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第二話 病室での決意

一話の最後を少し書き直しています。

 結果から言えば優菜の怪我は命に別状はないようだった。あの後、「ねえ、私誰ですか?」「ここはどこですか?」「あなたは誰ですか?」と俺を質問攻めしてくる優菜をやや強引に振り払って俺は救急車を呼んだ。十数分後、優菜は担架に乗せられて、救急車で近くの総合病院へと運ばれた。


 検査の結果、優菜は左足首を骨折していることがわかり、ギブスをはめられて入院することとなった。最初、階段から落ちて血を流す優菜の姿を見た俺はこのまま優菜が二度と目を覚まさないんじゃないかってぞっとしたが、とりあえず命を落とす危険がないことに関してはほっとした。


 が、事態はそんなに生温いものではなかった。


 翌日、学校を休んで病院へと訪れた俺は最低限の会話以外はしないことを条件に優菜の病室へと入ることを許された。優菜の大好きなリンゴの入ったビニール袋を持って病室に入る。


 部屋に入ると優菜は備え付けのテレビを眺めていた。が、すぐに俺の存在に気がつき顔を俺の方へと向ける。


「だ、誰……ですか……」


 優菜は少し怯えたように俺を見つめていた。俺は優菜の口にしたその言葉に心臓が冷たくなるのを感じたが努めて表情を変えることなくベッドへと歩いていく。そして、ベッドのすぐそばにたどり着いたとき優菜は俺の顔にピンと来たようにわずかに笑みを浮かべる。


 どうやら俺が誰だかわからなかったのは普段つけているはずの瓶底メガネを外して裸眼の状態だったからのようだ。


「怪我の具合はどうだ?」


 俺はベッドのそばの丸椅子に腰を下ろす。


「あ、あなたは昨日、なんというかその……私を救ってくれた。たしか……」


「木浪雄二だ。よろしくな」


 優菜の微笑を見た瞬間、彼女は俺のことを思い出したのかと少し期待したが、そうではないようだ。あくまで俺は昨日、彼女を助けた親切な男という認識らしい。


 医師の話によるとやはり優菜は階段から落下したときに頭を打ち付けたようで脳の一部を損傷しているらしい。そのせいで記憶障害を起こした優菜は怪我をする以前の記憶がすっぽりと抜けてしまっているらしい。この症状は数日で治ることもあれば、数年、数十年経っても治らないこともあるらしい。


 が、そんなことを説明されたところで俺にはピンとこない。何せ、目の前の少女は昨日の夜まで俺といつも通り会話をしていたのだ。俺には記憶喪失なんてものが本当に存在するなんて思いもしなかった。


 本当は優菜に自分のことを話して早く思い出してほしかったが、それが優菜にとって良くないことだとしたら、ここは冷静になるほかない。


 自己紹介する俺に優菜は「お、思い出せなくてすみません……」と頭を下げた。


「ああ、心配するな。お前は怪我をしたばかりなんだから無理はよくない。余計なことは考えずにまずはゆっくりと身体を休めることだな」


「あ、ありがとうございます……ゆ、雄二さん……」


 優菜はそう言ってまたペコリと頭を下げた。


 眼鏡を掛けていない義妹を見るのは久しぶりだった。あの瓶底メガネをかけていたせいで見えなかったが、優菜の目はぱっちりとしていて、眼鏡をかけているのといないのでは全く印象が違う。トレードマークのおさげも解かれていて全くの別人だ。顎周りや頬についた脂肪が少し気にならなくもないが、こうやって見るとかなり可愛い顔をしている。


「わ、私の顔、なんかついていますか?」


 しばらくじっと眺めていると、優菜は少し恥ずかしそうに首を傾げるので、俺は慌てて「なんでもない……」と首を横に振った。


「そういえば、先生からは何か説明は受けたのか?」


「は、はい、ある程度のことは伺いました」


 と、優菜は相変わらず馬鹿丁寧な口調で答える。


「私は昨日、階段から転落して頭を打って記憶障害を起こしていることや、なんとういうかその……ゆ、雄二さんが私の兄であること、私とゆ、雄二さんが二人で生活をしていることは伺いました」


