仁科 冬。。
私は、統合失調症という病気があります。
若い頃に発病し、長い間病気と向き合っています。
日々の生活の中で、不思議な体験をします。
自分の病気を見つめて、この小説を書きました。
これを読んでくれる人が、この病気のことを知ってもらえるといいなと思います。
「柊木さんは?何処まで帰るの?」
仁科にそう聞かれ、夜は、自分の住んでいる町の名前を言った。
仁科は、前を向いたまま
「それなら、僕も同じ方向だから、途中まで一緒に帰っていいかな?」
と言った。
「いいですよ」
と、夜は言って、そう言えば、仁科と仕事以外で話すのは初めてだな、と思った。
「今の仕事が、好き?」
仁科は、唐突に聞いた。
夜は、驚いて
「え?」
と、聞き直した。
「今の仕事が、好き?」
仁科は、2度聞いた。
暫く黙って、夜は、口を開いた。
「今の仕事が、好きです」
「アルバイトでいいの?」
そう聞かれ、少し考えた。
「今は、アルバイトでいいんです」
と、夜は答えた。
「学生だもんね」
仁科は、そう言って笑った。
色素の薄い目をしている。
夜は、黙って仁科を見ていた。
「煙草いいかな?」
仁科は、そう聞いた。
「どうぞ」
夜は、そう言って、2人は黙った。
「クリスマスは、どうするの?」
不意に聞かれて
「予定は無いです」
と言った。
「一緒に、出掛けない?」
仁科はそう言って、煙草を消した。
そして、また黙った。
2人は、何も話さないまま、駅の方に歩いた。
改札を抜けて、郊外の方面へ向かうホームに降りて、電車を待った。
暫くして、ホームに電車が入って来て、ドアが開いた。
夜遅い電車は、混んでいた。
2人は黙って通路側に立ち、流れる夜の景色を見ていた。
夜の降りる駅に着いて
「お疲れ様でした」
と、夜は言った。
「それじゃあ、また現場で。お疲れ様」
仁科はそう言って、不意に
「僕は、冬って言うんだ」
と言った。
夜は、静かに電車を降りた。
いつもと変わらない電車
いつもと変わらない帰り道
改札を出て、家の方に曲がる。
今日は、仁科さんと帰ったから、いつもと違うか。
夜は、階段を下りながら、そう思った。
夜遅い時間でも、仕事帰りの人が歩いている。
郊外の住宅地は、住んでいる人が多い。
「出掛けるのか」
夜は、気が進まなかった。
マーロウと、静かなクリスマスを過ごすつもりなのにな。どうしてみんな、出掛けないのかと言うのだろう。私は、今のままでいいのにな。
夜は、小さい溜め息をついて、マフラーを巻き直した。
今夜も寒く、息が白い。
何時もの坂道に、差しかかった。
夜は、人と車の少ない時は、桜並木の舗装された道を歩かず、車道のガードレール沿に歩く。
沼が見えるように。
沼地は暗く、ぽつんと二つの灯りが点いている。
暫く立ち止まって、その灯りを見つめていた。
なんで、何時も気になるんだろう。
ふぅ。と、ため息をついて、また歩き出した。
坂の上のマンションまで帰って来ると、郵便受けの中を見て、広告と郵便物を取り出す。
玄関の鍵を開けると、マーロウが迎えに来ていた。
「ただいま」
ブーツを脱ぐ前に、夜はマーロウの頭を撫でて、マーロウの顔に自分の顔を近づけた。
マーロウは喉を鳴らして、夜の顔に擦り寄った。
「いい子にしてた?」
ブーツを脱いで、靴箱の上の硝子の皿に、鍵を置く。
リビングに入る扉は、マーロウが通るので、少し開いている。
エアコンが、静かな音を立てて動いている。
部屋の中は、心地良い温度に保たれている。
冷たい外から家に帰って、ほっとする。
夜は、マフラーとコートを、ポールハンガーに掛けて、郵便物をテーブルに置いた。
主人公も、病気にかかっている女性も、私のある一面を描いています。
私の病気は、患者1人1人違います。
この小説は、ある精神病の人に起こった出来事を、こんな出会いがあったらいいなと思い、願いを込めて書きました。