているよ。でもそのおかげで優菜にも友達もできそうだしお礼に何か奢ってやるよ」


「やった。じゃあ私、タピオカ飲みたいな」


 と、そこで緒方は初めて顔を上げて俺を見やった。


「だけど……」


 が、すぐに緒方は再びスマホに顔を落とす。


「だけど、あれで全てが解決したと思っているなら、木浪くんは少し楽観的すぎるよ」


「はあ?」


「知っているとは思うけど私いちおう生徒副会長をやってるんだ」


「ああ、言わなくても知ってるよ」


「私、これでもクラスのみんなが仲良くできるように裏で色々と仕事をしているんだ。私もイジメられている子を見るのはいやだからね」


「それは結構なことだな。これからも学園のために頑張ってくれ」


「曽我部さん」


「曽我部?」


「曽我部さんはきっとそんなに簡単な女の子じゃないと思うよ」


 と、不意に曽我部の名前を出す緒方。そこで俺は初めて緒方が曽我部の話をするために俺を下校に誘ったのだと気がついた。


「曽我部さんは一年生の時に、いじめが原因で女子生徒を三人自主退学させているんだ」


 それは俺も聞いたことがあった話だった。一年のときは曽我部と別のクラスだったが風の噂でそんなことを聞いた気がする。


「そのうちの一人が私の親友だったんだよね。あの時はかなりショックだったな……」


 と、相変わらずスマホを眺めながらそんなことを言う緒方。


「私にできることは限られているけど、曽我部さんのことは常に注意して見ておいた方がいいよ。いつまた変なことを始めるかわからないから……」


 緒方は相変わらずスマホを眺めたまま淡々と俺にそう告げた。


「わかってるよ……」


 確かに曽我部が木浪の平穏な学生生活を脅かす可能性が高いことは俺だって重々承知の上だ。だが、俺が思っている以上に曽我部は陰湿な奴なのだろう。そのことを緒方はきっと俺に伝えたかったのだ。


 俺はスマホを弄る緒方を眺めながら、やっぱりこいつをターゲットにしてよかったと思った。



※ ※ ※



 それからしばらく歩き駅に着くと俺は緒方と別れた。そのまま家に帰っても良かったのだが、なんとなく近くの書店で本を買って喫茶店で読書に耽っていると、優菜から連絡が入った。


 友達とのショッピングが終わったらしい。


 どうやら優菜も近くにいるようだったので、俺は彼女にデラックスパフェを食べさせるために駅まで彼女と落ち合うことにした。


「お、お兄ちゃん……」


 駅前で突っ立っていると優菜の声がしたのでスマホから顔を上げると、優菜がこっちへと歩いてくるのが見えた。優菜はまだ足が痛いようでゆっくりと歩きながら俺のもとへとやってくると何故か少し恥ずかしそうに横髪をくるくると指に巻きながら俺の顔を見上げた。


「お友達とのお買い物は楽しかったか?」


 そう尋ねると優菜は少し嬉しそうに口角を上げるとコクリと頷いた。


「お、お兄ちゃん、これあげる……」


 と、そこで優菜は右手に持っていた小さなビニール袋を俺の前に差し出した。


「なんだよこれ」


「い、いいから、開けてみて……」


 と、優菜が言うのでビニール袋を開けると、そこには猫のキャラクターの小さなぬいぐるみの付いたキーホルダーが入っていた。


「俺にくれるのか?」


 優菜はこくりと頷く。


「お、お兄ちゃんには感謝してもしきれないぐらい、か、感謝してるよ。ありがとう……」


 そう言うと優菜は頭を下げる。


「別にお礼なんかいらないよ。むしろ、俺がお前のために色々やっているのは、これまでのお前に対する恩返しなんだし」


「そ、そうかもしれないけど、い、今の私はお兄ちゃんにまだ何もできていないし……」


 そう言うと優菜は袋からマスコットを取り出すと、それを俺のカバンのチャックの部分に取り付けた。


「か、かわいい……よね?」


「ああ、優菜が選んだんなら可愛いよ」


 そう答えてやると優菜は「あ、ありがとう……」と少し顔を赤らめた。


 そんな彼女を眺めながら俺は緒方の話を思い出していた。優菜は確かに可愛いし優しい女の子ではあるけど、その優しさは少し危険だ。曽我部はきっとそんな優菜の優しさに付け込んでくるに違いない。


 そして、そんな優しい彼女の身を守ってやることができるのは俺しかいないのだ。


「優菜、初めての学校は楽しかったか?」


 そう尋ねると優菜は少し口角を上げてこくりと頷いた。


「お、お友達と一緒にいるのって楽しいね……」


「ああ、そりゃそうだ」


「だ、だけど……」


 と、そこで優菜は不意に俺から顔を背ける。


 俺が首を傾げていると優菜は不意に俺のシャツの袖を掴む。


「だ、だけど、お兄ちゃんと一緒にいるときの方が私は楽しいよ……」


「…………」


 俺は不覚にもそんな優菜の言葉に少しドキッとした。


「お、お兄ちゃん……」


「な、なんだよ……」


「わ、私デラックスパフェ食べたいな……」


 そう言うと優菜は俺の袖をくいくいと軽く引いた。


「じゃあ今から食いに行くか?」


 そう尋ねると優菜はまたコクリと頷いた。


 俺と優菜はそのままファミレスへと向かうことにした。


 いろんなことがあった一日だったが、やっぱり優菜はよく頑張った。


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