 なんだか優菜は俺の名前が呼び辛いようだ。


「別にさん付けなんてしなくてもいいんだぞ? 敬語を使う必要もないし、なんなら前みたいにお兄ちゃんって呼んでくれてもいいし」


 と、わずかな期待を込めてそう提案してみる。


 が、そんな俺の言葉に優菜は恥ずかしそうに頬を赤らめると、俺から視線を逸らす。


「お、お兄ちゃん……ですか?」


 優菜は驚いたように目を見開くと、しばらく顔を赤らめて固まっていた。が、不意に決心したように俺を見て深呼吸をすると「お、お兄ちゃん……」とぼそっと呟いた。


 が、すぐに。


「や、やっぱりその呼び方はまだ恥ずかしいです。ご、ごめんなさい……今度練習しておきます……」


 と、頭を下げる。少し期待をしてそんなことを提案した俺だが、かえってそれは優菜への負担になっているようだ。


「気にするな。俺だって同じような立場だったら躊躇うさ。お前の好きな呼び方でいいよ……」


「す、すみません……」


 と、優菜が謝りそれ以降、俺も優菜も沈黙してしまう。


 閉じられた窓の向こうからわずかにセミの鳴く声が病室に響く。


「あ、あの……雄二さん、少し質問してもいいですか?」


 不意に優菜は口を開いた。


「お、おう、なんだ。答えられることならなんでも答えるぞ。だけど、さすがに妹から敬語で話されるのはなんだかムズ痒いからせめて、ため口で頼む」


 すると優菜は再び赤面する。そりゃそうだ。優菜にとって俺はほぼ初対面の相手なのだ。急にため口を使えなんて言われても困惑するに決まっている。


 俺は今更ながら自分のそんな言葉に後悔した。が、優菜はまた深呼吸をすると今度こそ覚悟を決めたように俺を見つめた。


「わ、私は自宅近くの高校に通っているんです、いや、通っているんだよね?」


「ああ、そうだな」


「く、詳しいことは覚えていないけど、きっと高校には私のお友達がいて、その友人たちが私のことを心配していると思うんだ……」


 と、優菜の口から飛び出したそんな質問に俺は血の気が引いた。


「で、できればそのお友達たちに心配しなくてもいいよって教えてあげたいな……」


 と、優菜は覚えてもいない友人が心配しているのではないかと不安がっている。


 が、俺は知っている。優菜には思い出す以前に思い出すための友人など高校に存在しないことを……。


 優菜は地味で無口な高校生だ。心配どころかクラスメイト達は優菜がいなくてもいつもと変わらない学園生活を送っているに違いない。俺にはそのことが手に取るように分かったが、そんなことは口が裂けても優菜には言えなかった。


「そ、そのことなら心配するな。友達には今頃先生がちゃんと説明してくれているはずだから……」


 とっさに嘘を吐いてしまった。優菜が学校に復帰するときに必ずバレるであろう嘘を吐いてしまった。


 俺は思い出した。優菜の学園生活は決して明るいものではないということを。が、優菜はそのことをまだ知らない。きっと優菜が学校に復帰したとしても優菜に声を掛ける生徒なんていないだろうし、それどころか記憶がなくて戸惑う優菜のことを心無い女子生徒たちはイジメ始める可能性だって大いにある。


 そんなことを今目の前の優菜が知ったらどれほど傷つくだろうか。


 そう考えると、本当のことは口にできなかった。


 だから。


「そ、そうだ。父さんと母さんのことなんだけど……」


 俺は意図的に話題を逸らした。


「お父さんとお母さん?」


 俺の言葉に優菜は首を傾げ、それを見て俺は彼女には俺同様に両親の記憶もないということを思い出す。それどころか優菜は俺のことを血のつながった兄だと思い込んでいるに違いない。が、俺は少し複雑な家庭環境を今説明する気にはなれなかった。


「父さんと母さんは二人と海外に単身赴任していて忙しいんだ。できるだけすぐに帰るとは言っていたけど、それでもしばらくは戻れないらしい」


「そ、そうなんだ……」


 と、優菜はどういう反応をすればいいのかわからないのか、少し困ったような顔をした。


「大丈夫だよ。父さんにも母さんにもお前のことはちゃんと説明してあるから、無理に気を遣う必要はない」


「ご、ごめんなさい……」


 また申し訳なさそうに謝る優菜。


 そんな優菜のことを見て自分が情けなく思えた。少なくとも今の俺は優菜に気を遣わせるようなことはしてはならないのだ。今の、俺にできることは優菜が安心して怪我から回復して元の生活に戻れるようにサポートすることだ。


 俺は立ち上がった。


 きっとこれ以上優菜と会話をしていると、俺は色々と墓穴を掘って優菜に余計な気遣いをするに違いない。しばらく彼女のことはそっとしておいてあげた方がいいのかもしれない。


 そんな俺を見て優菜は少し驚いたように目を見開いた。


「ゆ、雄二さん、もう帰るの?」


「ああ。あとそのリンゴは全部、お前のものだ。さっき看護師さんに聞いたら手が空いている時なら皮を剥いてくれるらしいから、食べたくなったら頼めばいいよ」


 そう言って俺は優菜に背を向けると歩き始めようとした。が、その直後、俺は袖を掴まれて足を止める。振り返るとそこには俺の袖を掴んだまま、何やら恥ずかしそうに俺から顔を背ける優菜の姿があった。


「どうかしたのか?」


「わ、私、今は本当に何も思い出せないんだ……ごめんね」


「別に謝ることじゃないさ」


「で、でもね、雄二さんがとても優しい人だってことはわかったよ。私、雄二さんともっと仲良くなりたいなぁ……」


 優菜の声は震えていた。まるで記憶を失う前の彼女のようだった。


「あ、明日もまたお見舞いに来てほしいな……」


 優菜は顔を背けてはいたものの、視線だけはしっかりと俺に向けていた。


 そんな優菜を見て俺は思った。


 俺が優菜に恩返しができるとしたら、それは優菜に元通りの、いやそれ以上の生活を送らせてやることだ。優菜を不安にさせてはならない。俺は何を犠牲にしてでも彼女に寄り添ってあげなければならない。


 袖を掴みながらわずかに震える優菜の手の感触を感じながら俺は背一杯の笑みを浮かべる。


「もちろんだよ。お前が寂しいと思ったときはいつだってお兄ちゃんが飛んできてやる。だから今日はゆっくり休め。それがお前の今の仕事だ」


 そう答えると優菜は満面の笑みを浮かべて「うんっ」と答えた。


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